生成AIは強力な技術であり、本来は単なる業務の効率化にとどまらず、業務そのものを変える手段とすべきものです。導入によって作業を速めるだけでなく、生成AIを前提とした業務の進め方へと再設計しなければ、AIの力と既存の業務との間に不整合が生まれ、逆に生産性の低下を招くことがあります。生成AIの活用とは、単に使うことではなく、業務のあり方そのものを見直すことにほかなりません。本連載では、書籍『2030 次世代AI 日本の勝ち筋』(日経BP)から抜粋し、生成AIの利用事例と課題、生成AIを前提とした将来の業務のあり方について考えていきます。第1回は「生成AIの導入が生産性を低下させている」をテーマに。

 企業からの生成AI導入・活用の相談を受ける中で内情を聞くと、「生成AIを導入したがために生産性を下げている」ケースが少なくありません。驚かれるかもしれませんが、企業が最新技術を導入するうえで、これは珍しいことではありません。AIだけでなく、ITの導入において同様のことは起きてきました。

 かつて企業では手書き中心の文書作成から、ワープロ専用機、そしてパソコンにおけるワープロソフトへの移行が進むとともに、文書の作成・修正が容易になり、またテンプレートの活用によって文書の標準化が進みました。さらに文書の保存や検索により、過去文書の再利用も進みました。

 しかしその結果、企業内で扱う文書の総量は爆発的に増えました。読者の皆さんの職場でも、日々、不要な報告書や重複した記録、確認のためのメールや議事録が量産されているのではないでしょうか。確かにワープロ専用機やパソコンは文章作成の負担を減らしましたが、作成される文書量が増えたことで、読み手の負担も増えました。

 この事態は、言語生成AIの活用にも通じます。報告書、提案書、議事録、説明文など、従来なら時間をかけて構想していた文書も、言語生成AIを使えば数分で作成できるでしょう。これだけをみれば、文書作成業務の生産性は飛躍的に向上したといえます。しかし、同時に企業全体の文書量を再び膨張させる危険をはらみます。内容が似通った報告書や、実質的価値の乏しい説明文が増えれば、読む側となる上司、管理職、審査担当者他の負担も確実に増えて、意思決定のための時間を圧迫することになります。最悪、読むべき文書が多いがために情報の把握や意思決定に時間を要して、ビジネスチャンスを失うという皮肉な状況を生み出します。

 文書は本来、伝達や記録の手段にすぎません。言語生成AIを利用した真の文書作成支援とは、文書を増やすことではなく、必要な情報を過不足なく伝達・記録することのはずです。企業で言語生成AIを活用するのであれば、「何を書かないか」を徹底することで、不必要な文書、不必要な説明を排除すべきです。「何を読まないか」の観点から、文書を取捨選択し、要約し、軽くすることが求められます。

[コラム]企業の生成AI導入の実情に関するMITレポート

 2025年8月、米マサチューセッツ工科大学(MIT)のAIプロジェクトが、企業のAI担当リーダー150人へのインタビュー、従業員350人へのアンケート、そして300件の公開導入事例の分析結果を公表しました1。その内容は「生成AIのパイロットプロジェクトの95%は収益増加に寄与していない」という衝撃的なもので、それが報道されるとエヌビディアを含むAI関連株が急落するという騒動がありました。

1 Aditya Challapally, Chris Pease, Ramesh Raskar, and Pradyumna Chari (MIT Nanda Project), “The GenAI Divide State of AI in Business 2025”, July, 2025

 そのレポートには、企業における生成AIの活用の調査報告に加えて、いくつかの興味深い記載があります。そのひとつは「企業における生成AIに関する5つの神話」と題するもので、生成AI導入に関わる言説と調査結果の齟齬(そご)をまとめています。

  1. AIが今後数年間でほとんどの仕事を代替する → 調査からは生成AIによる解雇は限定的であり、既にAIの影響を大きく受けている業界に限られることが判明。今後3~5年間の採用水準について経営陣の意見は一致していない。
  2. 生成AIがビジネスを変革中 → 導入率は高いが変革を達成したケースは少ない。ワークフローにAIツールを大規模統合している企業は5%のみ。9業種中7業種で実質的な構造変化は見られない。
  3. 企業の新技術導入は遅い → 企業はAI導入に極めて積極的で、90%がAIソリューションの購入を真剣に検討済み。
  4. AIの発展を阻む最大の要因は、モデルの品質、法規制、データ、リスクである → 実際には、ほとんどのAIツールが、学習せず、ワークフローにうまく統合されないことが真の障壁となっている。
  5. 最先端の企業は自社ツールを開発している → 社内開発は失敗率が2倍高い。

