米シリコンバレーのトップクラス投資家、クリス・ディクソンが25年間のソフトウェア業界でのキャリアを基に、インターネットがこれまで経てきた時代と向かうべき未来を語る新刊『Read Write Own』から一部抜粋・編集して解説する。最終回は、過去の技術や製品の成長期を基にブロックチェーンの成長期を考察し、どのようなキラーアプリが登場するかを予想する。
新しいコンピューティングプラットフォームがプロトタイプから大衆に普及するものになるまでには数年、場合によっては数十年かかることがある。これはPCやスマートフォン、VRヘッドセットのようなハードウェアだけでなく、ブロックチェーンやAIシステムのようなソフトウェアベースの仮想コンピュータでも同じだ。製品が登場してもなかなか普及しない状態が数年続いてから、画期的な製品が発明されて指数関数的な成長期が始まる。
PC業界もそうだった。世界初のPCは1974年に発売された「アルテア8800」だったが、業界の成長が本格化したのは1981年に「IBM PC」が発売されてからだ。それでも当時、この製品の主な購入者は新技術を試したり、ゲームを開発したりするのが好きなPCの愛好者たちだけだった。既存のコンピュータ会社は、高性能なマシンを求める既存顧客の役に立たないことから、PCを非常に高価な玩具としか見ていなかった。しかし、その後ワードプロセッサやスプレッドシートのようなアプリケーションが開発されたことで、市場が爆発的に拡大したのである。
インターネットも同じ道をたどった。1980年代から1990年代初頭にかけて研究開発が進められたインターネットのインキュベーション段階では、主に学術界や政府が使うテキストベースのツールにすぎなかった。その後、1993年にウェブブラウザ「モザイク」の登場によって商業化の波が訪れ、今なお続く業界の成長期が始まったのである。
AIの研究開発期間は、これまでのどのコンピュータ技術よりも長い。研究者のウォーレン・マカロックとウォルター・ピッツが、現代のAIの根幹をなすニューラルネットワークモデルの論文を発表したのは1943年のことだ。その7年後、アラン・チューリングが、AIの知性を評価する基準である「チューリングテスト」を提唱する有名な論文を発表した。チューリングテストは、優れた知能を持つAIは質問に対し、人間のものと区別がつかない回答ができるという考えに基づいている。AI技術は構想が生まれてからの80年間、資金が集まりやすい「夏」と集まりづらい「冬」のサイクルを何度も経験し、ようやく今、主流のものになりつつある。これはAI技術を支える特殊なコンピュータチップである画像処理装置(GPU)の性能の大幅な改善によるところが大きい。GPUの性能が劇的に高まったことでニューラルネットワークのパラメータ数は数兆規模にまで増え、AIシステムの高度な知能が実現したのである。
ブロックチェーンのキラーアプリは何か?
私が起業と並行してパートタイムの投資家として活動し始めたのは、iPhoneが登場した2007年頃のことだ。当時、モバイルコンピューティングに注目が集まっていた。私は友人たちとモバイルアプリケーションでどんなことができるかを考え始め、周りの人たちもどんな「キラーアプリ」が出てくるのかに関心を持っていた。それを知る手がかりのひとつは過去の技術にあった。PCで人気のアプリはモバイルにも移行する可能性が高い。PCで人気のeコマースやソーシャルネットワークなどのアプリは、モバイルでも人気が出るはずだ。これらのモバイルアプリは、既存の技術を模倣し改善するスキューモーフィズムタイプ(馴染みのものを置き換えたもの)と言える。
別の手がかりは、モバイル特有の新機能にあった。キラーアプリはモバイルの特性を活用したものになる可能性が高い。iPhoneにはPCにはない特徴がある。GPSセンサーやカメラを搭載したデバイスを持ち歩けるのだ。こうした機能が、これまでにないまったく新しいモバイルファーストな体験を可能にした。
振り返ってみると、大ヒットアプリの多くはこれらの要素を取り入れていることがわかる。つまり、モバイル特有の機能を活用しながら、人気のサービスを捉え直したものということだ。インスタグラムとティックトックはカメラを活用するソーシャルネットワークだ。ウーバーとドアダッシュはGPSを使ったオンデマンドの配車および宅配サービス、ワッツアップとスナップチャットはユーザーがデバイスを常に持ち歩くことを前提としたメッセージアプリである。
2007年、世間はモバイルでどんなアプリがブレイクするかに注目していた。現在、ブロックチェーンでどんなブロックチェーンネットワークがブレイクするかに注目が集まっている。ブロックチェーンのインフラが世界中で利用できるほど成熟したのは、つい最近のことだ。業界は今やインキュベーション期間の終わりに近づき、成長期に入ろうとしている。ブロックチェーンを活用したキラーアプリがどのようなものかを考えるのには最適な時期だ。
予想してみよう!
まず、既存技術を模倣し、改善するスキューモーフィズムタイプのブロックチェーンネットワークが出てくるだろう。一番に思い浮かぶのはソーシャルネットワークだ。SNSは人々が最も多くの時間を費やし、何十億人ものユーザーの考えや行動に影響を与えている。クリエイターにとっては収入を得る手段にもなっている。ブロックチェーンを使えば、企業ネットワークに付きものの高い手数料率や気まぐれなルール変更のないソーシャルネットワークを作れる。
スキューモーフィズムタイプのアプリでもうひとつ重要なのは金融だ。送金はテキストメッセージを送るのと同じくらい簡単であるべきだ。支払いの仕組みの改善には、さまざまな利害関係者間の調整が必要だが、これはブロックチェーンの得意分野だ。ブロックチェーンベースの支払いシステムは低い手数料と高い利便性を実現し、今後開発されるアプリの幅を広げることができる。
さらに、これまでできなかったことを実現するブロックチェーンネイティブなネットワークも普及するだろう。これらはメディアやクリエイティブな活動に関連するものであると私は考えている。AIや仮想世界のような新技術に関連するネイティブアプリケーションも登場するはずだ。
(翻訳=大熊希美)
クリス・ディクソン 著/大熊希美 訳/日経BP/2420円(税込み)

