経済危機の原因や望ましい予防措置や事後対応は、理論的にはどのように説明できるのか。「経済学の書棚」第30回後編は、金融危機の全体像を解説し、その理論で説明が可能な危機の事例も紹介する『マクロ金融危機入門』、バブル経済が発生する原理を解き明かす経済理論を提唱する『バブルの経済理論』、金融危機後に日本の金融システムはどのように変化し、どんな課題を抱えているのかを論じた『日本の金融システム』を取り上げる。
投資家の「信念」がバブルを生み出す
前編では、世界経済危機の歴史を丹念に追い、共通のパターンを抽出している著作を紹介した。後編では、経済理論やモデルの助けを借りながら、経済危機の原因や、危機に対応する政策の効果を明らかにする著書を取り上げる。
マーカス・K・ブルネルマイヤー、リカルド・レイス著『 マクロ金融危機入門 バブルはなぜ繰り返すのか 』(栗林寛幸、小谷野俊夫訳/慶応義塾大学出版会/2024年10月刊)は、著名なマクロ経済学者の2人が大学の講義を元に、マクロ金融危機の全体像を解説した書だ。経済理論とともに、その理論で説明が可能な危機の事例も紹介している。金融危機の基礎から最先端の研究内容まで、この一冊で学べる。
同書では、マクロ金融危機を理解するのに役立つ10の概念を取り上げ、第2~11章まで1つの概念に1章ずつを割り当てている。
第Ⅰ部(第2~4章)は「危機の前段階」がテーマ。「バブルと信念」と題する第2章では、投資家が他の投資家の行動を予測しようとするためにバブルが発生し、持続する姿を描き出す。モデルの説明に続き、該当する事例として、1980年代半ばの日本のバブルと1998~2000年のインターネット・バブルを取り上げている。
第3章「資本流入とその(誤)配分」では、資本が部門間および企業間でどのように配分されるかに着目する。貧しい国は、資源が少なく、投資機会が多いのみならず、資本を最も生産的な用途に配分する能力にも劣っている。また、貧しい国の金融市場には十分な厚みがない。特定の部門や企業を優遇する無数の税制や規制、腐敗を伴う政治的干渉や、ガバナンスの問題を抱えているためで、急激な金融統合は資本ストックを増やすが、誤配分を強めると指摘している。第4章「銀行と類似機関」では、流動的でない資産を流動性の高い資産に変換する銀行業務の難しさが危機の根底にあるとの見方を表明する。
第Ⅱ部(第5~8章)のテーマは危機の引き金と増幅だ。危機が増幅しながら伝播(でんぱ)するシステミック・リスク、支払い能力と流動性の区別の問題、金融部門と公共部門のつながり、安全資産への逃避といったテーマ別に危機が広がるメカニズムをモデルやグラフを使って解明している。各章の後半部分では、その章で取り扱った理論やモデルに当てはまる事例を挙げる。
為替レート切り下げで膨らむ債務負担
第Ⅲ部(第9~11章)は政策がテーマ。為替政策、非伝統的金融政策、財政政策が国際金融危機に与える効果を分析している。例えば、第9章「為替政策と回復の速さ」では、小国開放経済に触れ、不況からの回復は実質為替レートに部分的に依存すると解説している。実質為替レートが下落すれば輸出入の差である貿易収支は黒字に転じ、景気は回復する。
しかし、金融危機が原因となる不況は、この論理と処方箋を変えてしまう。外貨建てで借り入れをすることが多い新興経済圏では、為替レートが下落するとバランスシートのミスマッチが生じ、債務返済の費用が増加する。この場合、資本規制や為替介入によって為替レートの下落を防ぐ政策に一定のメリットがあるかもしれないと主張する。
経済・金融危機の前にはバブルが発生している場合が多い。櫻川昌哉著『 バブルの経済理論 低金利、長期停滞、金融劣化 』(日本経済新聞出版/2021年5月刊)は、バブル経済が発生する原理を解き明かす経済理論を提唱する書だ。
同書では、1980年代に日本で発生した土地バブル、2000年代にアメリカで発生した住宅バブルと証券化(安全資産バブル)、1980年代初頭のチリの経済危機、1980年代の北欧3カ国の住宅バブル、1990年代のアジア通貨危機の軌跡を追う。それぞれの国や地域でバブルが生まれた固有の要因を描写するとともに、バブルの物語に共通する普遍的な性質を見つけ出そうとしている。
経済学の主流派モデルである「効率的市場仮説」では、株価はあらゆる情報を反映している。市場を中心に据えた経済が正常に機能し、バブルが起きる余地はない。しかし、現実の世界は効率的市場仮説が考える世界とは程遠く、人々は完全に合理的でもなければ、市場が完全に機能しているわけでもない。
