資本主義経済の出発点とされる産業革命。発生から3世紀たった今日でも、専門家の間で様々な論争がなされている。「経済学の書棚」第26回前編は、なぜ英国で産業革命が起きたのかを解明した『産業革命』と、経済成長を促す要因を多角的に分析し産業革命が起きた英国にはどんな「前提条件」が備わっていたのかを論じた『「経済成長」の起源』を紹介する。

資本主義をテーマとする著作の発刊が相次ぎ、資本主義の功罪に焦点が当たっている。「経済学の書棚」第26回では、産業革命の意義を問い直す著作を紹介する
資本主義をテーマとする著作の発刊が相次ぎ、資本主義の功罪に焦点が当たっている。「経済学の書棚」第26回では、産業革命の意義を問い直す著作を紹介する
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産業革命は決定的な分岐点

 資本主義経済の出発点とされる産業革命を巡り、専門家の間で論争が続いている。18世紀の英国で始まった産業革命は本当に革命と言える出来事だったのか、後世に何を残したのか、など様々な論点が浮かび上がっている。資本主義をテーマとする著作の発刊が相次ぎ、資本主義の功罪に焦点が当たっているが、産業革命の意義を問い直す著作は、資本主義について考える際にも参考になるだろう。

 ロバート・C・アレン著『 産業革命 起源・歴史・現在 』(長谷川貴彦訳/白水社/2024年10月刊)は、なぜ英国で産業革命が起きたのかを解明した本。産業革命とは、18世紀半ばから19世紀半ばにかけて発生した英国社会の広範囲におよぶ構造転換だと定義し、ペーテル・ブリューゲルが描いた16世紀の小都市や村落の世界が現代社会に転換する過程で決定的な分岐点となったとの見解を表明している。

『産業革命 起源・歴史・現在』(ロバート・C・アレン著)。なぜ英国で産業革命が起きたのかを解明した本。画像クリックでAmazonページへ
『産業革命 起源・歴史・現在』(ロバート・C・アレン著)。なぜ英国で産業革命が起きたのかを解明した本。画像クリックでAmazonページへ

 アレン氏によると、産業革命の引き金を引いたのは、国際経済の発展と欧州諸政府の帝国主義的な軍事政策だ。英国は重商主義的な経済政策にしたがい、関税と貿易統制を利用して独自の植民地市場を確保した。帝国が拡大するにつれて、英国の工業製品のための市場も拡大し、農村工業と都市の雇用の大規模な拡大へとつながった。英国は17世紀から18世紀初頭にかけて大規模な手工業部門を発展させる。グローバル経済での英国の成功は、都市や農村工業の発展のみならず、農場の規模が拡大する農業革命、木材に代わって石炭を活用する石炭革命、高賃金経済、識字率の拡大をもたらした。

 英国の産業革命の原動力となったのは機械化である。綿業の機械化は1760年代に紡績と捺染(なっせん)で始まり、1840年代に力織機が毛織工を産業部門から駆逐することで完了した。高賃金の英国では紡績機械を使用すれば資本家に利益をもたらしたが、諸外国ではそうはならなかった。蒸気機関の動力源は1850~70年にかけて労働生産性の向上に大きく貢献し、鉄道の建設と工場や機械化の拡大と軌を一にしていたという。高賃金経済が工場や資本集約的な機械の発明を促したとの仮説を提示している。

繁栄の陰で拡大した貧困と格差

 同氏は産業革命の負の側面にも触れている。産業革命は1770年から1870年までに英国の1人当たりの所得を2倍にした。しかし、労働者と中流階級や上流階級の間には大きな格差が存在し、労働者の実質賃金は50%の増加にとどまったとのデータを紹介し、「繁栄には貧困がつきものだ」と指摘する。

 ただ、1846~67年に限って見ると、英国の経済状況は根本から変化したとの見方を示す。労働者家族の1人当たり平均消費量は42%増えた。この時期に機械による生産が手工業生産に取って代わり、生産性の高い職が生み出されつつあった。実質賃金が急上昇し、労働者は初めて資本主義体制の中で利害関係者となった。彼らの政治課題は革命から社会民主主義に変化した。労働者の地位が向上し、熟練労働者が選挙権を得た1867年に産業革命は終焉(しゅうえん)したと解説している。

トインビーが唱えた断絶・悲観説

 訳者の長谷川氏は巻末の「訳者解題」で、産業革命を巡る論争を概観している。1880年代に歴史家のアーノルド・トインビーは産業革命を急激な変化、つまり「断絶」と捉え、産業革命がもたらした悲惨な状況を強調した。これが古典的な見解として確立した。

