ビジネスの主役である企業はどんな原理で動いているのだろうか。「経済学の書棚」第40回前編では、ビジネスにまつわる事例を経済学の視点で読み解いていく『マネジメント・テキスト ビジネス・エコノミクス 第2版』、データを活用した実証分析を重視する産業組織論の教科書『実証ビジネス・エコノミクス』を取り上げる。

ビジネスの主役である企業はどんな原理で動いているのだろうか。「経済学の書棚」第40回前編では、ビジネスや産業界の動向を分析するのに役立つ経済学の入門書やテキストを紹介する
ビジネスの主役である企業はどんな原理で動いているのだろうか。「経済学の書棚」第40回前編では、ビジネスや産業界の動向を分析するのに役立つ経済学の入門書やテキストを紹介する
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経済学的な視点でビジネスを分析

 ビジネスの世界はめまぐるしく変化している。ビジネスの主役である企業はどんな原理で動いているのだろうか。今回は、ビジネスや産業界の動向を分析するのに役立つ経済学の入門書やテキストを紹介する。

 伊藤元重著『 マネジメント・テキスト ビジネス・エコノミクス 第2版 』(日本経済新聞出版/2021年9月刊)の初版は2004年2月刊。第2版は、初版の発刊後に出てきたビジネスや経済学の新たな展開を盛り込んだ全面改訂版である。2025年4月に5刷を刊行している。

『マネジメント・テキスト ビジネス・エコノミクス 第2版』(伊藤元重著)。第2版は、初版の発刊後に出てきたビジネスや経済学の新たな展開を盛り込んだ全面改訂版。画像クリックでAmazonページへ
『マネジメント・テキスト ビジネス・エコノミクス 第2版』(伊藤元重著)。第2版は、初版の発刊後に出てきたビジネスや経済学の新たな展開を盛り込んだ全面改訂版。画像クリックでAmazonページへ

 ビジネスの世界を専門に取り扱う学問は経営学である。伊藤氏は「経営学者や現場の経営者の話は本当に興味深いし刺激的でもある。ただ、私自身が経済学の世界で育ったため、少し違った角度からビジネスの世界の現象についての見方を提供できるのではないかと考えるようになった」という。

 伊藤氏によると、ビジネスは何よりも経済活動という面が強い。だから、経済学的な視点からビジネスの世界の現象について分析するという視点が重要だ。

異なる業界の根底に同じメカニズム

 まったく異なったように見える業界でも、そこで起きている現象には、根底で共通のメカニズムが見られる。経済学の手法はそうした共通の基盤を理解するうえで有効だ。この本の中で取り上げられている事例の多くは、さまざまな業界の動きに触れる機会を持つことで私なりに「経済学的な思考」を磨いていった結果の産物だと説明している。

 伊藤氏の専門は国際経済学で、研究室にこもって理論研究を柱とする論文を執筆する日々を過ごしていた。ところが、流通業界などの経営者らの話を聞くにつれ、現場と遊離した理論研究に物足りなさを感じるようになり、ある時期から研究スタイルを一変させた。経営やビジネスの現場に足しげく通い、経済学の視点を生かしながら情報を発信する「ウォーキング・エコノミスト」のニックネームが定着した。

 同書はそんな伊藤氏の強みが詰め込まれた本だ。「マネジメント・テキスト」と銘打っているが、ビジネスに関心がある人であれば、読み物として楽しめる。

 「価格に始まり、価格に終わる」「流通からビジネスを考える」「市場を理解することがビジネスにつながる」といった章を設け、ビジネスにまつわる事例を経済学の視点で読み解いていく。伝統的な価格理論に加え、ゲーム理論、情報の非対称性、行動経済学、産業組織論などの最新の知見もフル活用している。

 巻末の索引には「本書に登場する企業」という欄がある。GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)、アリババ、ウーバー、コストコ、資生堂、セブン-イレブン、ネットフリックス、ユニクロ、吉野家など内外の企業やサービスの名称がずらりと並ぶ。

セブン-イレブンが強かった理由

 例えば、「サブスクリプション成功の3つのカギ」では、自社制作のコンテンツを次々に提供していくネットフリックスの垂直統合型のビジネスモデルなどを紹介。サブスクリプションを、モノを売るのではなく、モノから発生するサービスを継続的に提供するビジネスモデルと定義し、成功のカギとして、料金設定(定額制の利点と限界の理解が必要)、顧客との継続的な関係(顧客と情報が共有できるか)、顧客の囲い込み(顧客に十分な利便性を提供し続けられるか)の3つを挙げている。

 「なぜセブン-イレブンが強かったのか」の節では、できるだけ外部の業者を巻き込む戦略を前面に出し、大半の店舗は酒販店など独立色の強い商人をフランチャイズの形で組織化した点が勝因だと指摘している。

