米シリコンバレーのトップクラス投資家、クリス・ディクソンが25年間のソフトウェア業界でのキャリアを基に、インターネットがこれまで経てきた時代と向かうべき未来を語る新刊『Read Write Own』から一部抜粋・編集して解説する。3回目は、ブロックチェーンネットワークの具体的な運用に踏み込んで、企業運営のネットワークに匹敵する体験を構築するために不可欠となる、開発者に対するインセンティブについて解説する。

 最も成功したプロトコルネットワーク(メールやウェブのようなオープンなネットワーク)が、商業インターネットが登場する前の1970〜80年代に政府が出資するプロジェクトだった点は多くを物語っている。電子メールとウェブは企業ネットワーク(フェイスブック、Xなど企業が運営するネットワーク)の競争がない時代に広まった。インターネットがいかにビジネス(とそれ以外の多くのもの)を変えたかを説明する2000年刊行の書籍「クルートレイン・マニフェスト」ではこのように語られている。「ネットは伝統的な商業という鋼とガラスでできた巨大で堅固な帝国の隙間を縫って伸びる雑草のように大きくなった」そしてインターネットは世間から「あらかた無視されていたがために広まることができた」と。

 もし電子メールやウェブがその黎明期に、企業ネットワークと対峙していたらどうなっていただろう。おそらく生き延びられなかった。RSSのように頓挫したプロトコルネットワークと同じ運命をたどったはずだ。企業ネットワークがプロトコルネットワークを圧倒できた要因のひとつは、ソフトウェア開発に充てられる膨大な資金を集められたことにある。テック企業は、プロトコルネットワークには到底用意できない魅力的な報酬と製品の成功に伴う経済的な見返りを提供することで、超優秀な開発者からなる大規模チームを作ることができたのだ。

 ネットワークは放っておいてできるものではない。企業ネットワークに対抗しようとするすべてのネットワークは、競争力のある報酬とその成功に伴う経済的な見返りを開発者に提供できなければならない。誰かが実際に手を動かして作る必要があるからだ。当たり前だが、インセンティブが大事なのである。

ブロックチェーンの報酬を支払ううまい仕組み

 プロトコルネットワークの多くは開発者に競争力のある報酬を提供できる財源がない。ボランティアの善意で回っていて、自立した運用ができていないのだ。ブロックチェーンネットワークもまたプロトコルネットワークと同じように、ソフトウェア開発において個人または企業などのサードパーティの力が必要だ。ただし、2つのネットワークには重要な違いがある。ブロックチェーンネットワークはボランティアだけに頼っているわけではなく、開発者に報酬を提供する仕組みがある。

 ブロックチェーンネットワークは、報酬としてトークンを提供することで開発者を引きつける。トークンは所有権を表すコンピューティングの基本的な構成要素であり、ブロックチェーンネットワークの経済を支える価値の単位だ。この用途で使用されるトークンは基本的に「ネイティブトークン」と呼ばれる。たとえば、イーサリアムのブロックチェーンのネイティブトークンはイーサだ。ネイティブトークンは金銭的なインセンティブに加えて、保有者にネットワークのガバナンスにかかわる権利を付与することにも使われる。

 トークンの分配は外部の人を引きつけるだけでなく、ソフトウェア開発を奨励し、競争力を維持するのにも役立つ。財源があることで、ブロックチェーンネットワークは企業ネットワークに匹敵する洗練されたソフトウェア体験を構築できるのだ。

 企業ネットワークではそこの社員が、製品にかかわるほぼすべてのソフトウェアを開発している。ツイッター(現X)ならアプリの開発やメンテナンス、ツイートを分類してランク付けするアルゴリズムの調整、スパム対策のフィルターの構築などだ。対してブロックチェーンネットワークはこうした仕事を外に出して、外部の開発者やソフトウェア企業に任せる。企業ネットワークでは運営企業内で処理されていた仕事が、ブロックチェーンネットワークでは外部に解放され、市場原理に基づくタスクとなる。そして開発の対価としてトークンを受け取った開発者らは、ネットワークの所有権とガバナンスの権限の一部を保有するステークホルダーになるのだ。

