『小澤隆生 起業の地図』(日経BP)の刊行を記念して、2025年11月5日、早稲田大学現代政治経済研究所で小澤隆生さん(Boost Capital代表取締役)と著者の作家・北康利さんの対談イベントが行われた。最終回の今回は、参加者との質疑応答の模様をレポートする。
PayPay決済取扱高が10兆円を超えても出なかった涙がこぼれた時
作家・北康利さん(以下、北) 前回までは小澤さんの起業の経緯、愛読書などについて聞きました。今回は会場からの質疑応答にしたいと思います。
Boost Capital代表取締役 小澤隆生さん(以下、小澤) なるべく多くの質問に答えられればと思います。
Q1 ヤフーを辞められてからは「感動の最大化」が次のテーマだとうかがいました。今までさまざまな経験をし、感動されてきたと思いますが、さらに感動するためにどういうことを心がけていますか。
小澤 私がインターネット事業を始めてから心がけてきたのが、「日本中の人に使ってもらえるサービスをこの手で作り上げる」ことでした。一生懸命、30年間頑張ってきて、PayPayに携われて、レジの前で「PayPayでお願いします」と言っている人を見たら、どんな気持ちになるんだろうと思っていました。実際、見かけたときには、すごくうれしかった。でも、連結決済取扱高が10兆円を超えたときに涙が出たかというと、出ませんでした。
PayPayを使ってくれている人たちも「小銭」という不便さを解消できたことに対して「うわあー、QRコードで決済できた!」と喜びを爆発させ、泣いてくれる人は誰もいません。そりゃあそうですよね(笑)。結局「感動」というのは脳に走る電気信号の問題なんだな、と思いました。
一方で、2023年にワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で大谷翔平くんがMVPで優勝しました。勝った瞬間、自分は1ミリも関わっていないのに号泣しました。「あれ?脳内の電気信号の量はこっちのほうが多いぞ」と。もちろん、楽天イーグルスが優勝したときも自分のつくったチームですから、ものすごくうれしかった。
自分は30年かけて、「どんなときに感動するか」が分かったんです。スポーツの劇的な瞬間が好きなんだと。今は自分の感動の質を理解し、そこに集中しています。だからこそ日本サッカー協会の理事も引き受けました。おかげで10月には国際親善試合で日本代表がブラジル代表に歴史的な勝利をあげ、その場に居合わせることができました。
自分にとって「大事な感動の瞬間」を理解した上で、反復性をもって繰り返していくのが大事だと思います。
Boost Capital株式会社 代表取締役
Q2 今の世の中は便利すぎて、もう課題がどこにも残っていないのではないかと思います。課題を見つける感性、鋭い視点はどうすれば鍛えられますか?
小澤 いい質問ですね。私がPayPayをつくるときに1000人ぐらいに「PayPayができたら使いますか?」と聞いたら、990人ぐらいが「使いません」と答えました。「現金でいい」「Suicaがある」という理由でした。このときは「お釣り、小銭の不便さ」という課題に気づいていない状態です。このときに課題を課題として認識する目を持てるか。そのためには一歩引いて見てみる、海外に行ってみるという方法があります。私は中国に行って、小銭を持たない生活を3日間してみて「絶対にこの時代が来る」と思いました。
思い返してみれば、昔は高速道路にもETCがなく、電車も切符でした。このときに「駐車券や切符がなくても成立するんじゃない?」という課題を持てるかどうかが大事です。
今の世の中に本当に課題がないのか。例えば、「落とし物」。「テレビのリモコンをどこに置いた?」「携帯電話をなくした」「遅刻」「勘違い」「ミスコミュニケーション」というのも強烈な課題ですよね。
私たちは一体どれだけの課題を抱えて生きているか。それを課題と気づかずに生きているか。自分の生活を書き留めているだけでも視点が変化してきますよ。
Q3 以前、YouTubeのインタビュー動画で「AI時代はどうしてもプロダクトが均一化するから、やっぱり営業の強い会社が強い」とおっしゃっているのを拝見しました。営業と採用について、小澤さんが気をつけていることはありますか。
小澤 これから就職するみなさんはAI時代で大変かもしれません。俗に言う「頭がいい」ことに価値がなくなる可能性があります。もう記憶、知識量では人間はAIにかないません。企画もChatGPTに聞けば世界中の事例を網羅してくれる。でも、コミュニケーションは絶対になくなりません。
