トランプ関税が猛威を振るう貿易戦争をどのように理解すればよいのか。「経済学の書棚」第41回前編は、自由貿易体制が転機を迎えた背景、トランプ政権への評価、各国が目指すべき姿などを論じた『貿易戦争の政治経済学』、米国が仕掛けた貿易戦争は各国内の経済格差の帰結だとの見方を示す『貿易戦争は階級闘争である』、トランプ関税が失敗する理由を論理的に明らかにする『トランプの貿易戦争はなぜ失敗するのか』を紹介する。
2000年代前半から警鐘を鳴らす
ドナルド・トランプ米大統領による関税政策が世界経済を揺さぶっている。トランプ政権は2025年4月、世界各国を対象とする相互関税の導入を決定。2026年2月、米連邦最高裁判所が相互関税を違憲と判断すると、トランプ政権は直ちに、1974年通商法122条に基づき、150日間の期間限定で10%の追加関税を発動した。米国際貿易裁判所は2026年5月、追加関税は違法だと判断したが、トランプ政権は追加関税を新たな関税発動の準備期間を稼ぐための「つなぎ」と位置付けており、米国発の貿易戦争が収束する気配はない。
そもそも貿易戦争はなぜ起きたのか。前編では、その構造を解明し、各国・地域に対応策を提言する書を紹介する。
米プリンストン高等研究所教授のダニ・ロドリック著『 貿易戦争の政治経済学 資本主義を再構築する 』(岩本正明訳/白水社/2019年3月刊)の原書は2018年刊。著者は2000年代に入る頃からグローバリゼーションの行き過ぎは富の不均衡を悪化させ、国内の社会契約を毀損すると警鐘を鳴らしてきた。
第1次トランプ政権(2017~2021)の誕生後に出た同書は、グローバリゼーション、経済成長、民主主義、政治、経済学をテーマに執筆した論考をまとめた本だ。世界の自由貿易体制が曲がり角を迎えた背景、トランプ政権に対する評価、これからの各国が目指すべき姿などを論じており、グローバリゼーションを巡る議論の原点を確認できる。
著者によると、米国ではグローバルな貿易体制に対する評判はこれまで決して芳しいものではなかった。国民は地域経済協定を支持していなかったが、一致団結して行動を起こさない傾向があり、第2次世界大戦後、政策立案者は次々と貿易協定を締結できた。
国際貿易が政治の中心議題に
しかし、今日では、国際貿易は政治の議論の場で中心議題の地位に昇格している。グローバリゼーションを擁護することは、今の政治情勢では選挙での敗北を引き寄せる自殺行為と言えるほどにまでなっているとの認識を示す。
トランプ氏は貿易に対して国民が感じている不安感をきちんと見抜き、それをうまく利用した。ただ、彼は特定の個人や組織を攻撃し、感情の起伏が激しく、自国中心主義的な側面が強い。また、脅しや嫌がらせ行為に頼っており、実際の成功事例を自慢して大げさに言う傾向にある。ツイッター(現X)を舞台にした公開スペクタクルの様相を呈し、民主主義の規範を大きく侵している。米国人労働者や経済全体にはほとんどプラスになることはないだろうと厳しい審判を下している。
著者は、ポピュリスト政治家に批判の目を向ける一方で、グローバリゼーションと経済発展を改めてゼロから考え直し、自由民主主義の要件を最優先することについて、誠実で信念に基づいた協議を始めるべきだと唱える。
国際社会は貿易と資本の移動を妨げるあらゆる取引コストを取り除く「ハイパーグローバリゼーション」に向けて突き進み、世界貿易機関(WTO)を創設した。その結果、グローバル・ガバナンス(統治)が未整備なまま、国内の統治機構が弱体化してしまった。
市場は決してそれ自身で創造し、規制し、安定化し、正統化することはできず、市場以外の制度に依存している。市場が依拠する規制・法律上の取り決めを定めることができるのは、いまでも国民国家だけだ。国家の統治とグローバル・ガバナンスの間の健全かつ良識のあるバランスを取り戻さなければならない。著者はこうした考え方を「軽度の」グローバル・ガバナンスと命名し、国内の政策の優先順位をより尊重するよう求める。
国益に資する政策を重視せよ
経済の開放や金融とマクロ経済の安定、完全雇用、人的資本やインフラ、イノベーションへの投資といった政策は国内経済に資するものである。開放経済政策が望ましいのであれば、それはその国家の利益に資するからであり、他国の利益になるからではないと訴える。
経済政策には4つの種類がある。教育政策のように他国に影響がほとんど及ばない政策には国際的な協定は必要ない。地球温暖化など「グローバル・コモンズ」に関する政策では、強力かつ強制力のあるグローバル・ルールを構築した方が良い。その両極端のタイプの政策の間に、経常黒字を積み上げる「近隣窮乏化」政策と、農家への補助金、厳格さに欠ける金融規制、いい加減な所有権の保護といった「自国窮乏化」政策があり、前者はグローバルなレベルで規制する必要があるが、後者には規制は不要だと提案する。