 上武康亮、遠山祐太、若森直樹、渡辺安虎著『 実証ビジネス・エコノミクス 』(日本評論社/2025年12月刊)は、ビジネスの意思決定を分析の対象とするミクロ経済学の一分野である産業組織論の教科書だ。データを活用した実証分析を重視する姿勢を示すため、著者らが取り組んでいる研究を総称して「実証ビジネス・エコノミクス」と呼ぶことにした。実証産業組織論(実証IO)という分野で開発されてきた手法を使っている。

『実証ビジネス・エコノミクス』(上武康亮、遠山祐太、若森直樹、渡辺安虎著)。ビジネスの意思決定を分析の対象とするミクロ経済学の一分野である産業組織論の教科書。画像クリックでAmazonページへ
『実証ビジネス・エコノミクス』(上武康亮、遠山祐太、若森直樹、渡辺安虎著)。ビジネスの意思決定を分析の対象とするミクロ経済学の一分野である産業組織論の教科書。画像クリックでAmazonページへ

 データ分析に関心を持つ大学生、大学院生、研究者、企業のデータ・サイエンティスト、政府や公共部門の政策エコノミストらを読者として想定している。ミクロ経済学、ゲーム理論、計量経済学の基礎知識を前提にしており、数式の展開などは難度が高い。

「構造推定」と「因果推論」の違い

 同書によると、経済学における実証分析のアプローチには、経済理論を前提においた「構造推定アプローチ」と、経済理論は用いずに統計的手法によって変数間の関係を推定する「因果推論アプローチ」の2つがある。

 同書で取り上げるのは前者のアプローチだ。経済理論を用いて消費者や企業の直面するインセンティブ(誘因)構造と意思決定をモデル化し、実際のデータを使ってその構造モデルを推定する。企業については、その行動を「利潤最大化問題」として記述し、価格設定、製品戦略や広告などの意思決定がどのような利潤構造に基づいてなされているのかを推定する。

 構造推定の最大の強みは、こうした理論モデルを用いることで、「もし別の政策や施策がとられていたらどうなっていたか?」という問いに答え、「反実仮想的な分析」ができる点にあるとアピールする。

 同書の解説によれば、2000年代くらいまでは、「ビジネスに役立つ経済学」といえばマクロ経済学とファイナンスの独擅場だった。経済学者が民間企業で働く場合、主な業務はマクロ経済モデルを用いた景気予測や資産価格モデルを用いた金融商品の価格付けだった。

IT企業で活躍する経済学者たち

 状況が大きく変化したのは2010年代以降。実証分析を得意とする多くのミクロ経済学者がIT(情報技術)企業で活躍するようになった。そこで活用しているのが実証ミクロ経済学であり、実証IOはその中核をなす。

 1990年代から2010年代にかけて、実証IOの研究者の間で、さまざまなビジネスシーンに対応するモデルとその推定方法の開発が進んだ。同書では、その中でも汎用性が高く、比較的すぐにビジネスでも活用できそうな手法を紹介している。「差別化された財の需要推定」「経済主体単体での時間を通じた意思決定モデルの推定」「静学ゲームの推定」「動学ゲームの推定」の4つである。

 企業にとって最も重要な課題である、利潤を最大化する価格を選ぶためには、需要関数(どの程度の価格を設定したら、どの程度販売できるか)を推定する必要がある。これが「需要推定」である。

 将来に何が起きるかを考慮しつつ意思決定をする消費者や企業について考えるのが「時間を通じた意思決定モデルの推定」だ。

 経済主体が他の経済主体の行動を考えて戦略的に行動するというゲーム理論的な状況を分析する「静学ゲームの推定」、ライバルとの将来の競争を考えて意思決定をする「動学ゲームの推定」と分析のレベルが上がっていく。

 同書では、4つの手法にそれぞれ1部(第Ⅱ~Ⅴ部)をあてている。コンサルティング・サービス会社の新入社員が、自動車の値下げ、ある病院での高額医療機器の導入、ハンバーガーチェーンの出店といった案件に対し、4つの手法を習得しながら顧客からの相談に対応していく姿を描いている。構造推定ではどんな問題を対象とし、どのように分析していくのかは、各章の冒頭と結び、および随所に配置されたストーリー部分を読むだけでも理解できるように工夫している。

(後編に続く)

写真/スタジオキャスパー

経済学で見れば、ビジネスが半端なく面白い!

誰もが知っている企業の豊富な事例をもとに、価格理論、ゲーム理論、情報の経済学、行動経済学、産業組織論など経済学の理論を使って、現実のビジネスの仕組みを解剖します。ビジネスの現場で日々起こっている興味深い現象の背後にある理屈が手に取るようにわかります。

伊藤元重著/日本経済新聞出版/2750円(税込み)