「AI(人工知能)で業務を効率化だ!」「メタバースで新サービスを立ち上げよう!」「コンサルに依頼したのに生産ラインがぐちゃぐちゃだ!」――いまだに、こんなことは起きていませんか? 組織や個人にとって有用な技術を理解し、そして活用するために、知っておきたい知識をまとめました。第5回のテーマは「スモールデータ」。ビッグデータの重要性が問われるなか、なぜスモールデータなのでしょうか。
スモールデータでいいのでしょうか
いいんじゃないでしょうか。「スモールデータからでもデータ活用を始めよう!」って気概があるだけでも御の字です。ぜひ、スモールデータからスモールスタートしましょう。
新聞などを読んでいると、世の中の大半でビッグデータ活用が行われていたり、先端的なPoC(Proof of Concept:実証実験)が進められているように錯覚してしまいますが、現実の世界で足元を見るといまだにExcelのフォームで伝票を作り、メールに添付して送信したりしています。PPAP(あとからパスワードを送るやつ)もたくさんの組織に愛され、あと10年は戦えそうな雰囲気です。
そこからいきなりビッグデータ活用は無理があると思うんです。社内の業務プロセスを余すところなくデジタライゼーションし、非構造化データまで含めてデータウェアハウスに保管する。それ1つとっても、そもそも業務プロセスが明文化されていなかったり、属人的だったり、体系化・明文化を進めようと思っても人材が加配されるわけもなく、今抱えている業務も止められない。
必死こいてデータを抽出しても、他の部署とデータ形式が異なるので標準化しなくちゃいけないとか、オンプレミス(自社所有)のデータウェアハウスは不安だし金食い虫でもあるのでクラウドとも契約しなくちゃとか、一朝一夕でどうにかなるものではないです。
デジタイゼーションとかデジタライゼーション、DX(デジタルトランスフォーメーション)は10年、20年かけて進めていくものだと思います(そのくらいの時間をかけて着々と事を進めてきた企業が、現在DXの果実をむさぼっています)。「今のところスモールデータしかないなあ」という気づきは、将来のDXへの第一歩です。そこからゆっくりやっていけばいいのです。
コンサルの言うことをすべて実行できるか
もちろん、すぐにやらなきゃ時代に取り残されるという危機感はあると思うんです。ここは一発腹を決めて大手術をするぞ、高額な戦略コンサルを入れるか、と思いつくこともあるでしょう。
大手術によって患者の生命が危うくなるくらいのリスクを引き受ける覚悟があるならそれもいいと思いますが、なかなかそこまで踏み切れないですよね。怖いし。そして、そこまで思い切ったことをしないやり方を採用する場合にコンサルが示す処方箋ってある種の民間療法みたいなものだと思うんです。
説明を聞くとすごくいいんですよ。ロジックも、なんとなく納得できるふうには整えられています。言われたことを全部実行すれば、きっともっと健康になれたり、長生きできたりもするのかもしれません。
でも、よくよく確かめてみると、言われたことを全部はできないんです。毎朝6時に起きて出社の前に1km走るとか、毎日30品目食べるとか。いいか悪いか聞かれたら、きっといいんです。1つ1つの項目も、なぜそれをすべきか納得できますし、1個1個なら「やれないこともないかな」と思わせる水準にブレークダウンされています。
でも、こまごました助言や指示を完璧には実行できないくらいには指示が稠密(ちゅうみつ)で、きっとやれないんです。先ほどの例で言えば、「出社の前に1km走る」「毎日30品目食べる」は出無精の私でもまったく完遂できないタスクではありません。外部監査が入ったりするスペシャルな1日であれば、きっとこなすでしょう。
とはいえ、毎日は無理です。雨が降ったら、絶対1kmも走りませんし、何なら大学にも行きたくありません。まして30品目食べることと両立させるなんて、霞(かすみ)の向こうの夢物語です。
健康や長生きを例に取ると、「そりゃそうだろう」と首肯できるのですが、これが業務になると意外と同じ轍(てつ)を踏んでしまうと思うんです。
大学を例に話を進めてみましょう。
大学も企業も同じような悩みを抱えている
「学部間の物理的、規約的、感情的障壁をなくしてください。なんでもオープンに話し合って、情報資源と人的資源の交流につとめましょう」
