宇宙産業は、技術革新と市場拡大に加え、ロシアによるウクライナ侵略を契機とした地政学環境の変化も重なり、政府・民間の双方で資本・人材への投資が加速しつつあります。大手コンサルティング会社A.T. カーニーの専門コンサルタント、崎田隆弘氏、竹井潔氏、矢野亮太氏が宇宙産業の現在地について解説します。書籍『A.T. カーニー 業界別 経営アジェンダ 2026』から抜粋・再構成。
スタートアップの参入で宇宙が民主化
技術革新として最も象徴的なのが、宇宙市場の大半を占める衛星分野における低軌道(LEO)衛星の勃興です。かつて衛星は1機あたり数百億円が相場で、各国が容易に複数機を保有できなかったため、自国の上空に静止して見える静止軌道(GEO)に衛星を配置し、自国周辺に焦点を当てた通信・放送サービスを提供してきました。そういった背景もあり、宇宙技術を保有できるのは、米国やロシアをはじめとした先進国に限られていました。
しかし、近年は、イーロン・マスク氏率いるSpaceXに代表されるように、打ち上げコストが大幅に低下し、打ち上げ頻度もほぼ1日1回に近い水準まで高まっています。さらに、低価格・高性能な民生技術の進展により、小型衛星を安価に製造できるようになりました。その結果、従来は欧米の大手防衛・宇宙企業(Lockheed Martin、Boeing、Thales Alenia Spaceなど)が中心だった衛星開発に、新興国の宇宙機関やスタートアップ(いわゆるNew Space)が参入し、“宇宙の民主化(限られたプレーヤーしか参入できない世界から、開かれた世界へ)”が進展しています。
また、LEO衛星にはGEO衛星にはない技術的な特徴が他にもあります。地球から約3万6000kmで特定地点の上空に留まるGEO衛星と異なり、高度約500kmを周回して世界各地の上空を通過しています。その結果、GEO衛星では難しかったサービスが提供可能になりました。LEOは地球に近いため、通信の遅延が短くなり(注:地球とGEO軌道の距離は約3万6000kmのため、光の速度でも往復で0.2秒以上かかります)、観測でも高解像度のデータを取ることができるようになります。SpaceXのStarlinkやOneWebによる高速・低遅延の衛星通信がその代表例です。その他にも、地表に近い高度からの観測によって、戦場の高解像度データを準リアルタイムで取得するサービスなどが挙げられます。
この動きを加速しているのが、スタートアップや非宇宙企業といった新規プレーヤー(New Space)です。LEOの台頭で参入障壁が下がり、従来は地上系サービスが中心だった企業が自社衛星を開発して付加価値を高めるなど、従来の宇宙産業にはなかったダイナミクスが生まれています。
例えば、独自の気候シミュレーションに基づく気象予測サービスを提供していたTomorrow.ioは、より高精度な予測に必要な入力データを自ら取得するべく、観測衛星を自社で開発・運用しています。また、中国の自動車メーカーである吉利汽車(Geely)は、将来の自動運転への適用を見据え、グローバルな衛星通信と測位(位置情報)を可能にする独自の衛星コンステレーション構築を進めています。
民間が投資・開発・収益化できる領域へ
民間の動きに呼応して、政府の予算配分も変化しています。従来の安全保障や科学研究といった政府利用に閉じた予算投下(開発投資も含む)から、将来的に民間で投資・開発・収益化のサイクルが回る領域へ予算配分の重心を移しつつあります。
例えば米国では、SpaceXのロケットをNASA(米航空宇宙局)や国防総省が“サービス調達”として継続的に調達し(その額は、数千億円を超えていると言われています)、同社は世界の民間打ち上げ需要の過半を獲得する企業へと成長しました。現在も、2030年代に退役予定の国際宇宙ステーション(ISS)の後継施設の開発に複数の民間企業が名乗りを上げ、NASAが調達先の選定を進めています。
日本でも、2024年からの10年で総額1兆円の宇宙戦略基金が創設され、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が事務局となって民間事業者や大学の開発を後押しする体制が整いつつあります。将来的には、政府が事業初期を買い支え、それを起点に、民間企業が事業を発展させるモデルが構想されています。例えば、先の民間宇宙ステーションの例では、その中で宇宙ホテルや微小重力環境での新薬研究などの新たな事業機会が創出され、民間企業が長期的に収益をあげて、さらなる投資循環が回ることが期待されます。
安全保障でも衛星の重要性に注目が集まる
また、上記は開発の例でしたが、宇宙のユーザーである安全保障の文脈でも変化が見られます。これまで中長期のインテリジェンスでの活用が主だった宇宙も、AI(人工知能)による迅速な意思決定に資する戦況データの取得や大容量・高速通信の確保が戦術・作戦レイヤで一層重要となり、各国は自らの宇宙アセットの構築を急いでいます。
ロシアによるウクライナ侵略では、衛星が戦局を左右する役割を果たしました。開戦直後、ロシア軍はウクライナ軍が利用する民間通信衛星をハッキングし、地上通信インフラも攻撃して情報網を寸断しようとしました。しかし、SpaceXがStarlinkをウクライナに提供することを公表し、通信インフラは維持されました。また、砲撃支援システムとして“戦場のUber”をうたうGIS Artaが本格的に利用され、これまで数時間かかっていた作戦リードタイムが数十分まで短縮され、戦地のオペレーションに大きな影響を与えたとされます。
さらに、新たな東西対立の激化や、米国の自国ファースト路線への転換といった地政学的変化は、各国のケイパビリティ保有の方向性に影響を与えています。象徴的なのは、自国/同盟国・同志国でのインフラ保有の動きです。欧州はIRISという域内通信衛星コンステレーションを構築しようとしており、日本でも、防衛省が運用の自由度を持つ早期警戒用の衛星コンステレーション構築を進めています。
日本は2025年7月に欧州と衛星コンステレーションで協力する方針を表明しており、構築・整備・維持に必要な莫大なコストをシェアしつつ、特定国に依存しないように宇宙インフラの自在性を確保する(自由に利用できるようにする)動きが広がっています。
こうして、“宇宙に国境はない”と言われる一方で、宇宙市場はもはや完全な自由競争ではなく、同盟国・同志国との関係に基づくG2Gの戦略的関係で規定されつつあります。
【筆者紹介】

A.T. カーニー シニアパートナー、日本・アジア太平洋の航空宇宙・防衛領域リード

A.T. カーニー プリンシパル

A.T. カーニー マネージャー
A.T. カーニー編/日本経済新聞出版/2420円(税込み)


