世界の掃除を変えた革命的ヒット商品、花王「クイックルワイパー」誕生の裏には、開発者たちの知られざる苦悩と、6年にわたる経営陣との激しいバトルがあった。会社から見放され、追い詰められながらも、大ヒット商品へと導いた異端開発者たちの奮闘ぶりを、花王の現役上席執行役員がつづった『6200万本売れた「ダメ出し商品」 花王「クイックルワイパー」誕生の大逆転物語』から一部再構成してお届けする。今回はいよいよ始まったクイックルワイパーのアイデア会議について。[日経クロストレンド 2025年12月26日付の記事を転載]
「カーペットで掃除する」という逆転の発想
消費者は化学モップに対してもう一つ不満を持っていました。それは「化学モップではカーペットの掃除ができない」というものでした。
ある時、紙研究室の室長がメンバーに向かって「カーペットに付いている髪の毛を取るのが一番難しいよね。どうやって取ればいい?」と投げかけました。
「そんなの取れるわけないですよ。カーペットに絡み付いているんですから」
「絡みか……絡みねえ……」
翌日、室長は古いカーペットの切れ端を自宅から持って来ました。カーペットの切れ端でタイルの上を掃除して、髪の毛を絡め取り始めたのです。カーペットに絡んだ毛を取るのが難しいなら、カーペットで毛を絡ませて掃除すればいいと思い付いたのです。カーペットを掃除するのではなく、「カーペットで掃除する」という逆転の発想です。
ただ、カーペットは高価なのでそのまま掃除用具にするとコストが合いません。そこで室長は、カーペットほどではないにしても、少しフワフワしている不織布を両面テープで板の下にくっ付けて、タイルの上の髪の毛を取ってみました。すると、不織布がほぐれてしまうなどの課題はありましたが、よく取れるではありませんか。これがクイックルワイパーの原型となりました。87年のことでした。
開発コード「HP‐104(ダストワイパー)」
1988年4月27日、花王の栃木研究所内で「モップ型掃除道具アイデア会議」が初めて開かれました。
会議室に集まったのは、研究所の幹部や研究員、東京からハウスホールド事業本部の塩崎さん、商品部員ら合計13人。塩崎さんは毎週のように研究所に足を延ばして、トイレクイックルなどの開発について打ち合わせをしていました。気心の知れたメンバーたちだったので、忌憚(きたん)のない意見が飛び交いました。
「ハンディモップはどうだろうか?」
「ほうき型のモップがいいのでは?」
「道具にこだわらなくても、シート状でもいいんじゃないか?」
朝10時に始まった会議が終わったのは午後3時でした。
最終的に、ほうきをベースにした試作品を作ることになりました。新しい商品のアイデアは、社内でさえ漏れてしまうと競合他社に知られてしまう恐れがあります。そこで、情報の流出を防ぐため、花王では開発コードを付けるのが一般的でした。
「HP‐104(ダストワイパー)」
これが、後のクイックルワイパーとなるプロトタイプに付けられた開発コードです。
HPとはホームぺーパーのこと。ちなみにトイレクイックルがHP‐101でした。以降、社内の開発担当者の間では「ワイパー」「ダストワイパー」と呼ばれるようになりました。
「それ、持って帰っちゃうんですか?」
研究所のメンバーは、ほうきをベースにした試作品を手作りしました。ヘッドに面ファスナーでシートを貼り付けるような簡易的なものです。
それを使って、まずはモニターによる小規模な使用調査を実施しました。当時、花王には社員の妻やその知人らを中心に、総勢100人くらいのモニターが組織されていました。このうち30人くらいから家庭訪問の許諾をもらっていました。
手作りワイパーの試作品はたくさんできませんから、モニターは2人か3人が対象だったでしょうか。試作品を渡して、2週間後に戻してもらうことにしました。
2週間後、塩崎さんらがモニターの自宅を訪問すると、いきなり「柄が壊れたわよ~」と言われました。試作品の柄は2本の柄をネジでつなぐ方式。力を入れて床を拭くと、ジョイント部分が壊れてしまったのです。
バーティカル・インテグレーションの花王には、洗剤などの容器を研究開発する包装技術研究所という組織が東京都墨田区にあります。後にワイパーの柄やヘッドは包装技研が担当しますが、最初期のこの頃は栃木の家庭品研究所にいる洗剤や紙の担当者が手作りしていました。道具作りに慣れていなかったため、試作品とはいえ完成度が低かったのです。塩崎さんはモニターに渡すときに「こんなので本当にいいのかな?」と思ったそうですが、不安が的中しました。
「これじゃダメか……」
塩崎さんらは意気消沈して、モニターに使用感を聞く元気すらありませんでした。気を取り直して何とかひと通りヒアリングを終えて、「ありがとうございました。それではこれ、持って帰りますね」と伝えると、モニターさんが目を見開いてこう言い放ちました。
「それ、使い続けたいんですけど……返さないといけないんですか?」
「え、壊れたのに?」
塩崎さんらは戸惑いました。柄が壊れてしまったのに、何で使い続けたいのでしょうか。よくよく聞いてみると、こんな理由でした。
「いちいち掃除機を出さなくていいし、音も静かだし、しゃがまないでいいし、便利なのよね」
塩崎さんらが想定していたワイパーのニーズが、モニターの口からポンポン飛び出してきました。
掃除機でもない。
レンタルモップでもない。
ましてや雑巾でもない。
モニターは、使い捨てシートで手軽に掃除できるワイパーの虜(とりこ)になっていました。一度使うと手放せないと言うのです。本邦初の“ワイパー信者”が誕生した瞬間でした。
「これはいけるかもしれない!」
塩崎さんらはヒットを予感して、ワクワクした気持ちを抑えられませんでした。
(次回に続く)
塗谷弘太郎(著)、日経BP、2200円(税込み)