「学生の質問にはすぐに答えてください。レスポンスに30分以上かかると就学意欲が低下するデータが得られています。LMS(学習管理システム)がありますから、帰宅以降も密なコミュニケーションが取れるといいです」
大学の事務方からこう言われると、それぞれは「まったくその通りだな」と思います。しかし、全部実行しようとすれば、ほどなく過労で鬼籍に入ることになるでしょう。これは、学部間のマウントの取り合いも、予算の確保競争も、学生がSNS(交流サイト)で気軽に明日までの書類作成を深夜3時に依頼してくる現実も無視した理想論です。
「予算で競争するのがおかしい。同じ大学の仲間なのだから、とことん話し合えばみんなが笑顔になれる結論に至れるはず。そうならないのは、大学と教職員の組織風土に問題がある」と責任がこっちに回ってきてだいたい話が終了します。
いや、無理ですって。人が人である以上、そんな大団円はやってきません。SNSをちょっとのぞけば、無限の時間話し合って得られるものは罵倒とねたみであることはよく分かります。もちろん、コンサルだって分かった上で提案しています。彼らは嘘をつきません。ただ、たまに「多くの会社ではそれは実行できないだろう」という提案が混じるだけです。
「ローマは一日にして成らず」は21世紀のビッグデータにも当てはまります。30年、40年先を射程に含めた大戦略は粛々と進めていただいて、取りあえず足元では「現状で集められる・取り扱える規模のデータ」を使って、「すぐに御利益のありそうな身近な知見を導き出す」ことから始めるとよいと思います。
スモールデータから始める組織にとっては、小さくてもいいので成功体験を積み重ねることがことのほか重要です。まだITの恩恵を実感したことのない組織成員もいるので、データを集めて分析すると役に立つんだという首級があると、その後の業務改革や予算獲得がスムーズに進みます。
入試という需要予測
また大学の話をしましょう。教職員が目の色を変えて(まるで乱高下する株式市場に臨む投資家のような気迫で)臨む業務が入試です。まあ、そうなんです。学校というのはいい商売で、みなさん料金を前払いで、しかもキャッシュで振り込んでくださいます。こんなビジネスなかなかないと思います。学校法人は倒産寸前まで銀行がお金を貸してくれるとよく言いますが、さもありなんです。
しかし実際のところ学校ビジネスは、受験料、入学金、授業料以外の収入は極めて乏しいのです。学校グッズの販売なんて微々たるものですし、カフェを入れてみたりしてもどちらかと言えば協力金をむしられるケースのほうが多いのではないでしょうか。卒業生の結束力と愛校心が強くて毎年莫大な寄付金を計上している学校さんや、素晴らしく資産運用に長(た)けた学校さんもありますが、外れ値事例です。
となれば、新規顧客獲得機会が年に1回しかない鉄火場ビジネスとも言えます。まかり間違って新入生が予算定員を下回れば数年間たたるわけです。体力がない学校だとそのまま閉校ルートに入る可能性すらあります。だからみんな真剣です。
しかも、入学試験を実施すればそれで終わりではないのです。「何人合格者を出すか」という占いの季節がやってきます。昔は荒っぽかったんです。「まあ、定員の3倍くらい合格者を出しておけば、ちょうど定員くらい残るだろ」なんて力業を繰り出す大学もありました。
それでうっかり定員オーバーになっても、4月にちょっと教室と食堂が混むくらいで(ゴールデンウイークを過ぎれば自主休講の学生も増えますし)、問題なく日常が過ぎていきました。何なら「今年ちょっと収入多くない?w」ってなもんです。
しかし、今はゴールデンウイーク明けでも学生さんが減りません。みんな真面目で勉強に邁進(まいしん)しますし、払った授業料分の教育サービスはちゃんと享受しようとします。頼もしいです。っていうか、授業って不思議な商品で、普通の売りものはうたっている数より提供数が少なかったら怒られるものなのに、授業に関しては提供数が少ない方が(休講が多い方が)喜ばれていたんですよね。今までが異常だったのでしょう。
予測なのか占いなのか
真面目に出席される学生さんが多いとなると、定員オーバーはよろしくありません。教室に人はあふれ、食堂では怒号が飛び交う状況になるでしょう。文部科学省からもにらまれるかもしれません。
