『小澤隆生 起業の地図』(日経BP)の刊行を記念して、2025年11月5日、早稲田大学現代政治経済研究所で小澤隆生氏と著者で作家・北康利さんの対談イベントが行われた。3回目は小澤さんが三木谷浩史さん、孫正義さんとのビジネスの経験から学んだことや、本を読む理由、お薦め本について。

野球は9回までだけどビジネスは100回までやってもいい

作家・北康利さん(以下、北) 前回、小澤さんの起業のきっかけは「親の60億円の借金」だと聞きました。その起業ですが、トントン拍子でうまくいったのですか。

Boost Capital代表取締役 小澤隆生さん(以下、小澤) いいえ。会社をつくったらつくったで、ほとんどのことはうまくいきません。「つらいなあ」という気持ちになりますよ。でも、起業した1社は楽天、もう1社はヤフーに売却して何十億かにはなりました。
 楽天の三木谷浩史さんがよく言うのですが、「今、競合に負けているのは野球で言ったら3回裏だ。9回で勝ってればいいんだよ。1回からずっと勝っている必要なんかないんだよ。勝つためのプロセスの途中だから気にするな」と。それから、「もう1つ教えてやる。野球は9回で終わるけど、ビジネスは100回までやったっていい。こっちが負けって認めなきゃいいんだ」と教えてもらいました。

 正直、ずいぶんな詭弁(きべん)だなあと思ったんですが(笑)、ビジネスってそういうもの。資金が尽きなければ、戦い続ける。こちらが負けと認めなければ負けじゃないんです。

 「つらかったことは忘れる」そうですが、今、振り返るとしたら?

小澤 精神的にグッと追い込まれたのは、やっぱり孫正義さんとの仕事ですよね。要求水準が高いですからね。PayPayの立ち上げには4000億円ぐらい使ったと思います。4000億円使うって、なかなか度胸要りますよね。

 ヤフーでZOZOを買収した時が、ZOZOの時価総額は6000億円ほど。それを8000億で買収しました。そのお金で前澤友作さんが宇宙に行くのを見ている間に株価が下落して、4000億円ぐらいになりました。8000億の価値で買っているのに、それが4000億になったら減損処理をしなければいけません。私は経営責任者でしたから、株主からは責められました。でも、今のZOZOの価値は1兆2000億ぐらいあるんですよね。

 だから、つらいときを支えるのは「後から笑えるんだ」という考えですね。何とかなる。楽観主義とはまた違った、1歩引いた目線で「このつらさ、このプレッシャーは必ず次の扉が開く。親の60億円の借金のように、訳の分からないつらさは自分の成長の機会である」というのが持論です。

小澤隆生 おざわ・たかお
Boost Capital株式会社 代表取締役
1995年早稲田大学法学部卒業後、CSK(現SCSK)入社。99年に創業したビズシークを2001年に楽天に売却し、2003年のビズシークの吸収合併により楽天に入社。オークション担当執行役員を経て、2005年楽天野球団取締役事業本部長に就任。2006年に退社後は個人としてスタートアップベンチャーへの投資やコンサルティングを展開。2009年から2012年まで楽天の顧問を務めた。2011年設立のクロコスをヤフーに売却して、2012年にヤフー(現LINEヤフー)入社。2013年よりヤフー執行役員。2018年4月に常務執行役員。2019年6月にヤフー取締役 専務執行役員COO。22年4月にヤフー代表取締役社長 社長執行役員CEOに就任。2023年10月から2024年9月までLINEヤフー顧問。2024年1月、ベンチャーキャピタル運営会社Boost Capitalを設立。

孫正義さんは「ものすごく怖いお化け屋敷」

小澤 みなさん、お化け屋敷やジェットコースターは好きですか。人って不思議で、わざわざ怖い思いをするためにお金を払うんですよね。僕も孫さんにギャンギャンやられたときは「お金をもらって、ものすごく怖いお化け屋敷に入っているんだ」と思っていました。みなさんも理不尽な上司や顧客から責められているときは「これはジェットコースターだ」と思うといいですよ。
 そして、もう1つ大事なことはジェットコースターはいつでも自分のタイミングで降りられます。お化け屋敷も出られます。戦国時代じゃないから、途中で辞めても殺されることはありません。

 私は「うわー、嫌だなー、ジェットコースター怖いなー」と思いながらも、面白がっています。そして「ああ、怖かった。もう1回乗ろうかな」と思ってしまう。そして嫌で降りるのではなく、違うジェットコースターに乗りたくなってしまいます。

