世界の掃除を変えた革命的ヒット商品、花王「クイックルワイパー」誕生の裏には、開発者たちの知られざる苦悩と、6年にわたる経営陣との激しいバトルがあった。「こんないい加減なもの、今すぐやめろ!」「うちは、町の発明家じゃないんだぞ!」――経営陣から浴び続けた強烈な「ダメ出し」。それにもめげず、現場判断で全国販売へと突っ走る開発者たち。会社から見放され、追い詰められながらも、大ヒット商品へと導いた異端開発者たちの奮闘ぶりを、花王の現役上席執行役員がつづった『6200万本売れた「ダメ出し商品」 花王「クイックルワイパー」誕生の大逆転物語』から一部再構成してお届けする。[日経クロストレンド 2025年12月17日付の記事を転載]

1994年10月11日に全国発売された花王「クイックルワイパー」と取り替えシート。発売から30年以上たった現在、世界累計で6200万本を販売。取り替えシートの販売数も累計7億個に上る。日本の“フローリング時代”の到来を的確に捉え、掃除のスタイルを変えたロングセラー商品
1994年10月11日に全国発売された花王「クイックルワイパー」と取り替えシート。発売から30年以上たった現在、世界累計で6200万本を販売。取り替えシートの販売数も累計7億個に上る。日本の“フローリング時代”の到来を的確に捉え、掃除のスタイルを変えたロングセラー商品
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クイックルワイパー開発秘話の不思議な力

 ある都立高校で、高校1年生の「人間と社会」という授業の講師を務めたときのことです。私は33人の高校生を前に「『クイックルワイパー』開発ストーリー」を話しました。

 「クイックルワイパー」とは、花王が1994(平成6)年に発売したフロア用の掃除道具で、フロア用のワイパーに取り替えシートを付けて使う商品です。技術的なことを記した社内向けの資料では、高校生にはこの商品の魅力や開発の背景などが伝わりません。そこで私は、高校生にもわかりやすいような資料を改めて作り直すことにしました。

 花王で40年近く働いてきた私にとって、高校という舞台は完全アウェー。しかも、私の講義は体育の授業の後の6限と7限の2コマでした。これでは、さすがに高校生の反応は鈍いだろうと思いました。体育の授業でへとへとになっているのだから、仕方ありません。

 「生徒のみんな、ちゃんと聞いてくれているかな……」

 そんな不安をずっと抱えたまま授業を終え、その日の夜は同行した人たちと東京・蒲田でヤケ酒をあおったほどです。

 ところがしばらくして、高校1年生33人全員から感想文が届きました。読み進めて驚きました。彼らは私の話をよく聞き、十分理解した上で、自分の言葉で考えを書いてくれていたのです。

 「ダメ出しをチャンスだと思って、もっと良い解決策を考えたい」
 「成功の話より、失敗した話のほうが心に残りました」
 「楽しそうに会社と仕事を語っていたのが印象的でした」

 中には、「とても感動しました!」と書いてくれた生徒もいました。正直に言えば、上司に褒められるよりも、高校生にそう言われるほうがずっとうれしかったのです。約30年も前の古い話なのに、クイックルワイパーの開発ストーリーには、今を生きる高校生たちの心を揺さぶる力があることに私は驚きました。

 以来、私は毎年、入社間もない花王の若い社員たちにもこの話をするようになりました。入社してから半年くらいすると、「この仕事でいいのか……」と迷いが生じる人も出てきます。そんな若手たちに、会社員として生きていくヒントにしてもらいたいと考えたのです。

 実はクイックルワイパーの開発ストーリーは、私が伝えようとした話のほんのつかみ程度で、大半は最新のマーケティング論を語っていました。ところが……若い社員たちの関心は、すべてクイックルワイパーの話に持っていかれるのです。

 クイックルワイパーの開発ストーリーには、人を引きつけてやまない何か不思議なコンテンツ力があるのではないか――。

 私は次第にそう思うようになりました。

ベンチャーの若手が心を震わせたのは……

 やがて私は、文具メーカーやソフトウエア会社、さらにはベンチャー企業の社員の方々の前でも講演をするようになりました。そこで驚いたのは、モノづくりに縁のない若手たちの心を動かしたのも、最新マーケティング論ではなく「クイックルワイパー開発秘話」だったことです。

 「30年前の話なんて参考になりますか?」と私が聞くと、

「むしろ心が震えました。お客さんを信じてやり抜く姿勢に勇気をもらいました」

 そんな答えが返ってきました。

 30年前の話に価値などない、と勝手に決めつけていたのは私のほうだったのです。クイックルワイパー開発秘話には、現在も通じる普遍性がある――そう確信するようになりました。

