世界の国々はどんなときに経済危機や金融危機に陥るのか。共通のパターンや教訓は歴史を追うことで明らかになるのか。「経済学の書棚」第30回前編は、過去100年の間に発生した国際金融危機を概観できる『教養としての金融危機』と、第1次世界大戦前後から現在までの間に発生した経済危機の原因を掘り下げる『経済危機の100年』を紹介する。

世界の国々はどんなときに経済危機や金融危機に陥るのだろうか。「経済学の書棚」第30回前編では、危機の歴史を検証し、共通のパターンを見いだしたり、教訓を引き出したりするのに役立つ本を紹介する
世界の国々はどんなときに経済危機や金融危機に陥るのだろうか。「経済学の書棚」第30回前編では、危機の歴史を検証し、共通のパターンを見いだしたり、教訓を引き出したりするのに役立つ本を紹介する
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第1次大戦後100年の危機を検証

 新型コロナウイルス感染症の急拡大で世界経済が危機に陥ったのは2020年。それからほぼ5年がたつ間にも、ロシアによるウクライナ侵略、トランプ米大統領による関税政策など世界経済を揺るがす出来事が相次いでいる。世界の国々はどんなときに経済危機や金融危機に陥るのだろうか。危機の歴史を検証し、共通のパターンを見いだしたり、教訓を引き出したりするのに役立つ本がある。

 宮崎成人著『 教養としての金融危機 』(講談社現代新書/2022年1月刊)は、過去100年の間に発生した国際金融危機を概観できる入門書だ。

『教養としての金融危機』(宮崎成人著)。過去100年の間に発生した国際金融危機を概観できる入門書。画像クリックでAmazonページへ
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 過去100年に焦点を絞ったのは、現代の国際金融危機は、第1次世界大戦後の状況に起源があると考えるためだ。19世紀後半に現代的な国民国家が成立し、第1次大戦後、固定相場制、経常収支の黒字と赤字、対外債務の支払い不能、緊縮財政と国民の不満、銀行の破綻と公的支援への批判といったテーマに立ち向かってきた。こうしたテーマは時代によって装いを変えつつも、本質は不変であり、国際金融危機を引き起こしてきたとの見方を示す。

 100年の間には無数の危機や混乱があったが、年代順に10の危機を取り上げた。影響力が特に広範囲に及び、世界経済の行方を左右した9つの危機と、将来を見据えた10番目の危機(の可能性)で構成している。1つの危機に1章を割り当て、危機が発生してから収束するまでのストーリーを簡潔に示しており、大きな流れをつかみやすい。

 一部を紹介しよう。第1の危機は1930年代。大恐慌が発生して第2次世界大戦に突入し、世界史上、最悪の悲劇的な時代となった。

 危機の原因は(1)国際金融システムを支える制度が硬直的だった、(2)米国から欧州に向かう資金の流れが逆流した、(3)各国が自国第一主義に立って国際的なリーダーが不在だった、の3点。

 戦間期の国際金融危機は、その後の危機の重要な論点を先取りしていると指摘し、(1)固定相場制(金本位制もその一種)の硬直性と脆弱性が明らかになった、(2)サドンストップ(海外からの資金の突然の干上がり)は経済活動に打撃を与える、(3)大恐慌で多くの一次産品の価格が低下し、それらの輸出国は収入が減って借り入れの返済に苦しむことになった、(4)本来健全な銀行であったとしても、預金の流出が継続するといつかは破綻する、と整理している。

 第1の危機は「放置されて失敗に終わった危機」であり、第2次大戦後、現在に至るまで、このような失敗を繰り返さないことが国際社会の共通認識となっていると総括している。

 第7の危機は1998年に発生した、ヘッジファンドのLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)危機。第8の危機は2008年の世界金融危機(グローバル・ファイナンシャル・クライシス=GFC)であり、両者には共通点がある。

金融機関やヘッジファンドの動揺が発端に

 従来、国際金融の危機は国家レベルの危機であり、経常収支赤字の穴埋め(ファイナンス)、為替レートの暴落、財政破綻による対外債務のデフォルトなどが典型的なパターンだった。ところが、金融業が巨大化した結果、1つの金融機関やヘッジファンドの動揺や破綻ですら、金融市場の混乱を招き、国際的な資金の流れを阻害する可能性があることがはっきりした。

 LTCM危機では米国がリーダーシップを発揮して危険な芽を未然に摘み取ったものの、その後も金融業の活動に大きな自由が与えられていた結果、GFCが迫っているのに米政府や金融界は気づかなかったと分析する。

