資本主義の限界に目を凝らす著作が相次いで出版されている。米中対立、ウクライナ戦争など国際政治が不安定化するなか、資本主義も転換が必要なのだろうか。「経済学の書棚」第15回前編は、資本主義を独自の視点で定義し直し、資本主義に対する闘争を呼びかける『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』と、人類史や科学史から得られる知見を生かしつつ、資本主義と科学の未来を見通そうとする『科学と資本主義の未来』を紹介する。
資本主義がテーマの本によくある流れ
資本主義の「限界」や「暴走」に目を凝らす著作の出版が切れ目なく続いている。一連の著作は、資本主義の現状や未来に不安を抱く人々に、明るい見通しや希望をもたらしているだろうか。最近、話題になった著作の特徴をまとめてみた。
「資本主義」をテーマとする著作を手に取ると、(1)資本主義が誕生した背景や歴史を描写する、(2)資本主義の定義を示す、(3)資本主義がもたらしている問題点を列挙する、(4)様々な国々の資本主義(社会主義を含む場合もある)を類型化する、(5)資本主義がもたらす問題を解決するための処方箋や、代替可能なシステムの構想を示す、という流れで構成されている場合が多い。
当然ながら著者によって重点の置き方は異なる。資本主義の構造や問題点を詳しく論じるものの、処方箋や代替システムについての記述が弱い本や、特定の国や地域に視野を限定した本もある。それぞれの著作から何を学び取ればよいのか、慎重に見極める必要があるだろう。
資本主義は「共喰い」のシステムと非難
米国の政治学者、ナンシー・フレイザー氏は『 資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか 』(江口泰子訳/ちくま新書/2023年8月刊)で、資本主義を独自の視点で定義し直し、資本主義に対する闘争を呼びかけている。フレイザー氏が参照するのはカール・マルクスの『資本論』第1巻。マルクスは、資本主義を生産手段の私的所有、自由な労働市場、資本の蓄積、市場メカニズムの4つの特徴からなる経済システムとして捉えるが、フレイザー氏は、資本主義はもっと広い意味を持つと主張する。
同書によると、利益第一の経済が機能するためには非経済的な支援が必要であり、資本主義とは、その支援を捕食する権限が経済に与えられた社会秩序を指す。
フレイザー氏は資本主義を「共喰い資本主義」と言い換え、家庭やコミュニティ、生息環境や生態系、国家能力や公的権力など、経済以外の分野の重要な要素をとことん喰い尽くすと指摘する。
さらに、マルクスが提唱した「搾取」の概念に「収奪」の概念を対置し、視野の拡大を求めている。資本家による搾取が可能な労働者は権利を有する個人であり、市民の身分を与えられている。一方、奴隷、植民地の住民、征服された先住民、債務労働者、不法移民などは政治的な保護を拒否され、繰り返し侵害されてきた。「暴力的に収奪される運命の労働者」は資本の共喰いを支える基盤として機能している。
「ケアの危機」も深刻だ。「家族の面倒を見て、家庭を切り盛りし、コミュニティの生活を維持する。友情を育み、政治的ネットワークを築き、連帯を強める」といった活動をフレイザー氏は「ケア労働」と捉える。資本主義は、社会的再生産の基盤をなすケア労働を組織的に貪(むさぼ)っている。
資本主義社会は、手当たり次第に自然を破壊する強い動機を持つ階級に人間と自然との関係を管理する権力を授けている。環境規制を設けたところで、企業の次善策に簡単に覆されてしまう。
公的権力は多国籍企業とグローバルな資金の流れには勝てない。資本に本来備わった構造によって、資本主義は基本的に反民主主義だ、とたたみかける。フレイザー氏が資本主義を見る目は極めて厳しい。
制度設計のプロセスを民主化せよ
フレイザー氏は、資本主義に代わるシステムとして「生態学的社会主義」を提唱する。「21世紀の社会主義」を検討する材料として、(1)生産を再生産から、搾取を収奪から、経済を政治から、人間社会を自然から切り離した「資本主義の境界線」を引き直し、より柔軟で透明性の高い境界とする、(2)人々の養育、自然の保護、民主的な自治を社会の最優先事項と位置づけ、効率や成長よりも重視する、(3)制度設計のプロセスを民主化し、法理論家が「ドメイン変更」と呼ぶ作業に私たち自身が携わる、といった構想を明らかにしている。
