地政学リスクに対し、地産地消や生産拠点の多角化を通じて、サプライチェーンのレジリエンスを高める動きが加速しています。大手コンサルティング会社A.T. カーニーの専門コンサルタント、笹俣弘志氏が、日立製作所とレゴのサプライチェーン縮小の試みを紹介します。書籍『A.T. カーニー 業界別 経営アジェンダ 2026』(A.T. カーニー編)から抜粋・再構成。
サプライチェーンと地政学リスク
これまで企業は、自由貿易を前提にサプライチェーンをグローバルで最適化し、イノベーションとコスト低減を実現してきました。例えばスマートフォンのサプライチェーンでいえば、最先端半導体は台湾で製造され、その後工程(組み立て・検査)はマレーシアやフィリピンなど東南アジア諸国に送られます。プリント基板はマレーシアやベトナムで加工され、液晶や有機ELパネルは韓国や中国で作られ、リチウムイオン電池は主に中国で生産されます。
こうして世界各地を行き来した部品が最終的に中国やベトナム、インドで本体に組み込まれ、スマートフォンとなるわけですが、その長さは月までの距離といわれます。しかし、今後は遠大なサプライチェーンは地政学リスクや関税などに留まらずパンデミックリスクにもさらされます。
サプライチェーン強靭化に取り組んだ日立製作所
日立製作所は、東原敏昭(現会長)氏が社長に就任した2014年から、地政学リスクの影響を最小化する「自律分散型グローバル経営」を会社の経営戦略として標ぼうしました。
(東原敏昭著『 日立の壁 』[東洋経済新報社]より)
これは、同氏が開発を担当したJR東日本の鉄道運行システム(「東京圏輸送管理システム」ATOS)で着想を得たものだそうです。ATOSは中央のコンピューターに権限を集中させ、ネットワークでつないだ末端のコンピューターに対し統一的に制御する中央集権型と、末端のコンピューターが管轄する範囲だけを自律的に制御する自律分散型を組み合わせたシステムです。現在の德永俊昭社長も、2025年のNHKによるインタビューで「その国ごとのサプライチェーンを整備し、国を極力またがないことをこれまでやってきたし、今後も着実に進める」とコメントしています。
実際にグループ全体の主要地域ごとの資材調達高における地域産品の比率は8割以上と高い水準です。例えば三菱電機は5割ほどで、三菱重工も正確な数値は非開示であるものの、資材調達の7割が日本です。ただ、三菱重工の主要製品であるガスタービンはブレードの精密鋳造などに最先端設備と熟練技能者が必要で、各需要地に生産拠点を設けるのが難しいことも一因です。さらに、高単価製品であるため輸出コストを吸収できる側面もあります。ガスタービンの1㎏あたり価格は約1300ドルで日立の主要製品であるHVDC(高圧直流送電)変圧器は50~150ドルです。ちなみに半導体は約1万ドルで、スマートフォンのサプライチェーンが月まで延びるのもよく分かります。
現在、関税の影響を各社が発表し始めていますが、日立は300億円で、連結売上で半分程度の三菱電機と同じ額です。なお、三菱重工はガスタービンが絶好調で、価格転嫁により影響は軽微としています。
日立流自律分散型グローバル経営の進化
また、日立製作所の自律分散型グローバル経営は、世界の競合に伍していくために各地域の状況やニーズに即してスピード感を持った意思決定を可能にしてもいます。ただ、東原氏が社長に就任した当初は、世界の各拠点が自律分散を「自分たちで独自にビジネスを展開してよいこと」なのだと誤解し、日立アメリカ、日立アジアなどに「本社」という名称を加えて、独自のビジネスを展開してしまったそうです。これは非効率であり、自律分散型グローバル経営ではないと同氏は『日立の壁』で述懐しています。
その後、企業理念や創業の精神、研究開発や人事などバックオフィスの基盤の共有に加え、各事業共通のデジタルプラットフォームであり、現在の日立の躍進の原動力であるルマーダの構築を進めていきます。発想の原点である車両運行システムと同様に、自律分散型のみならず中央集権型の最適な組み合わせが重要なのです。
