さまざまな領域を対象とし研究成果を生み出しているゲーム理論。「経済学の書棚」第38回前編では、その考え方を楽しみながら理解できる本を紹介。殺人事件の犯人捜しの物語を挿入しながら解説する『この社会の「なぜ?」をときあかせ! 謎解きゲーム理論』、小説仕立ての入門書『雷神と心が読めるヘンなタネ こどものためのゲーム理論』、テーマ別のエッセーの形で考え方を紹介する『高校生からのゲーム理論』を取り上げる。

現代経済学を代表する理論の一つであるゲーム理論は、経済はもちろん、政治や社会などあらゆる領域を分析の対象とし、膨大な研究成果が生まれている。「経済学の書棚」第38回前編では、物語やエッセーを通じてゲーム理論を紹介する入門書を取り上げる
現代経済学を代表する理論の一つであるゲーム理論は、経済はもちろん、政治や社会などあらゆる領域を分析の対象とし、膨大な研究成果が生まれている。「経済学の書棚」第38回前編では、物語やエッセーを通じてゲーム理論を紹介する入門書を取り上げる
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社会の謎を解くための理論

 現代経済学を代表する理論の一つであるゲーム理論は、経済はもちろん、政治や社会などあらゆる領域を分析の対象とし、膨大な研究成果が生まれている。ゲーム理論を活用するとどんな知見を得られるのだろうか。前編では、物語やエッセーを通じてゲーム理論を紹介する入門書を取り上げる。

 浅古泰史著『 この社会の「なぜ?」をときあかせ! 謎解きゲーム理論 』(大和書房/2024年2月刊)は、「ゲーム理論を用いて、私たちが生きる社会の多くの問題を分析するための入門書」だ。古い館で起きた殺人事件の犯人を探偵が推理する物語を挿入しながら、ゲーム理論の基本と応用を解説する。

『この社会の「なぜ?」をときあかせ! 謎解きゲーム理論』(浅古泰史著)。ゲーム理論を用いて、私たちが生きる社会の多くの問題を分析するための入門書。画像クリックでAmazonページへ
『この社会の「なぜ?」をときあかせ! 謎解きゲーム理論』(浅古泰史著)。ゲーム理論を用いて、私たちが生きる社会の多くの問題を分析するための入門書。画像クリックでAmazonページへ

 同書(以下は、「はしがき」と序章から抜粋)によると、ゲーム理論とは現実の社会をゲームのように描き、社会に生きる人々をそのゲームのプレイヤーと考え、人々の行動と起こり得る帰結を分析していく手法だ。

 殺人事件ではなくても、私たちの社会は謎に満ち溢(あふ)れている。繰り返される戦争や環境破壊、政治汚職や独裁者にだまされる人々を見て、「なぜ、こんな愚かな事態に陥るのだ」と言いたくなる。

 謎を解くためのキーワードが「当事者の気持ち」だ。当事者の目的や意思決定を行った状況を明確にしたうえで、「そのような決定をするに至った当事者の気持ち」を分析すると、意味不明に見える行動の裏に隠された理由が見えてくる。なぜ、愚かな事態に陥ったのか、その道筋が見えてくると説く。

 ゲーム理論で人々の行動を分析する際の大きなヒントがインセンティブ(誘因または動機)である。人々が特定の行動をとる裏には、その決定を促すインセンティブがあると考える。インセンティブの源が分かれば、その制度や状況を変えていくことで、人々の行動を変え、愚かな事態を回避することができるかもしれないという。

 第1部では、「囚人のジレンマ」「ナッシュ均衡」「協調の失敗」などの基本概念を、環境問題、戦時下での平和交渉、銀行の取り付け騒ぎといった具体的な事例を示しながら解説する。

 第2部は「政治」、第3部は「独裁者」がテーマだ。両者は重なり合うテーマであり、最近の国際情勢を念頭に置きながら読むと理解が深まるだろう。第2部では、有権者の投票行動と政策選択の関係、「政治家に国民のために行動させるためにはどうするべきか」、多選禁止制の弊害、ポピュリズムが極端な政策に走る理由を、ゲーム理論を使って解き明かす。

 第3部では、民主主義と独裁制を対比させつつ、独裁者の行動パターンを分析する。民主主義の指導者も独裁者も「政治的な生き残り」を目指す点では大きな違いはないにもかかわらず、両者の行動に大きな違いが生まれるのはなぜかに迫る。

独裁者の行動パターンを解明

 独裁者による国民のだまし方、独裁制における選挙不正、情報操作による支配、ロシアのプーチン大統領の情報操作といったテーマに切り込んでいく。

 著者は最後に、ゲーム理論の限界にも触れる。ゲーム理論はあくまで現実をゲームのように抽象化したうえで分析する手法であり、目の前にある謎を解き明かすヒントを与えてくれるが、その謎を解いた後で、いざ解決に向けて動き出すためには、ゲーム理論の枠を超えて動く必要が出てくると注意を喚起している。

 鎌田雄一郎著『 雷神と心が読めるヘンなタネ こどものためのゲーム理論 』(河出書房新社/2022年6月刊)は、小説仕立ての入門書。こども向けとうたっているが、どんな年齢層の人が読んでも楽しめる本だ。

