今回は、書籍 『プライシングの技法』 で取り上げた価格設定のケーススタディーに一緒に取り組んでみたい。企業内のデータや顧客調査の結果などを活用すれば科学的なアプローチも可能だが、今回はそのような情報は使っていない。あくまで読み物として楽しめるように書いているので、難しいことは抜きにして頭の体操のような感覚でプライシング業務を疑似体験していただければ幸いである。
ケーススタディー:シェアリングの利用料金を考える
最近、都内でエメラルドグリーンの電動キックボードに乗って颯爽(さっそう)と移動する若者をよく見るようになった。機体にはLUUPというブランドロゴが書かれている。2018年に渋谷区で創業された株式会社Luupが提供するシェアリングサービスである。
「街じゅうを駅前化するインフラをつくる」というミッションのもと、電動アシスト自転車や電動キックボードなどのマイクロモビリティのシェアリングサービスを展開。将来的には高齢者も乗れる新しいモビリティを導入し、すべての人が自由に移動できる未来を目指しているという。
2020年に電動アシスト自転車、2021年に電動キックボードのシェアリングを都内でスタート。現在は大阪、京都、横浜でもサービスをローンチしている。機体は電動キックボードが主流のようである。
利用の仕方は実にシンプル。アプリから出発地と目的地のポートを選ぶだけである。電動キックボードの最高時速は15キロメートルで、歩くのには少し遠い距離の移動であったり、公共交通機関を使いたくないときに便利だ。小型特殊自動車扱いのため乗車には普通自動車免許や普通二輪免許が必要で、ナンバープレートも装着されている。
そんなLUUPの利用料金はどんなアプローチで決めるべきだろうか。皆さんにもいったんここで考えていただきたい。
そこそこの距離、手ごろな料金
ここから解説に入りたい。
まずこの手の移動サービスの価値は、徒歩よりも早くて楽という部分にある。かといってタクシーに乗ってしまうと高くつく。そこそこの距離、手ごろな料金というのが本サービスのKFS(重要成功要因)ということになる。
以上を踏まえて、競合が展開するサービスの料金設定を先行事例として確認しつつ価値を定量化していきたい。
競合として真っ先に思い浮かぶのがドコモ・バイクシェアである。真っ赤な電動アシスト自転車が目印でポートの数も多い。1回会員の料金は30分単位165円。30分ごとに165円かかるため、15分でも30分でも165円で同一料金だ。
他にも都営バスが210円、私鉄バスが220円で利用できるが、運行間隔や路線図、バス停の位置によっては不便であり比較対象になりにくいため今回は除外する。いずれも2022年8月末時点の料金である。
次に電動キックボードシェアのユーザーが1回の利用でどのくらいの距離を移動するかを想定したい。
Luupがユーザー向けに行ったアンケートによると、都内で最も人気の高いルートは恵比寿から代官山の区間。設置台数の多い恵比寿ガーデンプレイスから代官山T SITE(蔦屋書店)までの利用で約1.6キロメートル。徒歩で21分、電動キックボードや電動アシスト自転車で7分の距離である。
なお、一般財団法人の自転車産業振興協会が公開している2020年度シェアサイクル利用実態調査報告書によると、シェアサイクルの平均利用時間は15分以上30分未満が最多(約26%)。シェアサイクル自体はもう少し長い距離、30分の利用で5キロメートル程度の移動にも使われていることがわかる。
以上よりドコモ・バイクシェアの移動コストを計算する。
恵比寿から代官山の区間1.6キロの利用で165円、5キロの利用でも165円となる。前者が10メートルで1円、後者が30メートルで1円という計算だ。長い距離ほど割安になるが、特定のポートに自転車が集中した際の回収・移動・再配置に要する運営コストが増加すると見込まれる。
先行する他社の逆をいく
ここまで材料がそろえば、現行レートやプライスリーダー追随法でLUUPの値付けが可能である。
サービスの内容はドコモ・バイクシェアと同様であることから彼らの30分単位165円という料金が基準となるのは間違いない。しかし、細かい部分は株式会社Luupの戦略と関わってくるため、答えを一つに絞り切れない。あくまで一つの回答例として記載したい。
私が考える大前提として、後発のLuupがとるべき戦略はドコモ・バイクシェアとの差別化である。
先ほどドコモ・バイクシェアは長い距離ほど割安になるが、特定のポートに自転車が集中した際の回収・移動・再配置に要するコストが増加すると述べた。Luupはその逆をいけばよいのである。
つまり、短い距離は競合よりも割安、長い距離は運営コストを考慮して割高にするというものだ。
恵比寿から代官山の区間のような1キロから2キロの移動では競合に劣後しない価格を設定。具体的には10メートルで1円を超えない範囲で値付けしたい。それ以上の距離は運用コスト回収の観点でサービス導入初期は割高に設定し、ユーザーの反応を見ながら調整していくのも手であろう。
さて、実際の料金は……
ここで実際のLUUPの料金設定を確認したい。
利用ごとにかかる50円の基本料金と1分あたり15円の時間料金がかかる設定となっている。先ほどの恵比寿から代官山の区間でサービスを7分利用した場合の料金は50円+15円×7分=155円。10円の差ではあるがドコモ・バイクシェアよりも安く利用でき、移動コストも10メートルで1円と同じ水準。やはり現行レート、プライスリーダー追随法で料金を検討したようである。
逆に30分利用した場合の料金は50円+15円×30分=500円。ドコモ・バイクシェアに比べてかなり割高だ。
この時点で明確な差別化が図られており、初期の値段としては納得できるものだ。ここから実際にかかる運営コストを見ていきながらアジャストしていくことになるだろう。
仮に今後、3キロから5キロくらいの距離も狙っていく場合は、利用時間が長くなるにつれて徐々に時間料金を割安にするか、ポートの設置台数に偏りが生じないようにするためのダイナミック・プライシング、機体が余っているゾーンから枯渇しているゾーンへの移動に伴う料金を割安にするなどの打ち手が考えられる。
以上である。今回はドコモ・バイクシェアという先行事例が存在したため、現行レートやプライスリーダー追随法でのアプローチが可能であった。一方で、まったくの新規サービスであった場合は、価値の定量化および売上・利益計算のよりどころとしてマーケティングリサーチを活用するのも有効である。
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