自由奔放で、動きが速く、エビデンス重視、平等主義、議論好きで、社員の自律性が高い企業文化――なぜこのような企業文化が工業化時代の会社では育たず、官僚主義や偽善がはびこり、自社のパーパスを理解しない社員が増えるのか? 高業績組織を築く努力を妨げる企業文化を排除し、イノベーションを起こす文化を育てる必要性を『ギーク思考 圧倒的な結果を出す型破りな思考法』(アンドリュー・マカフィー著/小川敏子訳/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。

工業化時代の慣習は破ったほうがいい

 テック業界のアルファギークを訪ねたり、彼らの会社を訪れたりするようになって何年もたつが、彼らの口から工業化時代の企業の文化や実践について好意的な言葉が出たことはほとんどない。実際のところ、そうした話題が出ること自体めったにない。その数少ない場面はたいてい、彼らが避けたいことを説明する時だ。ビジネス・ギークにとっては、工業化時代の慣習は、守るよりも破ったほうが称賛される。

 「守るよりも破ったほうが」という言い回しはシェイクスピアの『ハムレット』から取ったものだが、より具体的なイメージのほうがわかりやすいかもしれない。どんな会社でも選択を迫られる根源的な選択がいくつかある。

 たとえば、「社員の自律性」か「仕組みを確立して手続きを標準化する」か。「データや実験、アルゴリズムに信頼を置く」か「直感や経験、判断に信頼を置く」か。「素早く動く」か「手順を踏む」か。「議論と異議を奨励する」か「協調とコンセンサスに価値を置く」か。「フラットな組織」か「階層的な組織」か。「密結合」か「疎結合」か。これらの選択の1つひとつに調整ダイヤルがあり、会社を立ち上げて経営する際に好みの状態に調整できるとしよう。

 ギークは例外なくすべてのダイヤルを思い切り回す。スピード、オーナーシップ、サイエンス、オープンネスというギーク思考の4つの規範に一致する方向に回し、その結果として、自由奔放で、動きが速く、エビデンス重視、平等主義、議論好きで、社員の自律性が高い企業文化が生まれる。

ギーク企業には、自由奔放で、動きが速く、エビデンス重視、平等主義、議論好きで、社員の自律性が高い企業文化が生まれる(写真はイメージ)(写真:Ismail/peopleimages.com/stock.adobe.com)
ギーク企業には、自由奔放で、動きが速く、エビデンス重視、平等主義、議論好きで、社員の自律性が高い企業文化が生まれる(写真はイメージ)(写真:Ismail/peopleimages.com/stock.adobe.com)
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イノベーションを阻む企業文化を容認する必要はあるのか?

 工業化時代の常識に照らせば、あり得ない選択だろう。許されるとしたら若いスタートアップ、IT系男子ばかりの集団、スカンクワークス(大企業の中の秘密プロジェクト班)くらいだ。そしていずれは「大人になれ」、というのがビジネスの定番のアドバイスだ。会社が成長し成熟すれば、ひたすら革新的に実行するのではなく高い信頼性とともに実行しなければならなくなるから、あるいは社員が増え多様性が増すから、ダイヤルをもっと中央寄りに戻さなければならないとアドバイスする。

 このアドバイスはギークにはいっさい通用しないようだ。実際、彼らは身をもって異議を唱えている。作家ドロシー・パーカー流に表現するなら、ダイヤルを中央寄りに動かすなどというアイデアは軽くポイと捨てるどころか全力で投げ捨てるべきものであると信じているのだ。

 なぜか? 理由としては、このアドバイスに従うことで得られる結果――会社の姿と成果――に少しも心を動かされないからという言い方もできる。それが極端に聞こえるなら、次に挙げることをどう考えればいいだろうか。

  • 2017年、ハーバード・ビジネス・レビューの調査の回答者のほぼ3分の2は、所属する会社は官僚主義――適度なレベルから厳密なレベルまで――が存在すると答え、まったく存在しないと感じている人はわずか1%だった。
  • 2018年、約300人の会社経営者に自社のイノベーションの最大の障壁について尋ねたところ、約半数が挙げた二大回答は「権力闘争/縄張り争い」とお決まりの「企業文化についての課題」だった。
  • 大規模プロジェクトの大部分は予定通りには終わらず、予算をオーバーする(きちんと終わった場合)。建設、家電、ソフトウエア開発にいたるまで多くの業界が「90%症候群」に苦しんでいる。何もかもが軌道に沿ってスケジュール通りに進んでいるように見えていたのに、プロジェクトが80~90%に達した頃、突如として足踏み状態に陥る。
  • 企業が表明する価値観と社員が身を置く企業文化には相関関係が認められないことが、2020年にアメリカの大企業500社を対象におこなわれた調査研究から明らかになった。
  • 21世紀に実施された調査はいずれも、仕事上で自分が何を期待されているのか、自分の仕事が会社のゴールと戦略にどう関係しているのかを把握している割合は、社員の半分以下、時には10%にも満たないことを明らかにしている。

 もっとうまい方法があるのではないか。ギークはそう考えた。イノベーションを阻む企業文化を容認する必要はあるのか? 重要な取り組みが遅延することを容認する必要はあるのか? 官僚主義や偽善はなぜはびこるのか? なぜこんなに少数の社員しか自分の業務の意味を把握していないのか?