ただ、フレイザー氏自身が「私が描いたのは、明らかに不完全で準備段階の考えにすぎない。いまの時代に重要で最も差し迫った問題の一部に限られ、しかもまったく探索的な方法にとどまっている」と述べているように、明確な代替システムを提示できてはいない。
京都大学教授の広井良典著『 科学と資本主義の未来 <せめぎ合いの時代>を超えて 』(東洋経済新報社/2023年4月刊)は、人類史や科学史から得られる知見を生かしつつ、資本主義と科学の未来を見通そうとする著作だ。
現在は「第3の定常化」への移行期
人類の歴史を振り返ると、人口や経済の「拡大・成長」と「成熟・定常化」のサイクルをこれまでに3回繰り返している。拡大・成長から成熟・定常化への移行期には、それまでに存在しなかったような革新的な思想や観念が生まれる傾向がある。
第1のサイクルは現生人類(ホモ・サピエンス)が地球上に登場して以来の狩猟採集の段階。第2のサイクルは約1万年前に農耕が始まって以降の拡大・成長期とその成熟期。第3のサイクルは近代以降、直近までの300~400年間の工業化社会。現在は「第3の定常化」時代への移行期にある。
第1サイクルの移行期は約5万年前で、加工された装飾品、絵画や彫刻などの芸術作品が一気に現れ、「心(意識)のビッグバン」や「文化のビッグバン」と呼ばれる現象が起きた。第2サイクルの移行期は紀元前5世紀前後で、仏教、儒教、老荘思想、ギリシャ哲学、ユダヤ思想など現在に続く普遍的な原理を提起する思想が生まれた。「枢軸時代」や「精神革命」と呼ばれている。普遍思想の生成に伴い、やがて仏教芸術、教会建築、絵画などの様々な文化や芸術が開花した。
広井氏は21世紀を「世界人口の増加の終焉(しゅうえん)と人口高齢化の世紀」と位置づけ、「グローバル定常型社会」に向かうと予測する。ところが、多くの人々はいまだに「限りない拡大・成長」を前提とする思考様式や価値観にとらわれており、転換が求められていると強調する。
科学と資本主義の歴史を見ると、やはり現代は大きな転換期にあることが分かるという。科学革命が起き、資本主義が本格的に始動した17世紀が最初のステップで、科学の基本コンセプト(以下、コンセプトと略す)は物質と力である。19世紀に科学の制度化が進み、産業化の時代を迎える。コンセプトは物質/エネルギー。20世紀半ばから「科学国家」が成立し、「経済成長のための科学」という枠組みが成立する。コンセプトはエネルギー/情報。1980年代に科学のベンチャー化・商業化が進み、大学からのスピン・オフやベンチャー企業が増加する。コンセプトは情報/生命だ。
広井氏はこれに続く21世紀には「持続可能な福祉社会」のための科学の時代が到来すると希望を込めて予測する。コンセプトは生命(環境や生態系を含む)である。
「ケア」志向を強める科学の最前線
近代科学と資本主義は車の両輪であり、科学は「限りない拡大・成長」を志向する資本主義というシステムを支えてきた。その一方で近年、様々な科学の領域で「ケア」を志向する新たな方向が生まれている。ケアは「配慮」や「関係性」と言い換えられる広範な意味を持つ概念だ。人間とそれをとりまく環境や自然を連続したものとしてとらえるようになり、近代科学の基本的な軸であった「人間と自然の切断」(人間による自然支配)と「要素還元主義」という2つの原理が変容しつつある。
科学の最前線には変化が起きつつあるが、資本主義社会では今、2つのベクトルがせめぎ合っていると広井氏はみる。スピードと利潤をめぐる競争が極限まで展開し、労働の断片化や格差の拡大と並行して資源・エネルギーの争奪戦が進行し、その帰結として気候変動などの環境危機がさらに加速する「スーパー資本主義」、「スーパー情報化」のベクトルと、そうした価値観から脱する「ポスト資本主義」、「ポスト情報化」のベクトルだ。広井氏は科学と資本主義の歴史を踏まえ、後者への移行を求めている。
(後編へ続く)
写真/スタジオキャスパー


