AI(人工知能)は救世主なのか厄介な存在なのか。「経済学の書棚」第39回後編は、経済学、歴史、哲学、思想、コンピューターサイエンスなど多様な視点からAIについて縦横無尽に論じる『純粋機械化経済』、AIの現状と課題を総ざらいしたうえで、どんな社会が到来するのかを予測した『AIで拡張する社会』、AIが人間社会に及ぼす影響をコンピューターサイエンスの専門家が深く考察する『考える機械たち』を紹介する。
「AIと人間の共存」はあくまで理想
人間が汎用AIをうまく使いこなし、経済成長が加速する社会の到来を多くの人は期待している。後編では、AIは人間や経済社会にどんな変化をもたらすのか、大きな絵を描いて予測する本や、AIと人間の関係を「人間らしさとは何か」といった根源から問い直す本を取り上げる。
井上智洋氏は『 純粋機械化経済 頭脳資本主義と日本の没落(上)(下) 』(日経ビジネス人文庫/2022年2月刊)で、経済学、歴史、哲学、思想、コンピューターサイエンスなど多様な視点からAIについて縦横無尽に論じている。著者は経済学者であるが、経済学の通説にはとらわれず、随所で独自の見解を披露する。
「AIと人間が共存する」というのはAIに関わる誰もが口にしたがる決まり文句だが、それはあくまでも理想論だ。現実には、AIが私たちの生活を便利にするだけでなく、AIの力を手にした一部の人間が巨大な権力や経済力を手にして、他の人々を支配したり貧しくしたりしつつある。
こんな見方を示す著者が描き出す未来像はユートピアではない。経済学では、新技術による「技術的失業」は長期的には解消すると考えるが、アメリカでは現実にAI失業が発生している。技術的失業が一時的な問題にとどまるのは、サービス業への労働移動によって解消されてきたからだが、ITによってサービス業の生産性が上昇しているのなら、それによって生じる余剰人員はどこへ向かうのだろうかと疑問を投げかける。
これからの世界は、労働者の頭数ではなく、人々の頭脳レベルが一国の国内総生産(GDP)や企業の収益を決定づける頭脳資本主義に転換していく。汎用AIは人間が持つすべての感覚や感性、欲望を備えるわけではなく、人間と全く同じような判断や振る舞いを行うことはできない。それゆえ、クリエイティヴィティ系(創造性)、マネジメント系(経営・管理)、ホスピタリティ系(もてなし)といった仕事はなくならないと推測する。
著者はさらに、インプットはAI・ロボットを含む機械のみで、労働は不要になる「純粋機械化経済」と呼ぶ次の段階の資本主義を構想する。この段階に移行すると、人は新技術の研究開発、商品企画、生産活動全体のマネジメントといった仕事に専念する。純粋機械化経済では、ボトルネックたる労働を捨て去ることで、爆発的な経済成長が可能となる。
AIが普及すると、会社から月々給料がもらえるような安定した普通の仕事は減っていく。クリエイティブな仕事だけが残るとするなら、ほとんどの人々にとっては食っていけない地獄のような社会となる。
ベーシックインカムで生活を支えよ
この社会を支える有力な手段として著者が繰り返し求めるのが、ベーシックインカム(BI)である。純粋機械化経済で仕事を失い、所得を減らし、消費を減退させた人々に給付することによって、消費需要を高める効果を持つと説く。
もう一つの手段は、潜在供給の急増によるデフレ不況を防ぐためのマクロ経済政策だ。政府から市中銀行が買い入れた国債をさらに中央銀行が買い入れ、その国債を財源にして政府が家計に直接お金をばらまく政策(ヘリコプターマネー)の導入を提唱する。
日本の現状と将来に対する著者の見方は厳しい。AI・ITを発展させて勃興する中国とは対照的に、日本は没落しつつある。日本はこのまま順調に推移すれば、覇権どころか次々と追い抜かれて「後進国」の地位へと転落するだろうと突き放す。
脱労働で人々は幸福になる
