民主主義は果たして最良の政治制度なのか。「経済学の書棚」第27回前編は、民主主義と経済の関係を問い直す手掛かりになりうる著書として、民主主義の歴史を様々な思想家の解釈を交えて解説した『民主主義とは何か』と、日本の民主主義の出発点といえる文部省(現・文部科学省)執筆の『民主主義』、大企業主体の資本主義に警鐘を鳴らす『WOKE CAPITALISM』を紹介する。
民主主義は参加と責任のシステム
民主主義は果たして最良の政治制度なのか。国民の分断現象に直面する民主主義国家は、権威主義国家との競争で不利な立場に追い込まれているようにも見える。民主主義に対する信頼が揺らいでいる大きな原因の一つが、人々の経済格差の拡大だ。民主主義と経済の関係を問い直す手掛かりになりそうな著書を紹介する。
政治学者の宇野重規著『 民主主義とは何か 』(講談社現代新書/2020年10月刊)は、古代ギリシャ以来、2500年以上にのぼる民主主義の歴史を様々な思想家による解釈を交えて解説した本だ。
民主主義が何を意味するのかを考えると分からなくなると宇野氏は言う。「多数決の原理だが、少数者を保護することでもある」、「選挙のことだが、選挙だけではない」、「具体的な制度だが、終わることのない理念でもある」と民主主義には「~ではあるが、それだけではない」という語り方がつきまとうからだ。
同書では全体を貫くキーワードとして「参加と責任のシステム」を掲げ、民主主義の軌跡を描き出している。
経済と民主主義の関係にも切り込んでいる。現代の民主主義はポピュリズムの台頭によって危機に陥っている。世界でポピュリズムという言葉が話題になったのは2016年にイギリスが欧州連合(EU)からの離脱を決めたとき。中高年の白人労働者層を中核とする「置き去りにされた人々」の不満が背景にあると指摘された。
一方、民主主義の原点となった古代ギリシャのポリスと呼ばれた都市国家では、有力者の支配を防止し、人々が有力者を忖度(そんたく)せざるを得ない状況を解体した。市民の独立を支えるために経済的な再分配もなされた。個人が経済的・社会的に隷属した状態では、どれだけ公共的議論による政治が存在しても不十分であり、人々の経済的・社会的解放なくして民主主義はありえないと結論付けている。
宇野氏は民主主義を考える上で不可欠の一冊として、フランスの政治思想家、アレクシ・ド・トクヴィルの『 アメリカのデモクラシー 』(第1巻は1835年刊、第2巻は1840年刊。リンクは2005年刊行の岩波文庫、松本礼二訳)を取り上げている。トクヴィルはデモクラシーの概念を、政治体制としての民主主義、歴史を通じた平等化への趨勢(すうせい)、人々の生き方・考え方の3つの意味で使っているという。
歴史を通じた平等化への趨勢とは、過去のヨーロッパ史を通じて展開してきた潮流を指す。宗教改革、印刷術の発明、アメリカ大陸の「発見」、戦争や軍事技術の発展は、結果としてヨーロッパの封建制の破壊に寄与したとみる歴史観を紹介し、現代社会に通じる様々な教訓を引き出している。
ポピュリズム台頭の背景に格差拡大
「結び 民主主義の未来」と題する終章では、民主主義の危機を乗り越えるために何が必要かを論じている。現代のポピュリズムは代議制民主主義への不信とグローバルな格差拡大を背景としており、両者の解決なしには容易に乗り越えることはできないとの見方を示している。
代議制民主主義への不信に対しては、選挙や政党のあり方の刷新が不可欠だと強調し、一票を分割して複数の政治家や政党に投票したり、重視する争点に傾斜的に投票したりする方法を提案する。
グローバルな格差拡大の問題では、フランスの経済学者、トマ・ピケティ氏が提唱する国際的な資産課税は今後の重要な課題だと指摘している。
次に、日本の民主主義の出発点と言える古い本を取り上げたい。文部省(現・文部科学省)著『 民主主義 』(角川ソフィア文庫/2018年10月刊)である。文部省著作の教科書として1948年10月、1949年8月に上下2巻で刊行されたものを1冊にまとめた本だ。
思想家の内田樹氏が執筆した巻末の解説によると、1948年の発刊後、1953年まで中学・高校で使われた。日本を占領していた連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の指示を受けた日本政府は、子供たちを教化するために、この本を出版した。占領軍の検閲を経た本ではあるが、「たいへんにすぐれたものであったという話は以前から時おり耳にしていた」という。
