民主主義と資本主義が良きパートナーであり続けるためには何が必要なのか。「経済学の書棚」第27回後編は、経済学の枠組みを活用して民主主義を論理的に理解しようとする『民主主義の経済学』、「新しい政治経済学」の枠組みを基に政治に関する様々な問題を分析する『良い政府の政治経済学』を取り上げる。
経済学の手法で政治現象を分析
民主主義と資本主義の関係を、経済学者たちはどのように捉えているのだろうか。
政治経済学、経済発展論が専門の北村周平著『 民主主義の経済学 社会変革のための思考法 』(日経BP/2022年12月刊)は、経済学の枠組みを活用して民主主義を論理的に理解するための書だ。
著者の専門である政治経済学は「新しい政治経済学」と呼ばれる研究分野。経済学の分析手法を使って、様々な政治現象を分析する。「政治経済学」という呼び名は古くから普及しているが、同書では従来とは異なる意味でこの言葉を使っていると断っている。
分析の対象は選挙や政治家、メディアと政治の関係など。数理モデルを使った理論分析とデータを使った実証分析の両面がある。
同書では、議論の出発点として、民主主義と経済発展の関係を分析する。18世紀後半あるいは19世紀前半あたりから、イギリス経済は急速に成長する。イギリスを含めたヨーロッパ諸国は他の地域に先んじて急速な成長を遂げ、大分岐と呼ばれた。一方、統治者の数が増え民主度が上がっていく過程を「民主主義の発展」と見なす。
様々なデータを基に、民主主義と経済の発展は少なからず関係しているとの結論を導き出している。
ただ、これはあくまでも相関関係に過ぎない。民主主義が発展すると経済は発展するのか、それとも経済が発展すると民主主義は発展するのかは明らかではない。ダロン・アセモグル氏(2024年にノーベル経済学賞を受賞)らのチームの研究成果に言及し、彼らは民主主義の発展と経済の発展の因果関係を証明したが、経済の発展が民主主義の発展を促すとの見方を否定したわけではないと説明している。
導入部に続き、政治経済学の基礎を解説する。各個人は自分の効用(満足度)を最大にするように行動するというミクロ経済学の考え方を政治現象に応用する。このモデルを使えば、政治現象を有権者と政治家・候補者の駆け引き、あるいは政治家同士の駆け引きとして分析できる。
選挙で最も影響力があるのは、有権者が望む政策全体の分布の中央に位置する中位投票者だとみる「中位投票者の定理」、候補者が自分の好みの政策を公約通りに実行すると極端な政策に偏るとみる「市民候補者モデル」など、多数決による選挙が政策に与える影響を解明するモデルを紹介している。
政治家は有権者の代理人
選挙には政策の選択と政治家の選択の2つの役割があるが、選ばれた政治家を有権者のために働かせるという第3の役割もある。任期中の政治家の行動を考えるのが、「政治的エージェンシー・モデル」である。政治家を有権者のエージェンシー(代理行為)をする存在だと見なすモデルだ。有権者は現職の仕事ぶりに応じて選挙で賞罰を与えている可能性があるとの仮説を示す。これに続き、選挙が近づくと政府支出が増える「政治的な景気循環」、政治家が自身のキャリアを考えてどのように行動するのかを分析する「キャリア・コンサーン・モデル」、政治家同士が駆け引きする「議会交渉」など様々なモデルや仮説を取り上げている。
その中には「有権者全員が投票し、所得は全員同じ」といった現実離れした仮定を置いているモデルもある。モデルの正当性を問う声が上がるかもしれないが、研究者たちはデータによる検証作業を重ねながらモデルの信頼性を高める努力を続けている。選挙を通じた有権者たちの選択が政策や政治家の行動に与える影響を理解し、選挙制度や政策選択について再考する材料にはなるのではないか。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)教授などを務めるティモシー・ベズリー著『 良い政府の政治経済学 』(溝口哲郎訳/慶応義塾大学出版会/2024年10月刊)は政治経済学の中級テキスト。北村氏と同様に「新しい政治経済学」の枠組みを基に政治に関する様々な問題を分析している。専門用語が多く、読みこなすためにはある程度の基礎知識が必要だ。前掲の北村氏の著書を読んでから挑戦するとよいかもしれない。
著者によると、同書は自己完結型の4つのエッセイからなり、4つのエッセイに1章ずつを割り当てている。
第1章では、政治経済学は何を問題にしているのかを説明する。政府の規模、腐敗、所有権、信頼と投票率、経済政策の基礎原理などのテーマ別に論点を整理している。政治経済学の歴史と題する節もある。古典派の経済学者たちが現在の「経済学」と同じ意味で「政治経済学」という言葉を使っていた時代から、政治経済学がたどってきた道筋を追う。
市場の失敗と政府の失敗
第2章は、政府の失敗に関する試論。市場の失敗とは異なり、政府の失敗の定義については研究者の間で意見が一致していない。政府の失敗のどの側面が政府が強制力を独占しているという事実に内在するもので、どの側面が民主的な政治競争の結果なのかが不明瞭なためだという。同章では、こうした議論を概説する。
第3章では、政治的エージェンシー・モデルに焦点を当て、第4章では、このモデルを財政問題に適用して議論を展開する。このモデルは世界がどのように機能しているかをよりよく理解し、特に民主制システムの機能を向上させる方法を理解する上で役立つとアピールしている。
LSEで著者のリサーチ・アシスタントを務めた下松真之氏は巻末の解説で、政治的エージェンシー・モデルは経済学者が政策決定過程を分析するために用いる理論モデルの中で、最も人気のあるものの一つだと説明する。
政治資金規正法の分析も可能
一般によく知られているのは中位投票者理論だが、この理論で扱えるのは有権者の間で利害対立がある政策(例えば富裕層と貧困層の所得再分配政策)であり、政治家と政治家以外の有権者全員の利害が対立している政策(例えば政治資金規正法)を分析できない。
政治的エージェンシー・モデルでは、そうした利害対立を分析できる。また、有権者が政治家についての情報をすべて知ることができない状況を想定しており、政治におけるマスメディアの役割を分析する際にも使い勝手が良いと推奨している。
同書は、代表民主制における政策立案を中心に論じているが、このモデルは特定の政治制度を想定しておらず、権威主義国家の政治分析にも応用できるという。
経済学のモデルを活用して民主主義や選挙制度を分析する研究の切れ味は鋭いが、現実の選挙制度や政治家の行動は複雑であり、理論と現実の両面を見る必要があるだろう。
民主主義と資本主義が良きパートナーであり続けるためには、何が必要なのか。民主主義、資本主義の問題点をそれぞれあぶり出すだけではなく、双方が歩み寄るための方法を探り、実行していくしかない。
写真/スタジオキャスパー
本書は近年目覚ましく発展している「新しい政治経済学」による民主主義の分析である。選挙を中心に政治経済学の代表的なモデルと、それに関連する実証研究を紹介する。実証研究では、著者が「因果推論の四天王」と呼ぶ手法を駆使して、政治を新しい角度から分析する。
北村周平著/日経BP/2640円(税込み)



