将来世代に持続可能な世界を継承できるかが我々には問われている。「経済学の書棚」第25回後編は、地球環境問題などに対処する独自の方法論を提示し、フューチャー・デザイン(FD)との協働や相互補完を期待できそうな著書として、世代に関する私たちの考え方に疑問符を突き付ける『世代とは何か』、私たちが「よき祖先」になるための考え方や手法を提言する啓蒙書『グッド・アンセスター』を取り上げる。

「経済学の書棚」第25回後編では、地球環境問題などに対処する独自の方法論を提示し、フューチャー・デザインとの協働や相互補完を期待できそうな著書を取り上げる
「経済学の書棚」第25回後編では、地球環境問題などに対処する独自の方法論を提示し、フューチャー・デザインとの協働や相互補完を期待できそうな著書を取り上げる
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祖先の道に沿って生きる

 経済学の一分野であるメカニズム・デザインの枠組みから抜け出す形で生まれたフューチャー・デザイン(FD)は、もともと学際的な色彩が濃い研究分野である。FDとはアプローチの仕方が異なるものの、目的や問題意識に共通点が見られる研究は多い。

 後編では、地球環境問題などに対処する独自の方法論を提示し、FDとの協働や相互補完を期待できそうな著書を取り上げる。

 英国出身の社会人類学者、ティム・インゴルド著『 世代とは何か 』(奥野克巳、鹿野マティアス訳/亜紀書房/2024年10月刊)は「世代」に焦点を当て、世代に関する私たちの考え方に疑問符を突き付ける書だ。

『世代とは何か』(ティム・インゴルド著)。「世代」に焦点を当て、世代に関する私たちの考え方に疑問符を突き付ける書。画像クリックでAmazonページへ
『世代とは何か』(ティム・インゴルド著)。「世代」に焦点を当て、世代に関する私たちの考え方に疑問符を突き付ける書。画像クリックでAmazonページへ

 現在起こっている惑星規模の危機の中で、どのような分配と民主的ガバナンスのシステムが生じうるのか。残酷なまでにバランスを失ってしまった世界で再び正義を取り戻していくために、種と自然、政治とエージェンシー、経済と価値についてのいかなる前提を問い直していく必要があるのかを議論するにつれて、私たちが未来に向き合う際の困難さの根源は、世代に関する私たちの考え方の中にあると確信するようになったという。

 私たちは世代を、現在を掌握し前任者に取ってかわり、やがて後進に取ってかわられる運命にある1つの層として扱いがちだ。著者は、生は複数の世代の内部に閉じ込められているのではなく、それらが重なり合って協働する際に鍛えあげられるものであるという古い考えに回帰したいとの意向を示す。

 そして、祖先の道に沿ってともに生き、ともに働くことによって、複数の世代は、みずからと子孫たちにとって、未来を確かなものにするのだと主張する。世代に関する別のアプローチは、私たちが最も大切にしてきたいくつかの信念(=進歩が不可避である、科学や技術が環境のインパクトから人類を守ってくれる)を放棄しなければならないことを意味すると宣言している。

 FDは仮想的な将来世代を誕生させ、現在世代と対話するのに対し、インゴルド氏が注視するのは祖先だ。能力形成期にあたる「第一局面(若者)」、現役世代、劣化と衰退の時期である「第三局面」(高齢者)の流れを釣鐘(つりがね)曲線のイメージで捉えるのではなく、現役世代の支配を緩め、現在、世界制作の任務から排除されている若者と高齢者がもう一度協働して、集団的な生の条件を築くことができる社会を理想としている。

世界の先住民に学ぶ

 インゴルド氏は人類学者らしく、シベリアの先住民チュクチ、マレー半島の先住民バテッ、オーストラリアの先住民ピントゥピなどを引き合いに出し、現代社会に生きる私たちとは異なる時間構造や世代の捉え方を紹介する。先住民の生き方を現代人が直接、取り入れるのは難しいが、若者と高齢者が現役世代に支配されている釣鐘曲線のイメージにとらわれがちな私たちの視野を広げてくれる。

 複数の世代が祖先の道に沿ってともに生きる社会を築くうえで大切なのは教育だ。第7章「教育のやり方」では、現代の教育手法を批判し、代替案を提示している。

 同書によると、西洋では、3世紀以上にわたって教育は社会進歩の原動力とみなされてきた。人類の知識の進歩が、ある世代から次世代に受け継がれ、それぞれが前任者たちの肩の上に立つことを可能にする手段であった。この進歩の原理に沿った教育は、公式の教授法の基準によって、学究的だとみなされる学習の対象に最高の位を与える。

 今日の学校教育の目的は、優れた知識を受け渡すために社会的に認可された教師が生徒たちを無知のベースラインから大人の理解レベルにまで引き上げることだ。

 そうした「アンダースタンディング」を目指す教育から、物や存在に応答することで、それらをありのまま自分の中に迎え入れながら、それらとともに進み続けるための道を探し、関係のコミュニティを築くことを目指す「アンダーコモニング」への転換を唱えている。

