ゲーム理論を体系的に学びたい読者にお薦めの本にはどのようなものがあるだろうか。「経済学の書棚」第38回後編は、20年以上にわたって読み継がれてきたハンディなロングセラー『ゲーム理論入門』、基礎理論から最先端理論までゲーム理論の一式を詰め込んで改訂した『ゲーム理論 第3版』、進化ゲーム理論の独自研究を収録した『自発的関係社会のゲーム理論』を紹介する。
ゲーム理論の考え方とは
ゲーム理論はプレイヤーの行動を、数式を使って分析する学問だ。プレイヤーの行動パターンに応じてさまざまなモデルや理論が生まれている。後編では、ゲーム理論を体系的に学びたい読者向けの入門書や教科書を紹介する。
武藤滋夫著『 ゲーム理論入門 』(日経文庫/2001年1月刊)は2025年4月に23刷(新装版)を発行したロングセラーだ。
同書は、できるだけ幅広い読者にゲーム理論のいろいろな考え方を知ってもらうことを第一に考えており、ゲーム理論ではなぜこのように考えるのか、その結果どのようなことが明らかになるのかといった点を中心に、プレイヤーの数が2人、3人といった、構造が簡単なゲームについて、簡単な事例を使って説明する。
ある程度の数式、数字による議論は避けられないが、できるだけ具体的な数字を入れ、抽象的な数式による議論は避けるようにしたと断っている。各章の最後には、数題の簡単な練習問題を掲載している。
Ⅰ「ゲーム理論を学ぼう」では、ゲーム理論の体系を簡潔に説明している。(以下は一部を要約・抜粋)
- ゲーム理論の特徴は、相互に影響を及ぼし合い、しかも必ずしも利害が一致しない複数の人間の意思決定を扱うこと。このような状況をゲーム的状況と呼ぶ。
- ゲーム理論には、当事者が独自に意思決定を行う状況を扱う非協力ゲームと、当事者の話し合いを許し共同行動を考える協力ゲームがある。
- ゲーム的状況の表現には、非協力ゲームにおける戦略形と展開形、協力ゲームにおける特性関数形(ないしは提携形)がある。
(注2)特性関数は、協力関係を結んだプレイヤーのグループがそれぞれどれだけのものを得られるかを表す関数。
これ以降のパートでは、非協力ゲーム、協力ゲームの順に取り上げ、Ⅶでは「進化と学習のゲーム理論」も扱っている。
本文中には「COFFEE BREAK」のコーナーもあり、「フォン・ノイマン(=ゲーム理論の創始者)はナッシュ均衡がキライ?」「ユダヤ教の教典にあったゲーム理論!」といった話題を提供している。
難しい数学は必ずしも必要でない
ゲーム理論は硬直化した理論ではなく、もし、これまでの理論で不十分なところがあれば、貪欲に新しいアイデアを生み出していく。そこがゲーム理論の最大の魅力といえる。もう一つの魅力は数理的な理論でありながら、難しい数学を必ずしも必要としないところだとアピールしている。
岡田章著『 ゲーム理論 第3版 』(有斐閣/2021年3月刊)の初版は1996年12月刊行。第3版は2025年9月に第3刷を発行しており、多くの人がゲーム理論の教科書として手に取ってきた。
第3版の「はしがき」によると、近年、ゲーム理論は理論、実験、応用の3つの面で大きく発展している。ゲーム理論は、経済学を超えて人文・社会科学、自然科学、工学の広範囲な学問分野に応用され、異なる学問分野の研究交流のための共通言語となっている。とくに、さまざまな学問分野で、複数の行動主体がいかに利害の対立を克服して協調・協力関係を実現し、よりよい社会を構築するかについてゲーム理論の方法論を用いた研究が行われている。
最先端の研究成果を収録
そこで、第3版では、「n人提携交渉問題」(第11章)、「社会的選択とメカニズム・デザイン」(第12章)を追加した。第11章は、話し合いや交渉を通じて利害の異なる行動主体がいかに協力の合意を実現するかを研究する「非協力提携交渉理論」、第12章では、よりよい社会を実現するための社会的意思決定の方法(投票制度)を研究する社会的選択理論と、社会のさまざまな仕組み(メカニズム)をデザインし、変革するためのメカニズム・デザイン理論を紹介している。
ゲーム理論が多様な方向に枝分かれしている様子が、教科書からもうかがえる。第1章「ゲーム理論とは何か」では、ゲーム理論の基礎概念を整理するとともに、ゲーム理論の歴史にも触れている。同書に沿って以下に概略を示す。
ゲーム理論の歴史を振り返る
フォン・ノイマンとモルゲンシュテルンの大著『 ゲームの理論と経済行動 』(1944)(リンクは武藤滋夫訳「刊行60周年記念版」)が起点となり、1950年代は協力ゲームに関する研究が中心だった。ナッシュによる非協力ゲームの均衡点の定義と存在証明(1950、51)を契機に非協力ゲームの研究が盛んになる。