 戦間期の英国の経済史家は産業革命の革命性に懐疑的だった。ジョン・クラパムによれば、綿工業でさえ、1850年までに一部が革命的に変化したにすぎず、経済の諸部門は実質的には変化していなかった。産業革命によって労働者の生活水準は低下しなかったと説いたのである。断絶・悲観説に代わる連続・楽観説が登場した。

 第2次世界大戦後の復興ブームのなかで、産業革命の「革命性」が再び注目されるようになる。経済学者のウォルト・ロストウは、産業革命は工業化に向けての「離陸」の時期であり、その後に経済成長が持続したと唱えた。マルクス主義の立場からは、エリック・ホブズボームが、産業革命は人類の生活や世界史に根本的な転換をもたらしたと指摘した。

 1970年代から80年代には英国経済の停滞を背景に、経済学者のニック・クラフツは産業革命に「緩慢な成長」をみてとり、劇的な経済変動ではなかったと主張した。産業革命の「神話」に対する「偶像破壊」が進んだ。

 最近では、再び産業革命の劇的な変化や断絶の側面を描く動きが広がっている。この傾向は産業革命論の「リハビリテーション」と呼ばれている。なぜ、産業革命は英国で最初に起こったのか、産業革命が「革命」と言われるのはなぜか、産業革命によって人々の生活はどのように変化したのかという問いに答え、産業革命の意義を吟味していく。アレン氏の著作はこうした潮流を反映している。

 マーク・コヤマ、ジャレド・ルービン著『 「経済成長」の起源 豊かな国、停滞する国、貧しい国 』(秋山勝訳/草思社/2023年8月刊)は経済成長を促す要因を多角的に分析し、産業革命が起きた英国にはどんな「前提条件」が備わっていたのかを論じた書だ。経済成長を極めて前向きに捉え、アレン氏と同様に英国の産業革命を高く評価している。

『「経済成長」の起源 豊かな国、停滞する国、貧しい国』(マーク・コヤマ、ジャレド・ルービン著)。経済成長を促す要因を多角的に分析し、産業革命が起きた英国にはどんな「前提条件」が備わっていたのかを論じた書。画像クリックでAmazonページへ
『「経済成長」の起源 豊かな国、停滞する国、貧しい国』(マーク・コヤマ、ジャレド・ルービン著)。経済成長を促す要因を多角的に分析し、産業革命が起きた英国にはどんな「前提条件」が備わっていたのかを論じた書。画像クリックでAmazonページへ

 経済成長を、経済的な繁栄が持続的に増大していくことと言い換え、人々を苦しめている貧困を軽減する鍵であると強調する。経済成長に伴う公害や気候変動、大量破壊兵器の開発などの弊害を軽視してはいないが、こうした問題は論じず、同書の焦点は経済成長の理由であり、その結果ではないと断っている。

相互に作用し合う成長要因

 第Ⅰ部では、経済成長の要因を地理、制度、文化、人口、植民地の5項目に分類し、項目別に章を設けて議論を展開している。様々な学術研究や理論に言及し、幅広い視点で成長要因を解析している。ただ、これらの理論を単独で論じることがいかに難しいかと痛感したという。それぞれの要因は互いに影響し合っているためだ。

 第Ⅱ部の柱は地域別の分析だ。第8章「産業革命」では、第Ⅰ部で示した理論を統合し、持続的な経済成長を世界で最初に達成した英国の様々な「前提条件」を挙げている。同書の記述を基に、主な前提条件を分野別に整理してみよう。

  • ▽農業=領主や地主による土地の囲い込み、資本集約的な農業による生産の増加
  • ▽国内市場=市場指向の社会の出現、消費者の台頭(消費者革命)、大規模な国内経済
  • ▽生産要素=技術革新のペースの上昇、省力型の技術革新の進展、労働力の強制的な創出、高度な技術を持つ熟練工の大量供給、流動的で機動的な労働市場、財産権と知的所有権の保護
  • ▽国家・政府=高水準の国家能力、権力がある程度限定された代表制という政治制度、権限が制限された安定した統治
  • ▽海外市場=大西洋航路の奴隷貿易での支配的な役割、成長を続ける大西洋経済へのアクセス、積極的な植民地政策
  • ▽文化=啓蒙主義を奉じる文化エリートの存在、啓蒙主義にふさわしい言動や科学的な規範の形成

すべての条件を備えていた英国

 欧州のほかの国や世界のほかの地域でも、これらの前提条件のいくつかを備えていた国はあったが、すべてを備えていたのは英国だけだった。こうした前提条件の多くは、ほかの条件と互いに作用し合い、1つの条件はほかの条件がそろってはじめて意味を持ってくると説明している。

(後編へ続く)

写真/スタジオキャスパー