 開発者に報酬としてトークンを提供することには複数の利点がある。ひとつは、世界中の誰もが開発に貢献でき、ネットワークにかかわる人とステークホルダーが増えることだ。また、貢献者がトークンを受け取りネットワークの一部を所有するようになると、ソフトウェアの開発やコンテンツの制作、または他の方法を通じてネットワークの成功を後押しする動機が生まれる。2つ目の利点は、機能間での競争が生まれることだ。その結果、ユーザーは複数のソフトウェアから好きなものを選んで使えるようになり、数あるウェブブラウザやメールクライアントのなかから好きなものを選んで使えるのと同じ状況を作れる。3つ目の利点は企業の株式とは異なり、トークンの分配は透明で、プログラムにより自動で行われることだ。これはアナログな方法よりも公平かつオープンで、スムーズである。

良いソフトウェア開発には、良い開発者の確保が必須(写真:tippapatt/stock.adobe.com)
良いソフトウェア開発には、良い開発者の確保が必須(写真:tippapatt/stock.adobe.com)
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創設チームや最初期の貢献者に対する報酬

 どのプロジェクトも貢献者のコミュニティを大きくすることを目標とするが、これはすぐに実現できることではない。ブロックチェーンプロジェクトの創設チームは大抵、新しいアイデアを形にしたい少数の開発者である。最初期の貢献者たちは法人を立ち上げて正式な関係を築いている場合もあれば、非公式に協力しているだけの場合もある。彼らの報酬は、少なくとも部分的にはトークンで支払われる。よく設計されたネットワークは、最初期の貢献者たちが受け取る報酬を調整している。具体的には、立ち上げに必要な作業を完了した後もいくらか影響力を持ち続け、ネットワークの成功に伴う利益をある程度受け取れるものの、それが大きくなりすぎない程度に設定するのだ。

 半自律的に処理を実行するプログラムをブロックチェーン上で走らせる準備が整ったら、創設チームはネットワークを立ち上げ、それと同時にネットワークの管理権を放棄する。その後も創設チームはネットワークを使ったアプリの開発にかかわることはあるが、その立場はアプリを開発している他の人たちと同じだ。ネットワークは広範で多様なコミュニティに支えられているときにこそうまく機能する。ブロックチェーンネットワークはパーミッションレス(参加許可不要)であり、適切に設計されている場合、特定のアプリ開発者、たとえそれがネットワークの創設者であっても優遇されることはない。

 立ち上げ後、ブロックチェーンネットワークは助成金として取り置いたトークンを通じて、開発者の活動を継続的に支援する。なかには数億ドル規模のトレジャリー(資金を管理する仕組み)を持ち、コミュニティによる決定、あるいは事前に決められた指標に基づいて助成金を自動で分配するものもある。フロントエンドアプリケーションやインフラ、開発者ツール、アナリティクスツールなどを開発した個人開発者などにそのお金を割り当てるのだ。ブロックチェーンの助成金だけでなく、健全なエコシステムでは、そのネットワークを活用した新しいプロジェクトやアプリ、サービスに対して、営利目的の投資家も出資するようになる。一貫した低いテイクレート(ネットワークの所有者がネットワークのユーザーから得ている収益の割合)はブロックチェーンネットワークへの投資を促進する。なぜなら、サービスの成功で得た利益はすべて自分たちのものになることを開発者と投資家は理解しているからだ。

 開発者に報酬としてトークンを分配できるブロックチェーンネットワークは、企業ネットワークと互角に戦える。助成金と外部からの投資により、ブロックチェーンネットワークはソフトウェア開発に大々的に投資する企業ネットワークと肩を並べられるのだ。報酬としてトークンを活用することには他の利点もある。開発者を引きつけるのと同様に、ユーザーやクリエイターなど他のネットワーク参加者も引きつけるのだ。

(翻訳=大熊希美)

米シリコンバレーのトップクラス投資家、クリス・ディクソンが25年間のソフトウェア業界でのキャリアに基づいて、より良いインターネットのビジョンとその実現方法を提示します。今日のインターネットは一部の大手テック企業の支配下に。これを正し、開発者、クリエイター、ユーザーなどのコミュニティに権益を与える本来のオープンなネットワークを取り戻す鍵となるのがブロックチェーン技術です。本書を読めば、ブロックチェーンの本来の力によってどのようにインターネットを再創出し、それが私たちの未来にどのような影響を与えるのかを理解できます。

クリス・ディクソン 著/大熊希美 訳/日経BP/2420円(税込み)