これまでのコンピュータよりも桁違いに高速な計算が可能な量子コンピュータ。巨大な経済価値を生むと期待され、世界中で投資額が急増しており、さまざまな業界のビジネスで活用が進んでいます。量子コンピュータには大きく分けて量子ゲート方式と量子アニーリング方式の2種類があります。日本総合研究所 先端技術ラボの間瀬英之さん、身野良寛さんの著書『量子コンピュータまるわかり』(日経文庫)を抜粋・再構成。

不思議な性質――量子重ね合わせと量子もつれ

 量子コンピュータを一言で表現すると、「量子力学」という物理法則を情報処理に応用したコンピュータです。量子とは、私たちの目には見えない原子以下の非常に小さな粒子(素粒子)やエネルギーの単位のことであり、例えば、電子や陽子などが挙げられます。

 量子の世界では、私たちの日常の世界(古典物理の世界)とは異なる物理法則が働きます。中でも、量子コンピュータの計算高速化に重要な性質が、量子重ね合わせと量子もつれです。量子重ね合わせは、1つの量子が異なる状態を同時に持つ性質です。私たちが普段利用しているコンピュータは、0または1の古典ビットで情報を処理していますが、量子コンピュータの情報処理の単位である量子ビットでは、0と1の重ね合わせの状態を持つことができます。

 不思議なことに量子力学の世界では、0と1の状態は必ずしも確定しておらず、あいまいな状態(=重ね合わせ状態)を持つことができ、観測することで重ね合わせの状態から0か1のどちらかの状態へと変わります(図表1)。

(出所)『量子コンピュータまるわかり』(日経文庫)
(出所)『量子コンピュータまるわかり』(日経文庫)
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 これにより、N個のビットがあった場合には、2のN乗の組み合わせを同時に表現することができます。例えば、20ビットで表現できるすべての入力パターンを使用して計算する場合、現在の古典コンピュータでは1回の入力で1つのパターンしか表現できないので、2の20乗(約100万回)の入力と計算が必要になります。一方、量子ビットであれば、量子重ね合わせの性質により、1回の入力(20ビット)で、2の20乗(約100万回)パターンの値を同時に表現できます。

 次に、量子もつれは、2つ以上の重ね合わせ状態にある量子が相関を持ち、1つの量子の状態が他の量子の状態に即座に影響を与える性質です(図表2)。例えば、AさんとBさんが、同じ神社から特別なおみくじをもらったとします。これらのおみくじはもつれており、どちらかのおみくじの結果を知ることで、もう一方のおみくじの結果も同時にわかるという不思議な力が備わっています。

(出所)『量子コンピュータまるわかり』(日経文庫)
(出所)『量子コンピュータまるわかり』(日経文庫)
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 Aさんが自宅でおみくじの結果を見ると、結果は大吉でした。同時に、Bさんも自宅でおみくじの結果を見ると、Bさんのおみくじの結果も、Aさんが引いた結果と同じく大吉とわかります。つまり、一方のおみくじの結果を知ることで、もう一方のおみくじの結果も瞬時にわかるというのが量子もつれの性質です。量子もつれを利用すると、相互作用関係を持たせた複数の量子ビットを効率的に操作することができ、量子重ね合わせで得られた多くの解候補から欲しい解をうまく取り出すことができます。

量子ゲート方式と量子アニーリング方式

 量子コンピュータには大きく2つの方式があります。汎用的な計算が可能な量子ゲート方式と、組み合わせ最適化に特化した量子アニーリング方式です。

 日本のメディア報道などは、このような2方式で呼ぶことが多いのですが、世界的に標準的な呼び方では、量子コンピュータとは前者の量子ゲート方式を指します。どちらも量子が持つ性質を利用している点は共通ですが、解法手順や実現方式、制御方式、用途目的などは異なるため、まったく別の原理の量子コンピュータと考えるのが正確です。ニュースや記事などで、量子コンピュータといった場合、どちらの方式を指しているのかは注意して読む必要があります。

量子コンピュータには量子ゲート方式と量子アニーリング方式の2種類がある(写真はイメージ)(写真:Sean Song/stock.adobe.com)
量子コンピュータには量子ゲート方式と量子アニーリング方式の2種類がある(写真はイメージ)(写真:Sean Song/stock.adobe.com)
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 さらに、量子ゲート方式は2種類に分類することができます。量子誤り耐性あり量子コンピュータ(FTQC:Fault Tolerant Quantum Computer)と、ノイズあり小中規模量子コンピュータ(NISQ:Noisy Intermediate-Scale Quantum)です。

 量子ゲート方式の量子コンピュータの技術進展は近年、著しいですが、量子ビット数の不足(扱える問題サイズが限定的)、量子計算の誤り耐性技術が未確立(計算中に生じる誤りを訂正できず、正しい計算結果が得られない状態)といった技術的な課題があります。そのため、現在の量子コンピュータでは実務的に有用な問題を解くことはできません。その解決には、大規模な量子誤り耐性あり量子コンピュータ(FTQC)が必要となりますが、それが実現するには10年以上かかる見込みです。

 そのような中、2018年に量子コンピュータ研究の権威であるカリフォルニア工科大学のジョン・プレスキル教授は、量子誤り耐性のないノイズありの小中規模(50~100量子ビット)量子コンピュータであっても、何らか古典コンピュータの性能を上回る(何か実用的に役立つ)ユースケースを持つ量子コンピュータとして、ノイズあり小中規模量子コンピュータ(NISQ)を提唱しました。現在では、古典コンピュータと併用する形での量子古典ハイブリット型のアルゴリズムなど、さまざまなアプローチで、ノイズあり小中規模量子コンピュータ(NISQ)の研究開発が行われています。

ビジネス活用はここまで進んだ

量子コンピュータで、今、どのようなことが、どこまでできるのか、国内外の注目企業を多数取り上げ、ビジネス現場での最新の取り組みを紹介します。各国の政策や研究開発状況、今後の課題も明らかにし、将来を見通します。

間瀬英之、身野良寛著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)