 訳者の一人、奥野氏は巻末の「解説に代えて」で、インゴルド氏は人類学だけではなく、哲学、心理学、教育学、生物学などを縦横無尽に駆使して独自の議論を展開しており、彼の著作を読み慣れていないと、理路を追うのにさえ難渋するかもしれないと前置きしたうえで、各章の概要を論旨に沿って整理しながら紹介している。紹介文を参照しながら本文を読むと、理解が深まるだろう。

 英国の文化思想家、ローマン・クルツナリック著『 グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか 』(松本紹圭訳/あすなろ書房/2021年9月刊)は、人類の存続を脅かすリスクが高まり、文明社会が崩壊する可能性が大きくなっている現在、私たちが「よき祖先」になるための考え方や手法を提言する啓蒙書だ。FDにも言及し、有力な手法の一つと位置付けている。

『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』(ローマン・クルツナリック著)。英国の文化思想家、ローマン・クルツナリックによる、私たちが「よき祖先」になるための考え方や手法を提言する啓蒙書。画像クリックでAmazonページへ
『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』(ローマン・クルツナリック著)。英国の文化思想家、ローマン・クルツナリックによる、私たちが「よき祖先」になるための考え方や手法を提言する啓蒙書。画像クリックでAmazonページへ

せめぎ合う短期思考と長期思考

 著者は短期思考と長期思考の対立の力学に注目している。今の時代を支配する力は明らかで、私たちは病的な短期主義の時代を生きているとの見方を示す。短期主義は未来を植民地化し、私たちを危機的な状況に追い込んでいる。人間の歴史を通じて生態系の破壊が文明崩壊の根源となってきたのは、「勇気ある長期思考」の欠如と過剰な「短期的意思決定」が主な原因だとする進化生物学者のジャレド・ダイヤモンド氏の警告に触れ、長期思考の必要性を訴える。

 人間は目先の欲望や報酬に執着してしまう「マシュマロ脳」と、遠い未来を思い描き、長期的な目標に向かって努力するよう促す「どんぐり脳」を持っている。私たちには長期思考の能力があるにもかかわらず、社会では相も変わらず持ち前の短期主義に圧倒的な重きが置かれていると懸念する。

 長期思考の重要性を文明社会の優先事項とする世論の高まりはあるものの、長期思考という概念の未熟ぶりは、目を見張るほどだと指摘する。そこで同書では、長期思考を養う6つの目標と実践的な方法論を提示している。

 方法論に焦点を当てるのは、観念が重要であるという著者の深い確信に基づいている。観念を世界観、心理的枠組み、パラダイム(一時代に支配的な認識の枠組み)、物の見方と呼んでもよいという。社会の方向性を形づくり、思考可能なものと不可能なものを分かつのは、観念の文化に他ならないと考えている。

長期思考を育む6つの方法論

 同書では、「ディープタイムの慎み」、「レガシー・マインドセット」、「世代間の公正」、「大聖堂思考」、「全体論的な予測」、「超目標」の6つの方法論にそれぞれ1章を割き、どんな思考法なのかを解説する。

 「ディープタイムの慎み」は、ディープタイム(悠久の時間)の感覚に根ざした慎みを身につけることから出発する。宇宙の歴史という広大な時間軸に照らせば、自らの存在がいかに刹那的で取るに足らないものであるかを思い知らされ、遠い過去や一生を超えた遥(はる)かなる未来へと心が解き放たれるという。

 「レガシー・マインドセット」とは未来の人々すべてに利益をもたらす生活実践として、レガシー(遺産)の概念を拡張する思考法。未来のあらゆる人々の心の中に、私たちの存在が記憶されることを目指す。

 「世代間の公正」は、よき祖先となるための道徳的な道しるべであり、倫理的な想像力を未来へと広げ、集団的な責任感を強化する。この考え方を実際の行動に移すのに、最も強力で効果的な方法として「7世代思考」の意思決定法を挙げる。

 「大聖堂思考」とは、遠い未来の計画を立てる技術。人類の歴史を振り返ると、宗教建築をはじめ、長期計画によって実現したプロジェクトが数多くある。

 人間社会の将来的な軌道を理解し、文明の発展と衰退の可能性を視野に入れた「全体論的な予測」を立てることも重要だ。機能不全に陥った自分たちの文明を次世代に受け継ごうとする代わりに、成長の見込みがある新しい文明の種を蒔(ま)くという歴史的な一幕に参加し、将来長きにわたって人々の生活に資する条件を保つ。

 「超目標」は6つの方法論の中で最も基本的なものであり、遠い未来に向かって私たちの行動を導く北極星となる。いくつかの超目標の例を挙げたうえで、豊かな地球を維持できる範囲内で、現在そして未来のすべての人々のニーズを満たす「一つの惑星の繁栄」という目標を推奨する。

 同書では6つの思考法を紹介した後、「時の反乱者たち」と題するパートで、短期主義との綱引きに勝利しようとする世界各地の動きを取り上げている。日本のフューチャー・デザイン運動も登場する。

 現在の世界情勢を見る限り、現代人は「よき祖先」として未来の人々に感謝される存在にはなれそうもない。地球が悲鳴を上げているのは明らかであり、「このままで良いのか」と感じている人は多いだろう。著者たちの提案に耳を傾け、世界を席巻する「短期思考」を「長期思考」によって封じ込めながら、将来世代に持続可能な世界を継承できる可能性は残っている。

写真/スタジオキャスパー