『雷神と心が読めるヘンなタネ こどものためのゲーム理論』(鎌田雄一郎著)。こども向けとうたっているが、どんな年齢層の人が読んでも楽しめる小説仕立ての入門書。画像クリックでAmazonページへ
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想像力を働かせて「相手の立場に立つ」

 ゲーム理論とは、「人はどのような行動をするか」を予測する学問であり、ゲーム理論を学ぶと、理屈の力で想像力を働かせ、「相手の立場に立つ」ということが自然に分かるようになると訴えている。

 物語の舞台は小学校や書店がある街。小学6年生の男子2人、担任の先生、困ったときに現れる「雷神」が主な登場人物だ。

 主人公の小学生に問題が降りかかり、雷神の助けを借りながら問題を解決する物語を読んだ後、雷神によるゲーム理論の解説がある。第1章は「足並みそろえゲーム」、第2章は「後ろ向き帰納法」、第5章は「コミットメント」など各章に隠れたテーマがあり、物語と照らし合わせながらゲーム理論の考え方を吸収できるように構成している。

 第1章の解説には、こんな記述がある。

 「相手のすること次第で、自分が何をすべきかが決まる」という状況は、ある界隈(かいわい)では「ゲーム」と呼ばれてるんだ。オンラインゲーム、カードゲーム、ボードゲーム、スポーツのゲーム。いろんなゲームがあるけれど、そのどれでも、相手の作戦を考えながら次の一手を決めるだろう? そんな状況が、世の中にはいっぱいある。たとえば啓一(=主人公の名前)が直面した「白状するか だまっているか」問題も、「ゲーム」と呼ばれる。そして、ゲームのことをウンウンうなりながら考える学問のことを、「ゲーム理論」という。

 エピローグの後にはこんな説明がある。

  • 自分の他に、誰がそのゲームで行動をとるのか
  • 誰にどんな選択肢があるのか
  • それぞれの選択肢をとると、どのような結果が待っているのか

といったことを整理して考えようとする。これくらいのことは、きっとできるでしょう。そして、これくらいのことをするだけで、自分の置かれている状況をうまく論理的に、リクツの力で想像できる。「相手の立場に立つ」準備は、もうできているのです。

 松井彰彦著『 高校生からのゲーム理論 』(ちくまプリマー新書/2010年4月刊)は、2025年4月に第17刷を発行した人気の書だ。テーマ別のエッセーの中でゲーム理論の考え方を紹介し、その魅力をアピールしている。

『高校生からのゲーム理論』(松井彰彦著)。テーマ別のエッセーの中でゲーム理論の考え方を紹介し、その魅力をアピールしている。画像クリックでAmazonページへ
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 第一章「戦略編」では「ナッシュ均衡」や「囚人のジレンマ」を取り上げ、東西冷戦の議論、公共工事入札における談合問題、国の財政問題(財務省のジレンマ)、環境問題を、ゲーム理論を使って読み解いていく。

 第二章「歴史編」では、中国の秦滅亡後の項羽と劉邦による覇権争い、三国時代の魏、呉、蜀(しょく)の争い、古代ギリシャのデルフイの神託などが題材だ。ここでは「背水の陣」やゲーム理論の「展開形表現」が威力を発揮する。

 第三章「市場編」では、既存企業と参入企業の間の価格を巡る駆け引きを描写している。寡占市場における企業行動の分析はゲーム理論の中核であるが、市場編をあえて3番目に配置しているところに、著者の意図を読み取れる。

 同章の記述の一部を紹介しよう。

 経済問題でもゲーム理論は大活躍する。市場は大きなゲームフィールドで、ぼくたち消費者や企業はそこでいろいろな人や企業と関わりながらさまざまな活動を行うプレイヤーだからだ。

 ゲーム理論はもともと経済学の外部で生まれ、1980年代以降に経済学界に取り入れられて大きく発展してきた。ゲーム理論は経済問題だけではなく、世の中のありとあらゆる問題を分析できると唱える専門家(ゲーム理論家)は多く、著者もその一人といえるだろう。

 第四章「社会編」では地価の形成、夜襲に備える見張り番、家事・育児に関する日本の慣習、第五章「未来編」では、いじめや仲間外れの問題などに言及する。

 「未来編」ではゲーム理論の意義や展望に関する考察も披露している。

 西洋合理主義に端を発したゲーム理論は実体としての「ゲーム」をその基礎に置く。客観的なゲームがあって、その下でプレイヤーたちがどのように行動していくかに焦点が当たるが、著者らは人々が経験からどのような「ゲーム」を作り上げるかに焦点を置く「帰納論的ゲーム理論」に取り組んでいる。

互いに支え合う社会を構築できるか

 お互いに人に頼り合っている社会、それを馴(な)れ合い社会として批判するのも一法だが、お互いに人を支え合っている社会と見方を変えてみると、世界観が変わる。障害のある人もない人も、親のある人もない人も、日本人も外国人もお互いに支え合って生きている。そういうふうに思える社会の構築にゲーム理論が果たしうる役割は大きいと強調している。

 西洋合理主義が基盤にあるゲーム理論は、松井氏が期待するように「人々が互いに支え合う」社会の構築に本当に役立っているのだろうか。むしろ、相手の動きを読み、自分の利得を増やすことばかり考える人間を生み出している可能性はないのだろうか。世の中はどちらの方向に進んでいるのか、議論の余地は大きい。

写真/スタジオキャスパー