こうした未来像は悲観的すぎると拒絶反応を示す人もいるかもしれない。著者自身は、AIとBIによって資本主義を極限まで推し進め、純粋機械化経済を実現させれば、脱労働社会を作り上げることができる。それこそが、最大限に自由と平等を両立し、あらゆる人々が幸福に生きられる社会ではないだろうかと訴えている。
野村総合研究所(NRI)拡張社会研究会チーム著『 AIで拡張する社会 「知性」「労働」「経済」の未来予想図 』(此本臣吾監修、森健編著/東洋経済新報社/2025年12月刊)はAIの現状と課題を総ざらいしたうえで、どんな社会が到来するのかを予測した本。AIと人間が共存する未来像を描く一方、ディストピアシナリオやAIが生み出す新たな社会課題や弊害にも言及する。
AI進化の道筋、AIを活用した萌芽(ほうが)事例の分析や有識者インタビューなどを通じて、AIが社会に浸透しているであろう2030年代の姿を考察した。
そこで出てきたキーワードが「拡張」である。拡張には、(1)AIを使うことで得られる効果が事前に規定されているケースで、狭義の拡張。AIによる業務のオートメーション化などが該当し、社会が提供できる労働力が拡張されている、(2)AIによる効果はそれを使う人間次第で、効果の大小や有無が事前には不明なことから、人間の「延長」と呼ぶ方がふさわしいケース、(3)AIがあたかも顕微鏡のように人間の心の中や社会心理を「射影」し、それを明示化するようなケース、の3つの意味を込めたと説明する。
拡張する人間の6つの知力
AIは何を拡張するのか。具体的な対象として、労働力、知力(予測力、識別力、個別化力、会話力、構造化力、創造力)、経済社会システムを挙げる。
知力の拡張は、予測販売型コマース、マシン・インフルエンサー、AIを介した精密診療、動物や物とのコミュニケーション、AIによる経営判断といった地平を開く可能性がある反面、新たな社会課題を生む恐れもあると指摘する。
公共空間のAIカメラが市民の識別をすると「超監視社会」を、企業のAIが顧客を識別すると「超識別社会」を生み出す可能性がある。
AI依存症も課題だ。会話型AIへの依存、生成AIへの依存、AIの判断・推奨への過剰依存の3パターンがある。AIの会話力を用いた犯罪も増える。
AIは失業を生み出すのか、人手不足を解消する存在なのか。国によってどちらの影響が大きいかはだいぶ異なるとの認識を示す。日本でもAIが担える仕事と、実際に人手不足が起こっている職種のミスマッチ問題はある。人手不足の領域については、現在の職種が担当している業務内容を前提にするのではなく、人間とAIの役割分担を前提とした職務の再設計によって、人間の負担を軽減することが必須だと強調する。
第4の波は「創造化社会」の到来
研究会チームはこうしてマイナスの側面にも目を向けているが、全体としては明るい未来像を描いている。未来学者のアルビン・トフラーは「第3の波」として情報化社会の到来について論じた。その次の「第4の波」によって「創造化社会」が到来すると予測する。
創造化社会では、人間の頭脳とAIを使ってアイデアやコンテンツを生み出す「創造業」が生まれる。従来のサービス業は他人の代わりに何かをする、何かを提供することを意味している。他方、創造業は自身が何らかのアイデア、コンテンツなどを創造するか、顧客が創造するのを支援するような業態を指す。現在はサービス業に区分しているが、実質的には創造業と呼べる事業もある。
同書では創造化社会のほか、「アイデア生産性」(アイデアが生み出した価値を知的財産への投資額で割った値)、「深さの経済」(同じ顧客とのインタラクションが増えるほど、その顧客理解が深まり、顧客の効用を高めることで、企業の競争力が高まるメカニズム)、「GDPプラスアイ」(GDPに生活満足度を加味した経済社会指標)といった概念を打ち出し、これからの経済社会で価値を測る方法を提案している。
