人生設計や投資を考える時、判断の成否を分けるカギとなるのは「経済の先行きを読む力」。その「先読み力」を強化する方法の一端を、日経新聞論説フェローでWBS解説キャスターを務める原田亮介氏がわかりやすく体系的に解説した『経済の仕組み 学び直しの教科書』から抜粋・再編集して紹介する。第2回は企業の実力を測る2つの重要な指標について。
PBR重視を仕掛けた東証
個別企業の実力を測る重要な指標の1つとして、株価純資産倍率(PBR、Price Book-value Ratio)があります。PBRは時価総額を純資産で割って算出します。純資産は資産から負債を差し引いた金額で、おおまかにいえば、会社を解散した時に残る価値のことです。それに対して、株式市場で日々変動しているその会社の値段が時価総額になります。PBRは会社が資産をどれほど効率的に回しているか、成長への市場の期待がどれくらいあるかという物差しなのです。PBRが1倍に満たなければ、解散したほうがいいという評価ですから「割安」の状態といえます。
日本経済新聞でPBRの意味を問いかけた記事で私の記憶に残っているのは、1986年3月の「会社は誰のものか」という連載記事の1回目です。見出しは「会社を解散して山分けしよう」。米国では企業買収が活発で、PBRが1倍に届かない会社には買収の矛先が向かい、株主のために会社を解散する経営者さえいるという内容でした。メーンバンクが安定株主の地位を占め、長期的、安定的な経営を重視する日本企業と、生き馬の目を抜くような米国の資本市場を対比させた記事はまさに会社は誰のものかを問いかけたのです。
それから40年近く経ち、日本企業同士で「同意なき買収」を巡る争いも表面化し始めました。いまも株主利益だけを追及するアクティビストには批判的な意見が根強くあります。株主だけでなく従業員や取引先、地域社会など多様な利害関係者(ステークホルダー)の利益にバランスのとれた配慮をすべきだという考え方です。40年前は銀行中心の間接金融の時代です。資本の厚みこそが企業の信用力であり、保有株式や不動産の含み益は投資を拡大する借り入れの大前提になっていたのです。
ここにきて、そうした抵抗を押し返してPBRを重視する考え方が急速に広がってきたのは、東京証券取引所が市場における日本企業の評価が低いことを問題視し、2023年春に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を上場企業各社に要請したのがきっかけでした。2024年には株価の改善に努力した企業のベストプラクティスなどを公表し、経営努力を後押ししています。
東証を傘下に持つ日本取引所グループの山道裕己CEO(最高経営責任者)について、「アクティビストの第一人者」と呼ぶ人がいるほどです。長年、日本への投資を続ける米ダルトン・インベストメンツのローゼンワルドCIO(最高投資責任者)は日本経済新聞のインタビューで「企業行動を変えて日本をよくする使命を担っている。取引所トップが率いるアクティビズムが市場にとって悪いはずがない」と話しています。
成長企業のPERは突出して高く
次に大切な指標は株価収益率(PER、Price Earnings Ratio)です。株価を1株当たり純利益(税引き後利益)で割って求めます。収益力に対して株価が高ければ「割高」、低ければ「割安」といえ、イノベーションの波頭を走る成長企業のPERは突出して高くなる傾向があります。PERが便利なのは株式市場全体が過熱しているのか、そうでもないのかを測る物差しに使えるだけでなく、個別企業の株価についてもバブル的かどうかの判断材料になるからです。
日経平均株価は2024年2月にバブル期以来、34年ぶりに最高値を更新しました。「失われた30年」の幕引きと重ね合わせる見方が多かったのですが、1989年12月末の日経平均の予想PERは62.58倍というとんでもない水準でした。当時といまでは単体決算から連結決算への移行などの違いがあり、単純には比べられません。ただ、長期で株式市場を見た時、日経平均のPERは15倍前後で推移し、最近もほぼその水準を保っています。1989年末の株式市場がバブルによる異常な活況だったことがよくわかります。
60倍超えのPERで話題になる企業はいまもあります。人工知能(AI)向けサーバーの半導体で世界最大のシェアを持つ米エヌビディアです。売上高や営業利益を倍々ゲームで伸ばしてきた実績と天井知らずのAI需要の高まり、他の追随を許さない技術力など様々なストーリーが投資マネーを引き寄せ、2024年になると四半期決算の発表日は米国の雇用統計並みのマーケットの一大イベントとなりました。
エヌビディアほどではなくともハイテク企業の株は「グロース(成長)株」と分類され、PERが高い傾向があります。企業の成長速度が速いということは逆に、マクロ環境が逆風に変わると大きく下落するリスクがあります。金利低下で株価は大きく上昇する傾向がありますが、逆に金利が上昇すると大きく下げるリスクがあるのです。
原田亮介著、日本経済新聞出版、1870円(税込み)