イノベーティブで社員の帰属感が強い会社

 20世紀前半の典型的な会社についてビジネス・ギークが出した結論は、20世紀前半にマリア・モンテッソーリがイタリアの学校について研究して出した結論に重なる。肝心なところはもっとうまくやれる。もっと高いレベルで機敏に動き、実行し、よりイノベーティブで、社員の帰属感が強く、エンパワメントされている会社を築くことができるとギークは確信した。

 実現すればよりよい製品・サービスをもたらすだけでなく、よりよい職場を実現できる。たいていの人にとって働くことは人生で大きな部分を占めているのだから、それはとても重要だ。米国ではフルタイムで働く人々は平均して週に47時間を仕事に費やす――睡眠時間とほぼ同じだ。働き盛りの年代はパートナーと過ごすのと同じくらいの時間を同僚と過ごし、子どもたちと過ごす時間はそれよりもほんの少し少ない。その時間を給料のためだけに費やしているわけではない。仕事はコミュニティの一員としての自覚、目的意識、学び教えること、地位の獲得など人間として非常に重要な機会をもたらす。

 毎日職場に通って出世の見込みがない仕事をするゾンビのような労働者という姿は、喜劇にも悲劇にも登場する。だが、それは決して正しい描き方ではない。

 2016年にGSS(総合的社会調査)で米国の労働者に、「この先死ぬまで好きなだけ快適に暮らせるだけの十分なお金をもらえたら、仕事を続けますか、それとも仕事をやめますか?」と尋ねたところ、仕事を続けるだろうという回答はじつに70%に達した。しかも、教育水準がもっとも低く、職業威信スコアも低い労働者にその割合がもっとも高かった。不幸は仕事をしている時に訪れるのではなく、それを失うかもしれない時に訪れる。社会学者アーサー・ブルックスは次のように指摘する。

 米国の成人で、自分の仕事を失う可能性が「非常に」あるいは「かなり」高いと2018年に述べた人々のうち、自分の人生が「あまり幸せとは言えない」と答える割合は、解雇される可能性が「あまりない」と感じる人々の3倍を超えていた……2014年、失業率が1ポイント増えると国全体のウェルビーイングはインフレ率が1ポイント上昇する場合の5倍以上も下がっていたのである。


「企業文化はいずれ生まれてくる――だからこそ自分好みの文化を築いておくほうがいい」(写真:Uuganbayar/stock.adobe.com)
「企業文化はいずれ生まれてくる――だからこそ自分好みの文化を築いておくほうがいい」(写真:Uuganbayar/stock.adobe.com)
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経営者は企業文化を放置したり人事部任せにしたりするな

 企業にはいや応なしに濃厚な文化が育まれる。それだけ人々の日常、アイデンティティに仕事が占める割合は高い。ただし「濃厚」は必ずしも「健全」を意味しない。また、「計画された」ものであるとも限らない。多くの経営者は自社の文化づくりに多くの時間を費やさない。むしろ、文化が自然に進化していくに任せる。

 2018年のハーバード・ビジネス・レビュー誌に掲載された組織研究者のチームの論文によれば、「よくあることなのだが……高い業績を実現する組織を築こうと模索するリーダーの足をひっぱるのが企業文化である。多くの場合、経営者は企業文化を放置したり人事部に任せたりして、ビジネスとは関わりのないものとして軽視する。ビジネスの戦略と実行のためには緻密な計画を練り上げても、企業文化がどれほどパワーを発揮し社員の原動力となるのかを理解していないために、その計画は軌道から外れていく」。

 これはあまりにも、もったいない。スーパーを経営しているのに、どの棚にどの商品を並べるのかにまったく無関心である、というようなものだ。

 そのような店はすぐさま競争力を失い悲惨な結末を迎えるだろう。工業化時代の会社の企業文化の実情を踏まえ、ギーク思考の企業文化がしっかり根づいている会社との戦いを見れば、「競争力を失い悲惨」な結末が待っているという表現にも納得できる。いつまでも悲惨でありつづける必要はない。誰もが健全な環境で働くことを望んでいる。そしていま、それを提供する方法もわかっている。ビジネス・ギークの創業者とリーダー、そして人間行動について異なる方向からアプローチする科学者がそれを可能にしてくれた。

 ビジネス・ギークはもっとうまく機能するものを見事に築いてきた。それはエビデンスで裏づけられている。ハブスポットの創業者ダーメッシュ・シャアの言葉、「企業文化はいずれ生まれてくる――だからこそ自分好みの文化を築いておくほうがいい」を彼らは忠実に実行しているわけだ。

『ザ・セカンド・マシン・エイジ』『機械との競争』著者、最新作! グーグル、ネットフリックス、テスラ、アマゾンの成功は、先端テクノロジーによるものではない。ギークが書き換えた企業文化こそが成功の秘訣である。

アンドリュー・マカフィー著/小川敏子訳/日本経済新聞出版