ハーサニによる情報不完備ゲームのモデルの定式化(1967、68)、ゼルテンによる部分ゲーム完全均衡点の提示(1965)を通じて、ナッシュ均衡点を強化する均衡概念の研究が加速した。ルービンシュタインは繰り返しゲームの完全均衡点を分析した。(1979)
1980年代半ばになると、ゲーム理論における合理性の仮定を緩和し、現実の経済主体が持つ限定合理性に着目する研究が広がった。とくにインパクトが大きかったのは、生物学の分野で始まった進化ゲーム理論である。
生物学者のメイナード・スミスは利得を最大にする戦略を意図的に選択するという合理的選択の原理を、より大きな利得(生物学の用語では適応度)を獲得する戦略が次世代に高い頻度で生き残っていくという生物進化における自然選択の原理に置き換えれば、ナッシュ均衡点の概念が生物進化の安定状態を分析するために有用であることを示した。
進化ゲーム理論は経済学をはじめとする社会科学の各分野でも精力的に研究されるようになった。
1990年代に入ると、行動の進化や学習理論の研究のほかに、理論を実験によって検証し実証データに基づく新しい行動理論の構築を目指す行動ゲーム理論が誕生した。
同書はこうした歴史を踏まえ、基礎理論から最先端理論までゲーム理論の一式を詰め込んでいる。
本稿の最後に、ゲーム理論研究の専門書に触れておきたい。奥野(藤原)正寛・グレーヴァ香子著『 自発的関係社会のゲーム理論 』(勁草書房/2025年8月刊)は、進化ゲーム理論の独自研究を収録した本だ。
同書では、プレイヤー間の社会・経済関係のあり方が社会全体にもたらす影響に対して、知的関心を持つ大学生や社会人を読者として想定している。学術書としてある程度厳密な記述を分かりやすく行うことに重点を置いた。研究者でない読者が原論文を読まずに研究成果を理解できるようにするとともに、研究成果が現実社会にどのような意味を持つかについても説明している。
解消や離脱が自由な社会・経済関係を分析
「はじめに」では、研究に取り組むにあたっての問題意識を表明している。
従来の経済学やゲーム理論では、複数の主体が共同作業や交換などを行う社会・経済関係を定式化する場合、その関係がいつまで継続するかが事前に決まっていることを前提にしたモデルがほとんどだ。しかし、現代の自由主義社会における社会・経済関係や企業をはじめとした組織・グループ・ネットワークの多くは、構築・参加や解消・離脱が自由である。
こうして各自が自由意思で離脱したり、パートナーを変更したりすることが可能な社会・経済関係を「自発的関係」と呼び、社会全体としてはどのような行動様式が安定になるのかを解明するのが研究の狙いだ。
そこで、プレイヤーは合理的でありたいとは望んでいるが、伝統的な意味での合理性を持たない限定合理的な存在だと仮定し、限定合理的な人々からなる社会で戦略分布が均衡から乖離(かいり)することも想定した。進化ゲーム理論を分析の方法として採用している。
その結果、異なる世代に属するプレイヤーの人生が重なり合い、同じ相手と対峙する期間も戦略的かつ確率的に決まるという、これまでにない新しい進化ゲームのモデルを構築できたと説明している。
第2章と第3章では、専門家ではない読者のために非協力ゲーム理論と進化ゲーム理論の基礎を解説し、第4章以降で、「自発的継続繰り返し囚人のジレンマ(VSRPD)社会」「信頼構築均衡」「寛容均衡」などのモデルを披露し、独自の理論を展開していく。
一連の分析によって「(その時点の)社会環境に対する適応度が高い種(戦略)が生き残り、低い種(戦略)が淘汰されることを通じて、社会環境自体が変化していく終わりのない動学過程」を描き出している。
ゲーム理論で表現できる領域は限りなく広く、多方向に枝分かれした理論を見て戸惑う読者もいるかもしれない。それでも、研究者たちはこれからも理論を拡充する努力を続けるだろう。
前編で紹介した入門書『 高校生からのゲーム理論 』(松井彰彦著/ちくまプリマー新書/2010年4月刊)の中で、著者の松井氏は、「理論とは、ものの見方である」と述べている。「何のための理論なのか」を絶えず問い直しながら研究に取り組む姿勢を忘れなければ、「現実社会にとって意味を持つ」(奥野正寛氏)研究成果につながるのではないだろうか。
写真/スタジオキャスパー
ゲーム理論は、経済学、経営学はもちろん、政治学、社会学、生物学を学ぶ人にも欠かせない知識です。本書では、ゲーム理論の面白さを伝えるため、具体的な数値に基づいて解説。理解を深めるため、練習問題と詳しい解説を掲載しました。
武藤滋夫著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)