 それでは第10の危機は起こるのか。100年間の経験は我々に「必ず次の危機は起こる」と教えるという。鍵を握るのは米国の動きだ。同書は新型コロナウイルス危機が広がった時期に出た本だが、2025年に再任したトランプ米大統領による関税政策で世界中が混乱している現在の状況を予見しているかのような記述もある。

 過去100年間のほとんどの時期は、米国の需要が世界中から輸入を引き寄せ、世界経済の成長と発展を実現していた。米国の経常赤字のおかげで、世界経済は繁栄していた。巨額の経常赤字を長期間継続する国は「調整」をすべきだが、米国が調整するとほぼ必然的に世界経済の成長率は低下する。移行過程でパニック的な危機が発生する可能性は高く、世界的な低成長に移行した後は、停滞による「長い危機」が起こるかもしれないと警告している。

 田中琢二著『 経済危機の100年 「危機なき世界」は実現するのか 』(東洋経済新報社/2024年5月刊)も、第1次世界大戦前後から現在までの間に発生した経済危機に焦点を当てる本だ。世界経済全体の動きを詳細に追いつつ危機の原因を掘り下げ、教訓を引き出している。「世界経済の100年史」としても読める内容だ。2022年に始まったウクライナ戦争による経済への影響もフォローしている。

『経済危機の100年 「危機なき世界」は実現するのか』(田中琢二著)。第1次世界大戦前後から現在までの間に発生した経済危機に焦点を当てる本。画像クリックでAmazonページへ
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 田中氏は大蔵省(現財務省)出身で国際通貨基金(IMF)日本代表理事を務めた経験もあり、同書全体を通じてIMFや国際協調の重要性を訴えている。随所でチャールズ・キンドルバーガー、ジョセフ・ナイ、ロバート・ギルピンら国際政治経済学の大家の言説を参照し、議論を深める。

危機の主要因は通貨不安と巨額債務

 経済危機を招く主な要因は何か。基軸通貨の不安定性、巨額の債務、資本の流れ、市場の不完全性、投機的行為など、さまざまな要因があり得るが、大きく分けると通貨と債務の問題が常に大きな経済危機の背景に存在していることが明らかになると指摘する。

 最終章では、100年間の経済危機のパターンを以下のようにまとめている。

 第2次大戦後、ブレトンウッズ体制の生成からニクソンショックやスミソニアン体制の崩壊に至ったのは、世界経済の中心である米国の通貨ドルが、固定相場制のもとで不安定性を内包していたことが主な要因だった。

 その後、ドルの基軸通貨としての役割は強化されたが、急激に資本が流れ込んだ東欧や中南米では、米国の高金利政策が進行する中で資本が引き揚げられ、急速な国際収支の困難に見舞われた。資本の流れと財政金融政策とが密接にリンクしており、危機の要因となった。

 1980年代前半を通じて、米国の高金利はドルの価値を著しく高め、国際収支の不均衡が拡大した。プラザ合意による国際協調は重要なリスク回避への対応策となった。1990年代に入ると、新自由主義の急速な進展に伴い、世界経済のパイは拡大するが、その背後には急激な資本の流入があった。あるきっかけで資本が急速に流出することで迎えた危機がメキシコ通貨危機(テキーラ危機)であり、アジア通貨危機だった。

 2000年代の米国では、信用の裏打ちとなる資産価値の不透明性により資産価格が急落した。金融機関経営への打撃となり、リーマンショックが発生した。これに続く欧州危機では、金融機関への厳しい見方がギリシャを含めた財政的に脆弱な国の債券へのスプレッドを拡大させ、財政の持続可能性と金融機関の経営に大きな打撃を与えた。

 こう総括したうえで、世界経済危機は再び起きるのかと論を進める。田中氏は、現在の世界経済はこれまでにない構造的な変容を見せているとみる。(1)地政学的なグローバルバランスの変化、(2)無形資産、サービス、人材の流れが世界経済の成長をけん引する(経済成長の質的な変化)、(3)食糧・エネルギー問題(ものが不足し、インフレが進行)、(4)世界を覆う債務問題、(5)パンデミックや気候変動問題、の5項目である。

国際協調で危機を回避せよ

 過去100年の経験と照らし合わせると、地政学的リスクを伴う経済の分断の度合い、債務水準、金利水準、通貨の安定性の動向によって危機を生みかねないと警鐘を鳴らす。最後に、次なる危機を回避するための対策として(1)通貨の安定に向けた努力(経済のファンダメンタルズの向上)、(2)自由貿易の強化、(3)債務問題への適切な対処(一部の国の債務再編)、(4)新たな視点で産業を生み出していくダイナミズム(国や企業の垣根を越えたエクイティの力)、(5)国際的な協力の強化、を挙げている。

(後編へ続く)

写真/スタジオキャスパー