文科省の「定員管理」などで示されているように、国立大学は入試を経て、学部ごとの収容定員超過率が110~120%(学部の規模によって異なります)以上になると超過分の授業料収入を国庫に納付しなければなりません。私学も大学全体の収容定員充足率が110~130%以上になると私立大学等経常費補助金不交付のペナルティーがあります。
定員を大幅に下回るとそれはそれでペナルティーがあるので、みんな入試の季節には必死こいて「何人合格者を出せば、何人入学してくれるのか」を予測しています。
しかし、これが難しいのです。「予測」ではなく、「占い」と言われるほどに。自校より超上位の大学とダブル合格すれば自校は蹴られるでしょうし、自校以外どこも受からなければきっと入学してくれるでしょう。でも、自校と同レベルの大学に両方受かったとき、どっちに来てくれるかなんて正確な予測はできません。
近年、第1次合格、第2次合格、追加合格1、追加合格2、補欠合格、繰り上げ合格…などやたらと合格発表を小出しにする大学があるのは、意地でもペナルティーを発動させないためです。
こんな状況は改善されるべきです。以前のように定員ゆるゆるに戻すのが良いとも思われないので、まっとうなやり方としては「ITの力を借りて正確な入学者数予測をしよう!」となるでしょう。
ビッグデータのためにスモールデータを
実際、ビッグデータが得意そうな分野ですし、膨大な受験者情報を握る予備校がコンサルしたがる分野でもあります。
でも、意外とビッグデータが役に立たないんです。もちろん、将来的にはビッグデータとデータマイニングシステムが正確な入学者予測をするようになるでしょう。それをAIと呼んでもいいかもしれません。
しかし、現時点ではさほど正確な予測にはなり得ていません。個々の受験生の意思決定は大学の偏差値や就職状況だけでなく、家庭の収入、教育方針、本人がこれまでの人生で培ってきた哲学、現状で恋人がいるかどうか、その恋人はどこに進学するのか、大学で遊びたいのか勉強したいのか、派手な大学が好きか地味な大学が好きか、都心好きか郊外好きか、満員電車は苦にならないかなど、膨大な変数に左右されます。何なら、好きなユーチューバーが昨日発した言葉や、一昨日読んだ本で意見を変えることもあるかもしれません。
どんな監視国家でもここまでのデータは持っていませんし、そこから志望校を導くアルゴリズムを見いだせていません。ゴリゴリに利便性を追求していった結果、監視国家も逃げ出すほどの強烈なエコシステムが登場してこれらを実現することがあるかもしれませんが、かなり先の話になるでしょう。
どちらかと言えば、受験者の票読みよりも、AIが入学先を自動振り分けする仕組みの方が実現しやすそうな気がします。
現在を生きなければならない我々としては、鉛筆なめなめ「占い」にいそしむことになります。もちろん、亀の甲羅や紅茶の茶葉で合格者数を決めているわけではありません。このとき使うのは、過去の入学辞退率といった情報です。データサイエンティストが喜びそうな「ビッグデータ」に比べたら、極めてスモールなデータでしかありません。
しかし、毎年私学助成不交付をくらって廃業したり頭を抱えたりするほど予測精度が悪いわけでもありません。自分たちの足元に落ちているスモールなデータはきちんと運用すればそれなりの結果をたたき出します。
むしろスパースデータ(すかすかなデータ)も多いビッグデータと比べれば、非常に効率よく分析を進めることができるでしょう。大学であれば、大学業界を網羅したビッグデータがあれば理想ですが、そうでないときは自大学にまつわるデータだけでも押さえておくことで、少なくとも自大学の入試に関してはある程度の精度の予測を(ビッグデータ全体をながめるより)高効率で出力できます。
ですから、将来的にビッグデータを縦横に使役するビジョンを描きつつも、足元のスモールなデータも大事にしてください。勘や経験から脱却するだけでも、組織の成熟度を一歩前に進めることができます。
ビジョナリーがささやくスマートな未来図には見劣りがするかもしれませんが、取りあえずデータの力を活用し始めたばかりの組織にとってはコスパよく次善の現実解を導いてくれます。スモールデータを分析・活用するスキルを高めた組織は、その次のステップでより適切にビッグデータを活用できるようになるでしょう。
