政治学者の村井良太・駒澤大学教授による、「オーラル・ヒストリーで知る戦後日本」。1回目は『岸信介証言録』(原彬久編)と『戦後政治の証言者たち』(原彬久著)を取り上げる。1960年の安保改定に際し、岸信介首相は何を考えていたのか。また同時期の与野党の政治家たちはどんな証言を残したのか。議会制民主主義が熱かった時代の空気が伝わってくる2冊を紹介する。

生々しい政治のダイナミクス

 「オーラル・ヒストリー」という言葉を聞いたことがありますか。直訳すると「口述歴史」。主に政治家や官僚、企業人などの当事者、関係者の話を直接聞き、その言葉を記録する手法です。

 この手法自体は、聞き書きという形で戦前からありました。それを冷戦後の1990年代以降にオーラル・ヒストリーとして確立させていったのが、歴史学の伊藤隆さんや政治学の御厨(みくりや)貴さんらのチームでした。彼らは先行する取り組みを尊重し、研究会やシンポジウムで対話や吸収を重ねています。その1つが、原彬久(よしひさ)さんによる取り組みで、『 岸信介証言録 』(原彬久編/中公文庫)としてまとめられています。

『岸信介証言録』(原彬久編)。画像クリックでAmazonページへ
『岸信介証言録』(原彬久編)。画像クリックでAmazonページへ

 1980年12月18日、若き国際政治学者だった原さんは、岸信介元首相へのインタビューを開始します。その目的の1つは、岸内閣時代に行われた安保改定とその政治過程について、当時の国政トップだった本人の証言を得ること、もう1つは岸信介という政治家個人への関心でした。インタビューは1982年6月まで続きました。

 オーラル・ヒストリーの意義について、原さんは「はじめに」で以下のように述べています。

 「政策決定者およびその周辺にインタビューして、『その時』彼らが何を考え誰に何を働きかけたか、そして誰からあるいはどんな事態から影響を受け、かくしていかなる決定・行動をしたのかを聞き取る作業、これがオーラル・ヒストリーでありインタビューである。(略)この生々しい政治のダイナミクスについて、そして文書資料では知り得ない当事者の苦悩、迷い、人間関係の赤裸々な実相について当事者その人をして語らしめる、これがインタビューでありオーラル・ヒストリーなのである」

 このことを念頭に置きながら読み進めると、同書の価値はいっそう浮き彫りになってくると思います。

「安保反対は国民全体の運動ではない」

 原さんの最大の関心は、1960年の安保改定にありました。聞き取りを行った際には約20年の時が過ぎていましたが、いくつもの重要な証言を引き出しています。

 例えば安保改定前の1950年代末、アメリカの信託統治下にあった沖縄について。日本とアメリカとの当時の力関係においては、潜在的な主権を認めてもらうのがギリギリの線であり、返還を求めるような段階ではなかった、と言っています。

 一方で、岸は安保改定交渉のために訪米する前にアジア各国を歴訪しました。日本はアジア諸国の開発と繁栄に尽力するから、アメリカも協力してくれなければ困る、というロジックで交渉に臨んだそうです。この辺りは岸の戦略性がうかがえます。

 また核兵器の保有について、岸は「憲法違反ではない」と国会で述べて物議を醸しました。このインタビューでも、「核兵器も攻撃的なものについては駄目ですよ、(略)しかし、核兵器であるがゆえにいかなるものでも持ってはいけないということが、憲法にあるわけではない」と述べています。この発言も、しばしば注目を集める部分です。

 そして安保改定をめぐる国内の騒乱について、岸はどう思っていたのでしょうか。「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつも通りだ。私には声なき声が聞こえる」という岸の有名な発言があります。同じ頃、韓国では民衆蜂起によって李承晩政権が崩壊しましたが、岸は日本の反安保闘争は、一部の特殊な意図を持った集団が主導した運動に過ぎないという認識でした。

岸は「反民主主義者」だったのか

 岸の証言を読んで気づくことは、岸はどんな質問にも非常に真摯に答えていることです。また、話し方も極めて論理的・合理的で、政治家としての能力の高さが感じられます。

 一方で、岸には、安保改定の強行採決に踏み切ったことから、当時も今も強権政治家というイメージが定着しています。終戦から15年が経過した1960年当時、それなりに平和は維持され、経済復興も始まっていました。安保改定の狙いは、日本とアメリカが対等の立場でお互いの安全保障に協力するということでした。