 また、同レポートでは、シャドー(影)のAI経済にも言及しています。調査対象企業のうち、生成AIのサブスクリプションを購入した企業はわずか40%である一方、企業の90%以上で従業員が業務に個人用AIツールを日常的に使用しており、正式な生成AI利用ではない、つまり影の生成AI利用が進んでいることになります。多くの企業では、影の生成AI利用が、企業が購入した生成AIツールの欠点・課題を補っているといいます。

生成AIの利活用がマッチポンプ化している

 読者の中には、「文書が増えても、言語生成AIで要約すればよいのではないか」と思われる方もいるかもしれません。確かに、それはひとつの解決策ではあります。しかし、本当に最善策といえるでしょうか。

 ここでは、筆者が企業から相談を受けた実例を紹介します。その企業はいち早く生成AIを業務に導入しましたが、残念ながらその結果起きたのは、社内文書の洪水でした。これまで2~3行の箇条書きで済んでいた業務報告が、生成AIの支援により長文の報告書に変わったのです。上司は部下の報告書を読まなければなりません。報告書が不必要に長文化すれば、上司の負担は増えます。そこでその企業は、上司の負担を軽減するため、生成AIを使って報告書を要約し、2~3行の箇条書きにすることで、上司が短時間で読めるようにしたそうです。

 報告書に関わる作成業務と確認業務を個別に見れば、どちらも生成AIで効率化されていますが、全体で見れば生成AIで文字数を増やしておいて、それを生成AIで文字数を減らしているにすぎず、いわゆるマッチポンプというべき状態です。つまり自己矛盾な活用といえます。このような場合、そもそも生成AIによる文書作成支援を導入する必要はなかった、と言わざるを得ません。極端な例に思えるかもしれませんが、同様にマッチポンプ的状況は実際の活用事例でも少なくありません。

 こうした状況に陥るのは、導入企業だけの責任とはいえません。生成AIを駆使したある有名サービスの宣伝ページを見てみると、生成AIによるメール支援機能の宣伝として「メールの準備にかかる時間を節約できます」と効率的なメール作成を強調する一方で、同じページ上で「長いメールの会話を短いサマリーに変換します」と、生成AIによる要約でメールを効率よく読めることも訴求しています。確かに個別の業務は効率化していますが、全体をみれば「生成AIでメールを増やして、生成AIで増えたメールを対処する」という構図です。もちろん、メールは社外に送ったり社外から届いたりしますから、企業単体としては有用なサービスなのかもしれませんが、社会全体の生産性を押し下げている可能性があります。

 さて、AIに限らずIT化の対象を日本と海外で比較すると、海外は情報の流れ、例えば注文から支払いまでの情報がどう流れるかに着目する一方、日本は個別の作業にフォーカスしがちといわれます。なお、前述の業務報告の件は大手コンサルティング企業が関与したプロジェクトだったそうですが、情報がどう流れるかに着目していれば、そもそも業務日誌に言語生成AIの活用は不要だと気づけたはずです。個別の作業単位で効率化を追求すると、部分最適に陥り、全体としての非効率を生み出すことがあります。生成AIの導入においては、個別作業ではなく、業務全体、さらに組織全体を考える必要があります。

(写真:InfiniteFlow/stock.adobe.com)
(写真:InfiniteFlow/stock.adobe.com)

[書籍『2030 次世代AI 日本の勝ち筋』を基に再構成 日経クロステック 2025年12月9日付の記事を転載]

2030年を見据え、筆者が想像、予測した将来の生成AIの活用を数多く紹介します。現時点で実現できていない活用も含まれますが、読者の皆さんが、生成AIのポテンシャルを生かした活用の可能性を見いだすきっかけとなれば幸いです。執筆に当たってはAIの専門技術についてはできるだけ平易に解説し、幅広い読者層に読んでいただけるよう配慮しました。

佐藤一郎著/日経BP/2200円(税込み)