グローバルな貿易や投資の活発化を目的としたルールに代わり、国内での政策立案を改善するよう設計されたグローバルな規範や手続き上の要件を通じて、グローバル・ガバナンスは民主主義の改善に大きく寄与する。透明性の向上、幅広い意見の代表、説明責任、国内の手続きにおける科学的・経済的証拠の利用などに関連するグローバルな規則を具体例として挙げている。
マシュー・C・クレイン氏とマイケル・ぺティス氏は『 貿易戦争は階級闘争である 格差と対立の隠された構造 』(小坂恵理訳/みすず書房/2021年5月刊)で、米国が仕掛けた貿易戦争は、各国内で広がる経済格差の帰結だとの見方を示す。
クレイン氏は経済ジャーナリスト、ぺティス氏は財政・金融が専門の学者。2人が参考にするのは、英国の経済学者で社会評論家のジョン・A・ホブソン氏(1858~1940)の論考だ。不平等の拡大でグローバル経済に歪(ゆが)みが生じたのは、今回が初めてではなく、19世紀末から20世紀はじめの世界と似通っている。ホブソン氏は巨額の余剰貯蓄を超富裕層の手に委ねた政治経済制度に問題の根源があると指摘した。「国内で健全な投資先を確保できない余剰資本」はどこかにはけ口を見つける必要があり、米国や欧州は帝国主義に走った。裕福な貯蓄家は有利な投資や投機を期待できる新天地を海外で見つける必要に迫られたのだ。
冷戦が終結して以来、不平等が急速に拡大し続け、国境を越えた経済的なつながりが深まる中で、ホブソン氏の見識がかつてないほど重要性を帯びていると強調する。
同書が示す構図は以下の通りだ。
世界の過剰生産を押し付けられる米国
貿易戦争は国家間の対立として表現されることが多いが、そうではない。これは主に銀行や金融資産の所有者と一般世帯の対立、すなわち超富裕層とその他大勢の対立(=階級闘争)である。各国内で富裕層以外の一般世帯の消費が低迷し、過剰となった製品在庫を米国に押し付けることで世界経済は成り立っている。
米国が国際貿易や国際金融に開放的なおかげで、欧州諸国や中国などの黒字大国の富裕層は、いつでも製品を売り付け、利益を確保し、安全な資産にそれを貯蓄できると確信し、労働者や退職者から思い切り搾取している。
ところが、「米国の経常赤字は米国の過剰な支出が原因。連邦政府が財政赤字を膨らませ、貯蓄の取り崩しが収まらない現状が貿易不均衡を生み出している」とみる論者は多く、「米国は消費支出を減らして国民貯蓄を増やせ」と要求を突き付けている。
同書はこうした批判を「見当違いだ」と退ける。米政府が緊縮財政を通じて消費の抑制を狙ったとしても、経常収支に重要な変化はないと予測する。米国では、財政政策は総貯蓄には影響を及ぼさず、経済の様々な部門間の貯蓄の配分を変えるだけだ。
現在、国際金融の流れは、最も生産的な機会を世界中で探し求める合理的な投資によるのではなく、与信条件や投機的な気分の変化が大きな原動力だ。米国の資産を外国人が貪欲(どんよく)に欲するため、海外からの資金流入に対応して米国の家計、企業、政府がそれぞれ行動を調整しているのだ。
この構造の下では、関税によって貿易不均衡の解消に取り組んでも、効果がなければまだよい方で、状況次第では有害にもなり得ると警告する。
貿易制度と資本移動の改革が不可欠
米国や黒字国は何をすべきなのか。同書では米国、中国、欧州の国・地域別に対策を提言している。米国への主な提言は以下の通りだ。
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(短期の対策)
- 望みもしない金融の流れを吸収する負担を民間部門から連邦政府に移す。雇用主に課す給与税を減らし、個人の所得控除を増やす。医療費を中心にセーフティネットを充実させる。
- 公共輸送とグリーンエネルギー関連のインフラへの投資を連邦政府が増やし、それによって海外からの金融の流れを吸収する。 (長期の対策)
- 所得の不平等、ならびに米国の金融制度に対する世界の不健全な依存という2つの問題に取り組む。
- 破綻した世界貿易制度の改革、特に国際資本移動の改革に率先して取り組む。
- 黒字国のエリート層に、自分たちの行動が招くコストの内在化を強制できる方法を見つける。
世界各国の所得格差が過剰生産(過剰貯蓄)につながり、その歪みを米国が一手に引き受けているとの説明は分かりやすいが、やや単純化し過ぎている嫌いがある。巻末の解説で青山直篤氏(朝日新聞記者)はこの点に触れ、ぺティス氏は「階級闘争」の枠組みに依拠するあまり、米中の貿易戦争がはらむ2大国の覇権闘争、あるいは体制間闘争としての性格を過小評価しているのではないか、貿易摩擦は国家間の権力や価値観を巡る対立と無縁ではないとの見解を示している。
