これまでのコンピュータよりも桁違いに高速な計算が可能な量子コンピュータ。巨大な経済価値を生むと期待され、さまざまな業界のビジネスで活用が進んでいます。今後、量子コンピュータはどのように発展していくのでしょうか。ロードマップと重要なマイルストーンを示します。日本総合研究所 先端技術ラボの間瀬英之さん、身野良寛さんの著書『量子コンピュータまるわかり』(日経文庫)を抜粋・再構成。

2050年までのロードマップ

 米IBMに限らず、米グーグル、米リゲッティ、米アイオンキューなどの企業が量子ゲート方式のハードウェアについて、2030年頃までのロードマップを発表しています。

 2023年末には、IBMの超伝導方式の量子コンピュータの量子ビット数が世界で初めて4桁台に到達し、今後も量子ビット数は増加していくことが予想されています。また、近年、公的資金や民間投資のターゲットは量子ハードウェア開発が大半でしたが、今後は量子コンピュータの社会実装に不可欠な量子ソフトウェア開発への投資および技術進展が期待されます。

 技術・市場動向、取り組み状況などを踏まえ、筆者が考える量子コンピュータの2050年までのロードマップと主なマイルストーンを図表1に示しました。横軸は時間、縦軸に物理量子ビット数としています。本来ならば、量子ゲート演算の誤り率や誤り訂正機能を持つ論理量子ビット数のスケーリングなどを見てロードマップを描くのが適切だと思いますが、性能やアプリケーションごとのベンチマークセットなどは検討段階であるため、物理量子ビット数を縦軸としています。

(出所)『量子コンピュータまるわかり』(日経文庫)
(出所)『量子コンピュータまるわかり』(日経文庫)
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 量子コンピュータに限った話ではありませんが、研究開発の推進には、新たな資金と企業・人材の呼び込み、研究開発と人材への再投資が必要です。しかし、現在の量子コンピュータは初歩的な段階で、量子コンピュータだけで有用な計算が可能になるにはしばらく時間がかかる見込みです。つまり、量子誤り訂正や量子誤り低減(誤りの検出・訂正は行わない)技術の研究開発でブレイクスルーが起きて、早期に量子誤り耐性あり量子コンピュータ(FTQC)が実現するか、現在のノイズあり小中規模量子コンピュータ(NISQ)上で限定的ながらも実際に役立つ商用アプリケーションが創出できるか、このどちらかが研究開発の進展、さらなる成功・好循環のカギとなると考えられます。

今後の重要なマイルストーン

 中でも、直近のマイルストーンとして重要なことは、限定的ながらも、実用的な計算において古典コンピュータ(従来のコンピュータ)の性能を凌駕する量子優位なアプリケーションが創出されることだと思います。これは、市場の需要を呼び、持続的な研究開発、産業界・アカデミアのモチベーション維持、向上にもつながると考えるためです。

 その実現時期は、これまで説明した技術や活用の進捗状況、市場や国策の動向などを総合的に考え、図表1では、2030年前後にプロットしました。ただし、量子コンピュータなどの黎明期の技術は、ブレイクスルーや新たな課題が発生することがあり、多くの不確実性を抱えている点は留意してください。例えば、量子ビット数や量子ビットの品質向上、量子誤りの低減技術の進展次第では、その実現時期は早まる可能性があります。

 商用アプリケーションとしては、金融計算、最適化、AI(人工知能)などの幅広い領域で活用が期待されていますが、中でも、材料・化学計算は小規模であっても限定的な量子優位性が実現できる可能性があるとされ、早期実現が期待されています。また、各種ライブラリやフレームワーク、デバッグツールなどの量子ソフトウェア開発環境のいっそうの整備も必要です。さまざまな研究者、技術者、ビジネスパーソンがオープンに分野を超えて交流・協力し、幅広い層が利用しやすい環境を一緒に整えていくことも重要となるでしょう。