私はチャーミングさや押しの強さ、愛嬌がある人を採用しています。
Q4 「友達や仲間をつくるのが大事」とうかがいました。友達や仲間をつくるときに大事にしていることはありますか。
小澤 特に深く考えていません。何となく気が合う、隣にいた、という感じでいいと思います。1回、2回会って、「何か違う」となれば自然と疎遠になります。私はお酒を飲まないので、一緒に食事したり、旅行したりしていますね。20人ぐらいで旅行に行き、現地でも20人ぐらいの人と会うと、知らない人が出てきます。そこから仲良くなる人も出てくるかもしれませんね。
やりたいことがなければ「成長し続ける業界に身を置く」
Q5 課題解決のために起業する人もいますが、まだ課題が明確になっていないときに起業するとしたら、最初に何をすればいいですか。どういうステップを踏むべきでしょうか。
小澤 「自分にやりたいことがない」「課題が見つかっていない」ときは「自分がどういう方向で成功したいか」によります。例えば、金銭的に成功したいのか、何となく「社長」になりたいのか、起業で何かの扉を開けたいのか。そして、やはり成功事例が重要です。日本や海外でどういう起業が成功しているのか、その理由はなぜかを考え、自分で再構築するといいですね。
もう1つ、「この先の数十年、市場が成長し続ける業界に身を置く」のも大事です。私は明らかに自分が人より何倍も優れているわけではないと分かっていたので、「できるだけ早く、市場自体が優れているところに身を置けば何とかなるんじゃないのか」と思って、1993年にインターネットに身を置きました。今のタイミングなら、AI一択ですね。
Q6 ぜひ、小澤さんの弟子になりたいです!弟子は取っていますか?
小澤 取っていないです。でも、うちの会社には無給で、よく分からない人がいっぱい来ているので、彼らは弟子と呼ぶなら弟子かもしれないですね。無給で営業してくれるので、その代わりに5分、10分でも話して壁打ち相手になっています。そんな感じでもよければ、来てください。
Q7 自分は学生で、起業もしています。「AGI(Artificial General Intelligence=汎用人工知能)をつくりたい」という学生には、どう声をかけますか。
小澤 一言、「頑張れ」です。すさまじく難易度が高いから、頑張れとしか言えない。ほぼ、ほぼ不可能かもしれない。でも、0.001%の可能性はあるかもしれない。難易度が高いということは理解しておいたほうがいいですね。
Q8 日本の学生は無気力で、安定志向の人が多いかもしれません。就活も何社から内定をもらって、無難な選択をしがちです。そんな人たちにはどう声をかけますか。
小澤 これはいつの時代もそうなんです。もう割合の問題で、大多数は無気力、安定志向なんですよね。それを変えるために私は起業家養成講座を開いています。
結局、一番の問題は生き生きと成功している、楽しそうにしている起業家が身の回りにいないことなんですよ。私は「起業はめちゃくちゃ楽しいぞ!」と直接伝えられる場を増やすように努力するので、みなさんも起業家に会う努力をしてください。
起業はビジネスをつくること。社内でできることもある
Q9 小澤さんはスピード感のある日々を送っていると思います。立ち止まって考える時間、自己内省や振り返りのタイミングはどう取っていますか。
小澤 難しいことを聞きますね。あんまり内省はしないかな。ただ、私の場合は定期的に会社を辞めています。そのときに「次は何をするか」を徹底的に考えます。一番長いときは3年間、何もせずに考えていました。
そして今回、この講演会で話して、自分のことを振りかえる機会になりました。やはり一番感じたのは、友達や知人に助けられてきたということ。PayPayも楽天イーグルスも1人ではできないことでした。
起業は別にナンバーワンを目指さなくてはいけないわけではなく、会社をつくるわけでもありません。「業」、つまりビジネスをつくるのが大事で、場合によっては会社にいながらでも社内事業としてできます。私もその過程を人一倍、楽しんできました。まさにこの本の帯にある「迷ったら面白いほうへ行け」という人生だったと思います。
これを機にみなさんに「起業」という選択肢が増えればと願います。みなさん、起業してみたいですか?(開会時よりも来場者からは多くの手が挙がった)。

北康利 著/日経BP/1870円(税込み)
取材・文/三浦香代子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子