 深い話ですね。三木谷さんの後に孫さんとは、日本で一番怖いジェットコースターに連続して乗られたのではないかと。
 小澤さんがすごいのは、自分で起業もできるし大会社の中でもやっていける。実際、PayPayなど社内で新規ビジネスも立ち上げ、成功させている。
 そんな小澤さんのバックボーンとして「読書家である」ことも大きいと思います。我々、作家からすると大変ありがたい限りです。何かお薦めの本はありますか。

北 康利 きた・やすとし
作家
1960年12月24日愛知県名古屋市生まれ。東京大学法学部卒業後、富士銀行入行。資産証券化の専門家として富士証券投資戦略部長、みずほ証券財務開発部長等を歴任。2008年6月末でみずほ証券退職。本格的に作家活動に入る。100年経営の会顧問。日本将棋連盟アドバイザー。一燈照隅の会を主宰。『白洲次郎 占領を背負った男』(第14回山本七平賞受賞)、『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』(以上、講談社)、『陰徳を積む―銀行王・安田善次郎伝』(新潮社)、『松下幸之助 経営の神様とよばれた男』、『稲盛和夫伝』(以上、PHP研究所)、『胆斗の人 太田垣士郎―黒四(クロヨン)で龍になった男』(文藝春秋)、『本多静六― 若者よ、人生に投資せよ』(実業之日本社)、『ブラジャーで天下をとった男 ワコール創業者塚本幸一』(プレジデント社)、『小澤隆生 起業の地図』(日経BP)など著書多数。複数のスタートアップ企業の役員・顧問として、現場で起業支援活動を行なっている。

小澤 私が本を読むのは、インプットを増やさない限り、アウトプットができないと知っているからです。結局、自分たちのアイデアは知っているものの組み合わせ。しょせん、知識の組み合わせでしかないんです。
 特に経営は基本的な類型があり、そのパターンを認識して、「今やっていること、今陥っているものはどの類型か?」と判断できます。先輩たちが散々苦しんできたものを一から学ぶ必要はありません。本を読んで、「次はこういうパターンが来るんだな」と知っていたほうが効率的です。先人の知識を取り入れて、自分の選択肢の幅を広げながら、意思決定に生かすべきです。

 お薦め本としては自分とバックグラウンドが似ていると感じるベン・ホロウィッツの『 HARD THINGS 』(日経BP)ですね。
 経営書、小説、漫画も読むし、ドラマも見ます。ちょっと脱線しますが、今は競馬を題材にしたドラマ『ザ・ロイヤルファミリー』を見ているんですが、これもインプットの一環です。

 他によく読む小説はありますか。

小澤 一番感銘を受けたのは司馬遼太郎さんの『 世に棲む日日 』ですね。吉田松陰と高杉晋作を中心に描いた作品で、高杉晋作がふざけた人物でありながらもカッコいいんですよ。こよりを人の鼻に突っ込んでくしゃみをさせて喜ぶとか、敗戦処理役として軍艦に乗り込んで堂々と交渉するとか。幕末の志士にしては斬られて命を落とすこともなく、病気で「面白きこともなき世を面白く」と言って亡くなる。司馬さんによるフィクションもあるのかもしれませんが、私が自分の転換期に何度も読み返している1冊です。

 そういえば先日、高杉晋作の故郷の萩市に行きました。驚いたのは高杉晋作の家と木戸孝允(桂小五郎)の家は一軒挟んだ隣なんです。そして、すぐ近くの吉田松陰の松下村塾に通っていた。松下村塾には20数名の維新の志士達の写真が飾られていて、衝撃を受けました。なぜかと言うと、歴史を変える人間が「天才」だとしたら、確率論的にこんなにも同じ場所に生まれるはずはない。

 つまり、天才たちが同時代の同地区に生まれるはずはなく、明治維新を支えたのは「普通の人たち」だったんだと。それが吉田松陰という孤高の天才の教育を受けたおかげで、偉業を成し遂げた。人間というのは、正しい瞬間に正しい場所に身を置いていただけでヒーローになれるんだと思いました。

 『世に棲む日日』は私に「自分だって何でもできる」と起業の背中を押してくれた1冊です。

若手起業家に圧倒的に支持されている小澤隆生、これまでの半生を通じて、困難を乗り越え、事業を成功させるフレームワークを学ぶ。白洲次郎、渋沢栄一、松下幸之助、稲盛和夫などの評伝作家として知られる著者が描く、小澤の成功の秘密を追体験できる物語です。

北康利 著/日経BP/1870円(税込み)

取材・文/三浦香代子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子