「岸はどんな質問にも非常に真摯に答えていることが分かります」と話す村井さん
「岸はどんな質問にも非常に真摯に答えていることが分かります」と話す村井さん
画像のクリックで拡大表示

 しかし国民の間には、冷戦下にあって、この改定によってアメリカの戦争に巻き込まれるのではないかという差し迫った危機感がありました。まして岸は、戦争時の東條英機内閣の閣僚で、A級戦犯容疑者でした。単に条約改定への反対だけではなく、このままでは戦前に回帰するのではという懸念が、紛争をいっそう大きくしました。その揚げ句の強行採決でした。

 では岸は反民主主義者なのかといえば、決してそうではありません。安保改定は国家にとって一大事だからこそ、国会での手続きにこだわり、大混乱を招きました。また国会周辺を取り巻くデモ隊に対しても、最終的には、自衛隊を使うことを断念しました。来日予定でマニラまで来ていたアメリカのアイゼンハワー大統領に対し、さらなる混乱を予想して直前に中止を要請しました。そして結局、可決成立とともに自らが退陣することで、一切の幕引きを図ったのです。

 もしこのとき、自衛隊が出動してデモ隊に銃を向けたとしたら、その後の政治はまったく違う過程に入っていたことでしょう。その意味で、日本の戦後史にとって極めて大きな局面でした。

 岸は、その時々の心境や判断について包み隠さず率直に吐露しています。本書は、日本が一大事に直面し、民主主義や戦後政治、日本外交の基礎が作られていくプロセスにおいて、政権の中枢で何が起きていたのかをリアルに知ることができる貴重な文献と言えます。

 「あとがき」において、著者は以下のように述べています。

 「私たちは、岸信介なる歴史上の人物をいま一度蘇らせることによって、政治家と時代との交錯が醸し出す歴史の鼓動に耳を澄ましてみる必要があるのではなかろうか」

複数インタビューを基に戦後史を再検証

 そしてもう1冊、同じく原さんが2015年に刊行したのが、『 戦後政治の証言者たち オーラル・ヒストリーを往く 』(岩波書店)です。原さんは岸信介へのインタビューを通じ、安保改定について多くの証言を得ました。しかし、その後の研究においては、わずかな部分しか利用できてなかったそうです。

『戦後政治の証言者たち オーラル・ヒストリーを往く』(原彬久著)。画像クリックでAmazonページへ
『戦後政治の証言者たち オーラル・ヒストリーを往く』(原彬久著)。画像クリックでAmazonページへ

 取り残した部分には、戦後日本とは何なのか、政治や政治家とはいかなるものかを理解する上で、非常に重要な情報が含まれていたとのこと。そこで改めて、それらの情報を再構成したのが本書です。歴史の息遣いやさまざまな登場人物の人間性を感じられる点が大きな魅力です。複数を対象にしたインタビューの先駆であり、ある種の完成形とも言えるでしょう。

 冒頭では、原さんによるオーラル・ヒストリー論が語られます。それによると、もともとこの言葉を知ったのは1977年、アメリカのプリンストン大学に客員研究員として滞在していたときのこと。同大学のプロジェクトで、吉田茂や岸信介など日本の政治家が1964年の時点でインタビューに応じていることに驚いたそうです。

 日本の政治家といえば多くを語らず、言質を取られることを嫌がる傾向がありますが、オーラル・ヒストリーはその文化を変えました。しかるべき研究者が尋ねれば、政治家もざっくばらんに答えてくれる。それを文献資料などと組み合わせれば、より歴史の実相に迫ることができると考えたのです。

 本書に登場するのは、岸信介をはじめ、藤山愛一郎、福田赳夫、60年安保時に防衛庁長官だった赤城宗徳、与党内野党と呼ばれた三木武夫など、多数に及びます。

 とりわけ面白いのは、最終章に登場する日本社会党の人々の語りとその分析です。彼らの中には、ある意味で議会を軽視し、大衆運動によって民主主義を実現しようという考えもあったようです。原さんの社会党への見立ては厳しく、結局1994年に自民党に担がれた村山富市政権の誕生により、党の方針を自衛隊合憲、日米安保堅持へと大きく転換せざるを得なくなったと評しています。

 この本から浮かび上がるのは60年安保の時代、議会制民主主義がとても熱かった時代です。そこにあるのは抽象論ではなく、敵か味方かという単純な図式でもなく、さまざまな立場の当事者たちによる、それぞれの思想や信念に基づいた言動の記録と検証なのです。

取材・文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/木村輝