同書では、政治上の制度としての民主主義も大切だが、民主主義の精神はもっと大切であり、民主主義の根本精神とは人間の尊重だと訴えている。
民主主義と対置するのは専制主義・独裁主義。民主主義を正しく学び、確実に実行すれば、繁栄と平和とがもたらされるが、反対の場合には、人類の将来に戦争と破滅とが待っていると警告している。戦前の日本は独裁政治の下で無謀な戦争に突入し、悲惨な敗北に終わったとの歴史認識を示す。
同書では、イギリスやアメリカなどで民主主義が発達してきた歴史を紹介し、各国の制度を比較している。各国の政治組織は時代とともに変化してきたが、自由に表明された国民の意志によって、国民自らのために政治の方針を定め、国民が自由に選んだ代表者によってその方針を実行してゆくという原理は常にただ一つであって、けっして変わることはないと説いている。
国民の経済生活と民主主義の関係についても掘り下げている。国民の大多数が窮乏のどん底にあって、その日その日のパンに追われているようでは、民主政治が栄えるはずはない。経済上の機会を均等にし、国民の生活を高めるための経済上の民主主義が行われなければ、いかに選挙で代表者を決め、いかに議会で法律を作っても健全な民主政治は育たないとの懸念を表明する。
近代の経済は資本主義の下で発達した。資本主義は自由を重んじる民主主義の要求に合致すると考えられてきたが、資本家と労働者の間の経済上の不平等が広がりがちだ。そうなると、できるだけ多数の人々の幸福を向上させようとする民主主義の根本精神と矛盾する。
資本主義の弊害を是正する社会政策
同書では最低賃金制度や労働時間規制といった社会政策、公共事業や金融緩和など景気対策を目的とする統制、協同組合、消費組合や労働組合の活動などを通じて資本主義の仕組みを変えずに弊害を是正することは可能だと訴える。不平等を是正するために社会主義への移行を唱える意見もあるが、暴力革命や、いわゆるプロレタリアの独裁などの非民主的、全体主義的な方向に走ろうとする傾きがあるとけん制している。
民主主義と資本主義のバランスを適度に保つのは難しい。組織論が専門のカール・ローズ著『 WOKE CAPITALISM 「意識高い系」資本主義が民主主義を滅ぼす 』(庭田よう子訳/東洋経済新報社/2023年4月刊)は、大企業が主体となった「ウォーク(woke)資本主義」と呼ぶべき現状に警鐘を鳴らす書だ。
ウォークの本来の意味は「目を覚ます」だが、近年になり、「人種的・社会的差別や不公正に対して高い意識を持つ」ことを指すようになった。この段階では前向きな意味で使われていたが、現在は「誤った、表面的な、ポリティカル・コレクトネス的な道徳性に影響を与える人」を指すようになっているという。
グローバル企業の真の狙い
第3の意味に該当するのは、グローバル企業の経営者たちだ。環境対策や多様性への取り組みには積極的な姿勢を見せる一方で、租税回避、違法な脱税、悪質な価格つり上げ、労働者の賃金抑制に手を染める。莫大な資産のごく一部を寄付するが、税制や所得格差、不安定な労働には目を向けないのだ。
同書全編にわたり、こうした経営者たちの具体例を詳述する。「企業の新たな目的は、貪欲(どんよく)な世界進出を世間の目から隠すために、企業の倫理的信用を確立すること」、「ウォーク資本主義によって政治的主導権を握るのは資本家たち」、「新自由主義が煽(あお)った社会・環境・経済の諸問題に対処する意志も能力も、企業にはない」とグローバル企業を告発している。
ウォーク資本主義に対する反応は主に2つに分かれる。第1は「右派」による反対論だ。「企業の社会的責任はその利潤を増やすことである」と唱えた経済学者、ミルトン・フリードマン(1976年にノーベル経済学賞を受賞)に連なる考え方で、「ビジネスの真の目的を歪(ゆが)めてしまった」とウォーク資本主義の放棄を求める。
第2は「左派」による促進論だ。企業は啓蒙的資本主義という新たな時代に足を踏み入れており、ビジネスは世の中に役立つ力となれると考える。ウォーク資本主義を皮肉めいた言葉として使わず、企業に本格的な取り組みを促す。
ウォーク資本主義に抵抗せよ
同書が提示するのは第3の立場だ。グローバル企業が限られた範囲での社会活動に注力する姿勢を示すことで政治的な影響力も持つようになる事態を警戒する。企業の政治への関与は民主主義を害し、実際には進歩を妨げているとみる。ウォーク資本主義に抵抗し、市民のための社会主導型の民主主義を復活させる必要があると唱えている。
(後編に続く)
写真/スタジオキャスパー