日本企業では本社の意思決定の遅さが課題になったり、逆に買収した企業に対しては不十分なガバナンスが課題になったりするケースがあり、また日本で活動する欧米企業では本社が日本の状況を十分把握せず拙速に意思決定することが課題になるケースもあります。日立の自律分散型グローバル経営は、サプライチェーンの強靭(きょうじん)化だけでなく、真のグローバル企業に飛躍する上で示唆に富む事例といえます。
優れた生産技術を生かし地産地消を進めるレゴ
玩具の製造業は、サプライチェーンが長い一方でクリスマス商戦など需要変動が大きく、サプライチェーンマネジメントが難しい業界です。その中で、デンマークのレゴは昔から「需要の変化に迅速に対応できるサプライチェーンを構築すべきだ」という信念を持ち、欧州、米州、アジアパシフィックの主要地域ごとに自社工場を持つ方針でした。しかし、2ケタ成長を続け各地域の生産能力の増強を重ねた結果、アジアパシフィック向けの中国工場や米州向けのメキシコ工場は“メガファクトリー”となり、拠点ごとの稼働停止時のリスクが大きくなっていました。
そのような中で、2020年から始まる新型コロナウイルス禍によって米州のメキシコ工場が7週間閉鎖された経験を経て、複数の製造拠点を持たないアジアパシフィックと米州で、それぞれ第2の供給拠点が必要と結論づけました。
アジアパシフィックでは地政学的リスクの分散の観点に加え、人件費などコストが急増する中国よりも安価な生産が可能なベトナムで新しい工場の建設を2021年に決定しました(いわゆるチャイナ・プラス・ワン)。中国に比べ人件費は4~5割に抑えられ、中国工場から近いためノウハウを移転しやすく、さらにこれまでも射出成型用の金型をベトナムから調達しており優位な選択肢でした。
一方、米州では米国バージニア州で新しい工場の建設を2022年に決定しました。米国の人件費はメキシコに比べ高く、製造業全般が衰退しているため工場労働者の採用も難しい状況で、工場の自動化に多額の投資をしました。減価償却がかさむ中で収支を合わせるために、米市場需要向けの生産は最大限バージニア工場に振り分けて稼働率を高め、需要変動を柔軟性の高いメキシコ工場で吸収することにしました。また、製品の8割以上はどの工場でも生産可能な“汎用パーツ”として、1つの工場が生産停止した場合でも、各工場が生産を柔軟に補いやすくしてレジリエンス性を高めました。
他方、主に欧州で製造している金型が少ない専用パーツは、需要に応じて迅速に航空輸送できる体制も構築しました。
レゴのブロックは厳しい品質基準を定めています。例えば、金型成形を1/200mm(=0.005mm)精度で管理する「成形哲学」を確立しており、これが“かみ合わせ(clutch power)”の再現性を生み、ブランド価値の向上に寄与してもいます。
各地域の工場の品質を担保するための取り組みとして、ベトナム、バージニアの新工場はそれぞれ中国、メキシコとのバーチャルプラントとして立ち上げ、立ち上げ後も連動して運営することで品質を担保し、レゴブランドを維持しています。
競合のマテルやハズブロはようやくチャイナ・プラス・ワンに取り組み始めたところですが、長年中国での集中生産と下請けの活用でコスト低減を図ってきた結果、サプライチェーンはレゴに比べ長いままです。需要変動への対応力は低く、売れ残った商品が次のクリスマス商戦で新製品とカニバリも起こします。レゴが生産技術を高め、サプライチェーンを短くすることで、高いブランド価値と収益性を実現しているのとは対照的です。
【筆者紹介】

A.T. カーニー シニアパートナー、エネルギー・素材プラクティス東京リーダー
A.T. カーニー編/日本経済新聞出版/2420円(税込み)