 正直、腕まくりして語ったマーケティング論よりも、「昔話」が評価されるのは複雑な気持ちでした。でも、若手が未来を切り開く助けになるなら、伝え続けるしかありません。腹は決まりました。

「ダメ出し」を受け続けた6年間の先に広がった景色

 クイックルワイパーは1994年の発売から今日までに、累計6200万本を売り上げたロングセラー商品です。日本だけでなく、東南アジアでも愛用されています。

 商品化の検討が始まったのは発売の6年前、まだ昭和だった88年のことでした。花王の商品開発の中でも、これほど長くかかった例は珍しい。言うまでもなく、企業が1つの商品を世に送り出すには、様々な壁を乗り越えなくてはなりません。クイックルワイパーの開発にこれほど時間がかかったのにも訳があります。実は、経営陣から「ダメ出し」され続けたからです。

 1度や2度ならいざしらず、延々と幹部に商品化を反対され続けたら、普通ならそこで諦めるところでしょう。しかし、開発メンバーは顧客の「欲しい」という声を信じ、粘り抜きました。時に衝突し、時に強硬策を取りながら、それでも商品化を実現しました。

 なぜ諦めなかったのか。なぜ幹部の反対にくじけなかったのか。そしてなぜ、大ヒット商品になり得たのか――。

 私が開発に関わったのは6年のうち最後の3年間でした。本書をまとめるにあたり、改めて当時の仲間の声を聞き直すと、新しい気付きや発見が次々とありました。

 正直に言います。開発のプロセスは、もうめちゃくちゃでした。だからこそエキサイティングで、崖っぷちの連続で、それが私の仕事観を形づくる決定的な経験となったのです。

 今、あなたの家の片隅にも、クイックルワイパーが立て掛けられているかもしれません。その華奢(きゃしゃ)でシンプルな掃除道具の裏には、6年にわたる挑戦の物語が刻まれています。

 さあ、ここから一緒に、その物語をひもといていくことにしましょう。

6年たって、やっとこぎ着けたテスト販売

 1994年2月21日、月曜日――。

 私は東京駅から新幹線こだま号に乗り、静岡県の三島駅に降り立ちました。88年から実に6年もの歳月をかけて開発してきた「クイックルワイパー」。そのテスト販売の日が、ついにやってきたのです。

 私は改札を抜けると、その足で販売会社が担当する店頭演出をサポートするため現場に向かいました。

 朝早く、倉庫から出したクイックルワイパーをトラックに積み込み、各量販店に配送します。その間、私は販社の営業担当者と2人でワゴン車に乗り込みました。車の後ろではアイワのテレビデオや販促キットを詰め込んだ段ボールが揺れていました。私たちはそれを抱えて、あちこちの量販店を回りながら売り場を整えていきました。

 私は以前、名古屋の販社で量販店回りの営業を担当していたので、売り場で電源コードをどこから引っ張るか、そういった勘どころはわかっていました。テレビデオに販促用のコンセプトVTRを録画したビデオテープを挿入、エンドレス再生に設定し、音量を整えました。あの「コンセプトVTR」が、売り場でお客さまの足を止めてくれるかどうか……。胸の中で確かめるように音量を上げ下げしました。

 当時、私は本社のハウスホールド事業本部に所属し、クイックルワイパーの開発に携わっていました。発売当日の売り場のセッティングは本来なら販社の営業担当の役割です。けれども私は、自分がつくったものが売り場でどうなるのか、どうしても現場を見たかったのです。

 クイックルワイパーは、私が初めて開発からテスト販売まで一気通貫で関わった商品でした。これまで、モニター調査やグループインタビューを何度も重ね、ダメ出しを食らうたびに改良を積み上げてきた入魂の一作です。

 それでも、本当に店頭でお客さまに手に取ってもらえるのか。不安と期待は半々でした。いや、不安のほうが大きかったかもしれません。その不安をかき消すためにも、私は誰よりも早く「お客さまが買う瞬間」を自分の目で確かめたかったのです。

(次回に続く)

※本コラムに登場する社名、人物の所属や肩書などは当時のものです。また、本コラムの内容はあくまで筆者個人の見解によるもので、花王の公式な見解ではありません。あらかじめご了承くださるよう、お願い申し上げます
世界の掃除を変えた革命的商品「クイックルワイパー」誕生の知られざる苦悩と、6年にわたる経営陣と異端開発者との激しいバトル――。日本トップの日用品・消費財メーカーの花王で繰り広げられた「モノづくり」の舞台裏を、花王の上席執行役員が赤裸々につづった1冊。たび重なるトップからの「ダメ出し」にも屈することなく「顧客の声」を信じて全国販売、そして大ヒットにつなげた挑戦の物語。

塗谷弘太郎(著)、日経BP、2200円(税込み)