創造化社会には、AIを良きアシスタントとして各人が創造性を発揮するシナリオ1(「良きダイモン」と命名)、大多数が創造せず、少数他者が作ったアイデアを消費するシナリオ2(アイデア消費)、AIがアイデアを自動生成し社会にインストールするシナリオ3(アイデア・オートメーション)の3つのシナリオがあるが、GDPプラスアイのうちの非金銭的な生活満足度はシナリオ1が最も高くなるとみている。
日本はどんな道を歩むのか。日本がAI産業で存在感を出すとすれば、米中とは設計思想が全く異なる基盤モデルの作製や基盤モデルを支えるインフラ層になる。また、AIの開発ではなく、活用方法で創造性を発揮する可能性はあると述べるにとどめている。
インガ・ストルムケ著『 考える機械たち 歴史、仕組み、倫理――そして、AIは意思をもつのか? 』(羽根由訳/小林聡監修/誠文堂新光社/2025年6月刊)は「AIとは何か」から説き起こし、AIが人間社会に及ぼす影響を深く考察する書だ。著者はコンピューターサイエンスの専門家である。
「倫理的ジレンマ」に直面するAI
著者が注目するのは「倫理的ジレンマ」の問題だ。レバーを引くと路面電車の進路を切り替えられる場合、電車が轢(ひ)き殺す人数が少ない方に切り替えるかどうかを問う「トロッコ問題」には、倫理的に「正しい答え」はない。AIの最も興味深い側面の一つは倫理的ジレンマへの対処を迫られることだと問題を提起する。
AIは人を差別的に扱うとの指摘に対しては、「AIは公平でなければならない」という意見は絵空事でしかない。公正さを実現したいのであれば、どのような公正さを実現するのかを特定したうえで、それ以外の公正さが犠牲になることは覚悟しなければならないと唱える。
私たちのほとんどがプライバシーは重要で監視されたくないと言いながら、「あなたの行動を教えてください」と要求するサービスを選ぶ「プライバシー・パラドックス」に陥っている。激化する開発合戦の中で私たちにできる安全策は、この先「匿名化されたデータ」など存在しないと腹をくくること。期待できるのはせいぜい「非識別化データ」(明示的な個人識別情報が削除されたデータ)くらいだと注意を喚起する。
脅かされる人間の「自律性」
人間の「自律性」への脅威にも言及している。自律とは意志であり、自由とは行動を起こす機会である。つまり、自律は自由の前に来るものだ。すべての技術は問題を解決するために開発され、私たちの身体と環境の両方をより良く活用でき、自律と自由も増える。
ところが、技術がより高度になり、複雑すぎて人間の理解が追いつかないというのに、どんどん仕事を任せてしまうようになると、問題はさらに複雑になる。人間よりも高度な分析能力や知能を持つシステムがもたらす、人間の自律性に対する予期せぬ脅威が生まれる。人間には解決できない問題を機械が解決し、人間には考えも及ばない決定を機械がするようになっている。このまま発展しつづければ、問題が次々に解決される一方で、なぜそれが良い決定なのかを人間が理解できなくなる未来が待っていると警鐘を鳴らす。
人間らしいとはどういうことか? 私たちが信じる価値とは何か? そして、私たちの行動をコントロールするとはどういうことなのか? と問いかけている。
AIはさまざまな社会課題に直面する日本にとっての救世主になるのか、それとも米中をはじめとする主要国に差を付けられる厄介な存在になるのか。世界の現状を見る限りでは楽観的な見通しは立てづらいものの、AIの特性を踏まえ、社会全体で積極的に取り込む努力を続ければ、挽回の余地は十分にある。
写真/スタジオキャスパー
『 純粋機械化経済 頭脳資本主義と日本の没落(上)(下) 』
AIの普及が生み出す純粋機械化経済。我々はこれから劇的な変化を目撃する――。歴史・技術・思想など多角的な視点から未来を問う。ベストセラー『人工知能と経済の未来』の著者による力作、『純粋機械化経済』を上下刊に分けて文庫化した。
井上智洋著/日本経済新聞出版/上、下巻ともに990円(税込み)