スイス国際経営開発研究所(IMD)ビジネススクール教授のリチャード・ボールドウィン氏は『 トランプの貿易戦争はなぜ失敗するのか それでも保護主義は常態化する 』(伊藤元重監訳/笹田もと子訳/日本経済新聞出版/2025年9月刊)で、トランプ氏の関税政策に焦点を絞り込み、失敗する理由を論理的に明らかにしている。
同書の目的は4つある。第1はトランプ氏の貿易戦争の背景にある動機、経緯、目的を包括的に解説すること。第2はトランプ関税では当人が期待するような結果が得られないと証明すること。第3はルールに基づく多国間システムが受けた現時点のダメージを確認すること。第4は現状のシステムを守り、1930年代の再来を防ぐために、ほかの国では何ができるかを論じることだ。
米国の中間層にまん延する「不満ドクトリン」
トランプ氏の貿易政策は世界全体の流れの転換を意味している。この転換の核心にあるのは「不満ドクトリン」とも呼ぶべき、国民の被害者意識と遺恨を晴らしたいという思いだ。米国の中間層は苦境の原因とされてきたグローバリストのエリートたちに反撃すべくトランプ氏を大統領に選んだとみる。
しかし、トランプ氏の貿易政策が達成すると謳(うた)っている貿易赤字の是正、米国の再工業化、中間層の救済は実現できないと断言する。以下はその理由だ。
- 貿易赤字とは、マクロ経済の不均衡を反映したものであり、関税でマクロ経済の不均衡は是正できない。
- 再工業化に必要なのは、国内外の相対価格の操作以上のもの。構想、実行計画、継続的な努力を伴う本物の戦略がいる。関税では企業や産業の枠を超えた投資の調整や労働者の育成ができない。
- 関税はサービスにはかけられないため、大多数の米国の中間層が働く産業分野には効果がない。中間層の苦しみを生んでいる賃金の停滞、不安定な雇用、高すぎる医療、教育、住宅費といった構造的な問題を解消することもない。
中間層に苦しみをもたらしたのはグローバル化と自動化(=グロボティクス)だ。米国以外の先進国では、これらの衝撃への対応として、自動化や輸入競争の激化に労働者が適応できるように支援する社会福祉プログラムや政策を拡大したが、米国の労働者はこうした衝撃に個々で向きあうことになったと説明する。
同書はトランプ氏による貿易政策を世界貿易の体制(システム)のハッキングと表現する。トランプ氏は2018年に関税を引き上げ始め、ジョー・バイデン氏(大統領の在任期間は2021~25年)はその多くを撤回しなかった。ほかの国々はこの間に自由貿易協定を新たに結んだり、協定に参加したりするようになった。米国は世界貿易の枠組みの外に追いやられていると現状を分析している。
米国抜きの「集団的リーダーシップ」に期待
そのうえで世界貿易の将来に目を向け、「現実味のある」3つのシナリオを提示する。第1はコントロールの利いた多国間体制の漂流。地域間と2国間の貿易協定の締結が盛んになり、WTOの存在感は薄れる。政策は場当たり的で予見が難しくなる。世界はすでにこのシナリオに向けて進んでいる。
第2は貿易ブロックの対立だ。米国が単独のブロック、中国主導のブロック、欧州連合(EU)主導のブロックが存在する構図である。貿易は縮小し、リスクは高まり、効率よりも地政学が優先される。
第3は「集団的リーダーシップ」が主導する米国抜きの再グローバル化である。分散型のリーダーシップが連携したものであり、EU、中国、日本、英国、韓国、インドなどによる特定の組織を持たない緩やかな集まりだ。WTOは存続し、気候変動やデジタル貿易、人口動態の変化といった21世紀の課題に対して、貿易ルールを通した協調の中心拠点となる。第3のシナリオが実現する可能性は低いと著者はみているが、最も期待を寄せている。
米国が離脱して頓挫しかけた環太平洋経済連携協定(TPP)を救うため、集団的リーダーシップをまとめあげた日本に対する評価は高い。日本はほかの同盟国にはあまりない、規模、信頼性、ルールに基づく協力体制への揺るぎない献身を提供している。
これからの課題は米中どちらの陣営を選ぶかではなく、要(かなめ)として体制を支える能力を強化することだ。今後ますます障壁を設けることが選ばれがちな世界で、あいだをつなぐ存在(コネクター)として行動することが求められる。地道な外交、戦略的な忍耐、長期的な視野に立った姿勢は、依然として日本の最大の資産であるとエールを送っている。
(後編に続く)
写真/スタジオキャスパー
2025年4月2日、米国は世界貿易体制に正面から攻撃を仕掛けた。トランプ大統領による関税措置、つまり「貿易の大ハッキング」だ。米国が世界貿易秩序のリーダーから退いた今、日本はどう対応すべきか。国際経済学の権威がトランプ政権の関税措置発動の背景を明らかにし、世界の行方を展望する。
伊藤元重監訳/笹田もと子訳/日本経済新聞出版/3080円(税込み)