 もう1つの重要なマイルストーンは、量子誤り耐性の実装です。量子コンピュータは外部環境の相互作用によるノイズ(熱雑音)や、量子ビットの操作の際に発生する揺らぎ(磁場のでたらめな変化)の影響を受けやすく、量子ビットに誤りが生じます。

 さらに量子ビット数を増やせば増やすほど、発生する誤りのパターン、回数が増えていきます。誤り発生確率に関して、古典コンピュータと量子コンピュータで100万倍くらいの差があるとされ、数十億の量子ゲート演算が必要とされる因数分解や量子化学など潜在的なアプリケーションの信頼性のある計算には、誤り発生率を大幅に下げる必要があります。

 現段階で量子誤り耐性の確立した手法はありませんが、多数の物理量子ビットを冗長に符号化して論理量子ビットを作成し、一部に誤りが発生しても訂正が行える訂正符号という手法が有力とされています。グーグルは2023年2月に表面符号という手法を用いて、論理量子ビットに用いる物理量子ビットを17個から49個に増やす(スケールアップする)ことで量子誤り率が低下することを示しました。最終的に2029年までに、100万個の物理量子ビットを用いて1000個の論理量子ビットを実現することを目標に掲げています。

IBMの量子コンピュータ(写真:AA+W/stock.adobe.com)
IBMの量子コンピュータ(写真:AA+W/stock.adobe.com)
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 別のアプローチとして、大阪大学量子情報・量子生命研究センターと富士通が2023年3月に、量子誤り訂正に必要な物理量子ビット数を低減するアーキテクチャを提案しています。これにより、64論理量子ビットを1万物理量子ビットで構築ができるとされています。

 また、大規模な量子誤り耐性あり量子コンピュータ(FTQC)を開発するためには、量子コンピュータシステム全体のアーキテクチャ設計が必要です。例えば、超伝導方式の量子コンピュータでは、物理量子ビット数がある一定以上になると、冷凍機内にある量子プロセッサに大量の配線を通すのが困難になります。そのため、現在は室温環境にある制御・測定装置が低温環境でも動作するような技術開発の進展が必要です。

技術はこれからどう進化していくか

 量子コンピュータに関する研究開発は、どの企業でも重要機密扱いになっているため、今後どのように技術が進化していくかを予測することは難しく、各企業・研究機関の公開情報や研究論文などをもとに推測するしかありません。ここでの内容は、著者の予想として参考にしてください。

 ハードウェアについては、特にIBMやアイオンキューが公表しているロードマップは2023年まで順調に実現しているので、今後もロードマップ通りに進化していくと思われます。現在はこの2社が注力する超伝導とイオントラップ方式が先行していますが、2023年6月にインテルが12量子ビットの半導体方式の量子プロセッサの提供を開始したので、半導体方式の実機の進展にも期待です。

 ソフトウェアについては、誤り訂正アルゴリズムの研究と、実用的な用途を模索する動きが当面の間継続するものと思います。著者は量子コンピュータに適した用途として、統計処理、あるいは量子力学を応用した数値計算の2つに期待しています。例えば、金融や材料設計に関するシミュレーションです。

 AIについても期待したいのですが、近年はAIが扱うデータ量が大規模化しているのに対して、量子コンピュータが大量のデータを扱えるようになる見込みがないため、量子コンピュータの活用は当面は難しいと考えています。量子コンピュータがAIに活用できるとすれば、教師データをごく少量しか取得できない場面(例えば不正検知や材料設計など)に限定されると予想しています。

 ここで取り上げなかった用途、特に基幹システムと言われる領域には、今後も古典コンピュータが使われ続けると思います。

ビジネス活用はここまで進んだ

量子コンピュータで、今、どのようなことが、どこまでできるのか、国内外の注目企業を多数取り上げ、ビジネス現場での最新の取り組みを紹介します。各国の政策や研究開発状況、今後の課題も明らかにし、将来を見通します。

間瀬英之、身野良寛著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)