世界の掃除を変えた革命的ヒット商品、花王「クイックルワイパー」誕生の裏には、開発者たちの知られざる苦悩と、6年にわたる経営陣との激しいバトルがあった。会社から見放され、追い詰められながらも、大ヒット商品へと導いた異端開発者たちの奮闘ぶりを、花王の現役上席執行役員がつづった『6200万本売れた「ダメ出し商品」 花王「クイックルワイパー」誕生の大逆転物語』から一部再構成してお届けする。今回は日本の住宅事情の変化に伴い、高まるクイックルワイパー開発への思いについて。[日経クロストレンド 2025年12月24日付の記事を転載]

「花王ミュージアム」には1950年代の公団住宅を再現したダイニングキッチンが展示されている。以降、マンションも次々建設され、日本住宅のフローリング化が加速していく(写真/酒井康治)
「花王ミュージアム」には1950年代の公団住宅を再現したダイニングキッチンが展示されている。以降、マンションも次々建設され、日本住宅のフローリング化が加速していく(写真/酒井康治)
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日本の床が変わり始めた

 話をトイレクイックルを開発していた頃に戻しましょう。

 トイレクイックルの開発に携わっていたハウスホールド事業本部の開発担当・塩崎良次さんは87年ごろ、マイホームを建てようと考えて住宅展示場を回っていました。そこで塩崎さんが目にしたのは、玄関から廊下、リビング、キッチンまで、すべてフローリングの住まい。塩崎さんは新時代の住宅の姿を見て「これはきれいだな」と感激しました。

 当時、塩崎さんが住んでいた賃貸住宅の床は、カーペットと畳でした。塩崎さんが住宅展示場の営業担当に話を聞いてみると、「カーペットはダニが発生するという問題があります。今はフローリングがメインです」とのこと。工業会の床材出荷データを調べてみると、確かにフローリングが急速に増えていました。塩崎さんは、日本の住宅状況が大きく変化しているのを感じずにはいられませんでした。

 板張りの床掃除というと、それまでは窓を開けてほうきで外にほこりを掃き出していました。ちり取りも使ったでしょう。床は雑巾を絞って拭いていました。今でもお寺では、修行を兼ねて昔ながらの床掃除を行っています。

 じゅうたんが普及すると、ほうきでは掃けず、雑巾でも拭けなくなりました。このじゅうたんの掃除のニーズに対応したのが家電メーカーの電気掃除機です。しかし、じゅうたんは掃除もメンテナンスも手間がかかります。ダニが発生するのもデメリットでした。

 そこで、80年代後半くらいからフローリングが普及し始めたのです。

 花王は日本の住まいの変化に合わせて、掃除用の洗剤を開発してきました。

 戦後、高度成長に伴って農村から都市部に人口が流入し、深刻な住宅不足に陥りました。55年には、日本住宅公団(現独立行政法人都市再生機構)による公団住宅の建設が始まりました。いわゆる「団地」です。団地の間取りはダイニングキッチン(DK)と浴室を備えた2DKが定番でした。花王が日本初の住居用液体洗剤「マイペット」を発売したのは60年のことです。

 それ以前は都市部では自宅にお風呂がなく、銭湯通いが一般的でしたが、団地には部屋にお風呂があり、給湯システム「バランス釜」が一世を風靡しました。キッチンには換気扇が付きました。花王は71年には換気扇やガスレンジのしつこい汚れに対応した住居用洗剤「マジックリン」を、73年には「バスマジックリン」を発売しています。

 都市への過密化を解消するために、70年ごろからはニュータウン開発が進められました。80年くらいからは、マンションが台頭してきました。そして80年代後半に入ると、新たにフローリングが普及してきたのです。

 日本の住宅が転換期だったこと。これがクイックルワイパー開発の原動力になる一方で、皮肉なことに、後々、経営陣の承認を得るのに苦労する一因にもなったのです。

「湿式」掃除と「乾式」掃除

 洗剤と紙・不織布の技術を掛け合わせた掃除用品を検討する中で、私たちは改めて掃除そのものを見直してみました。

 花王がかつて実施した住まいの実態調査を改めて整理してみると、液体洗剤を使った「湿式」の掃除よりも、掃除機やレンタルモップを使った「乾式」の掃除の頻度のほうが高いことがわかりました。数値を出すと、実に乾式のほうが湿式より約2倍も頻度が高かったのです。

 花王は液体を使った湿式の掃除用品しか出していませんでしたが、まだ広大な乾式の市場が広がっていることに気付いたのです。

 「花王は洗剤をたくさん出しているけど、実は掃除のために何もできていなかったのではないか……」

 塩崎さんらはそんなじくじたる思いを抱きました。

 グループインタビューや家庭訪問で掃除機についてモニターに聞いてみると、最初は「掃除機は何でも吸い込んでくれるから便利」と話してくれますが、さらに深掘りしていくと、

 「重い」
 「毎回出すのは大変」
 「コードが邪魔」
 「音がうるさい」
 「赤ちゃんが寝ているときに掃除したいのに、使えない」
 「ソファの下を掃除できない」

 など、次から次へと不満が出てくるではありませんか。掃除機には決して満足していない実態が浮かび上がってきました。

働く女性の負担を減らしたい

 住宅の床がフローリングへ変わっていくのと軌を一にするかのように、女性のライフスタイルが大きく転換し始めたのもこの頃でした。85年、男女雇用機会均等法が成立したのです。

 「寿退社」という言葉があったように、当時は結婚を機に会社を辞める女性が少なくありませんでした。しかし、同法の成立によって女性の社会進出の機運が高まり、共働き世帯が急増し始めました。

●専業主婦世帯と共働き世帯の推移(1980~2024年)
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 以前は自宅の掃除といえば、もっぱら専業主婦の役目でした。しかし、フルタイムで働きながら子育てと家事もこなす女性が増えたのです。

 「男女雇用機会均等法ができたのに、女性にはいつくばって雑巾がけをさせていていいのだろうか?」
 「もっと楽をさせてあげられないだろうか?」
 「この人たちのために何とかしてあげたい!」

 そんな思いが、花王の開発者たちをフローリング用の掃除用品開発へと突き動かし始めたのです。

市場を独占していたレンタルモップ

 この頃、手軽にフローリングを掃除できる道具がすでに存在していました。それはD社のレンタルの化学モップです。フローリングの掃除用品では、唯一と言っていいビジネスモデルでした。

 社員にD社のレンタルモップを契約してもらい、ユーザーの心理構造を分析しました。すると、レンタルモップは広く普及するほど優れたビジネスモデルでしたが、弱点があることがわかりました。

 それは月1回、交換の必要があること。使っているうちにモップに含まれているオイルを主成分とする吸着剤の力が弱まり、月の後半には汚れの取れ具合が悪くなるのです。さらに、回収の日に自宅にいなければならないのもネックでした。

 実態調査を通し、増えつつあったフローリングの掃除に対して、消費者はモヤモヤした困った状態にあることをつかんでいったのです。

 消費者の「窓ガラスをきれいにしたい」「トイレを掃除したい」といったわかりやすい顕在ニーズに対して、花王はガラスマイペットやトイレマジックリンなどで対応してきました。ところが、フローリングの床掃除に対する不満は、お客さま自身がまだ明確に意識していない潜在ニーズでした。

 消費者の潜在ニーズに応える商品を作ることができれば、これまでにない新たな市場を創造できるのではないか。塩崎さんらはそう考えるようになりました。

(次回に続く)

※本コラムに登場する社名、人物の所属や肩書などは当時のものです。また、本コラムの内容はあくまで筆者個人の見解によるもので、花王の公式な見解ではありません。あらかじめご了承くださるよう、お願い申し上げます
世界の掃除を変えた革命的商品「クイックルワイパー」誕生の知られざる苦悩と、6年にわたる経営陣と異端開発者との激しいバトル――。日本トップの日用品・消費財メーカーの花王で繰り広げられた「モノづくり」の舞台裏を、花王の上席執行役員が赤裸々につづった1冊。たび重なるトップからの「ダメ出し」にも屈することなく「顧客の声」を信じて全国販売、そして大ヒットにつなげた挑戦の物語。

塗谷弘太郎(著)、日経BP、2200円(税込み)