低金利下で生まれる「合理的バブル」
著者はここで「合理的バブル」という概念を提示する。バブル経済というと、合理的とはいえない投資家が陶酔と熱狂の渦に巻き込まれ、本来の価値以上の高値がついた資産に飛びつくイメージを持つ人は多いだろう。確かにそういうバブルも発生するが、長続きはしない。
一方、人々は合理的であっても市場が不完全であれば生じるのが「合理的バブル」であり、一定の期間、長続きするという。次から次へと現れる将来の買い手が、さらに高い価格で買い続けてくれるだろうという「期待の連鎖」が継続する限り持続する。日本や米国などで発生したバブルも「合理的バブル」といえる。
合理的バブルの世界をマクロ経済学の観点から眺めてみると、市場金利が経済成長率を下回るときに発生する。効率的な市場を前提とする主流派経済学の世界では、市場金利は成長率を上回り、バブルは発生しない。人々は市場で決まった金利で資金を借りたいだけ借りられる。
現実には金融市場は不完全であり、それゆえに存在しえるのが銀行である。金利が成長率よりも高い時期には堅実で慎重に融資をするはずの銀行が、いったんバブルが生じると豹変(ひょうへん)し、信用膨張と不動産価格の高騰のドラマを陰で操ることになるのは、まさに理論的帰結なのだと結論付けている。
政府債務が膨らみ市場経済は縮小
櫻川氏によれば、1990年代以降、資産バブルの重心は日本から東アジアへ、そして米国へと移動してきた。2000年代に米国の住宅バブルが崩壊すると、資金は中国へ還流した。ある地域で起きたブームは、資金を世界中から引き寄せ、国内のカネ余りを膨張させ、自信過剰と楽観主義のスパイラルとともに資産価格の高騰を引き起こす。しかし、バブルはいつまでも続かない。
こうしたバブルが崩壊した地域では、市場金利が成長率を下回り、「合理的バブル」が生まれる余地は残る。リーマン危機後、先進国政府は財政拡大と金融緩和で危機から脱出しようとした。資産バブルの暴落でできた空洞を、現金や国債という霞(かすみ)(バブル資産)で埋め合わせているにすぎない。政府債務が巨大になれば、経済の中で贈与の占める部分が大きくなり、市場経済は縮小する。政府債務残高が拡大しながら低金利を維持できるのはバブル経済だからであり、これこそ長期停滞と呼ばれる経済の姿だと喝破している。
本稿の最後に、祝迫得夫編『 日本の金融システム ポスト世界金融危機の新しい挑戦とリスク 』(東京大学出版会/2023年9月刊)に触れておきたい。
同書は金融危機そのものをテーマとする本ではなく、金融危機後に日本の金融システムはどのように変化し、どんな課題を抱えているのかを論じた専門書である。
祝迫氏らの研究者4人がオーガナイザーとなって2019年度にスタートしたミクロの金融・ファイナンス研究に関するプロジェクトから生まれた11本の論文をベースにしている。論文へのコメントも含めると、30人超の研究者が関与している。
近年の金融システムの変化を議論する上で避けて通れないテーマがフィンテックである。第Ⅰ部ではフィンテックによる技術革新の代表例である、決済手段と決済システムの現状と将来像を分析している。第Ⅱ部「銀行業の変貌と課題」では、銀行の存在感の低下と役割の変化について論じ、第Ⅲ部「ハイテク化する資産市場」は、電子化・高速化が進む株式市場や、指数連動型商品への投資行動がテーマだ。第Ⅳ部では機関投資家の行動やコーポレート・ガバナンスなどを取り上げている。
金融・ファイナンス研究のパラダイムシフト
同書によると、1990年代から2000年代中盤にかけて、米国を中心にアカデミックな研究と金融実務の両面で新古典派的なファイナンス・金融工学が繁栄のピークを迎えていた。
しかし、2008年の世界金融危機の発生により、日本を含む先進各国では、金融・ファイナンス研究のパラダイムに大きな転換が起こった。金融危機への政策対応と規制強化、「大き過ぎて潰(つぶ)せない」恐れがある金融機関の扱いなどが焦点となった。新型コロナウイルス感染症によるパンデミックに際しても、企業や個人をどこまで公的に救済すべきなのかが課題となった。
同書では、第Ⅴ部第11章「金融制度と危機対応――企業救済に関する理論と政策の課題」でこの問題を取り扱っている。
同章の著者である植田健一氏は、コロナ禍以降の政府による民間企業の広範な救済措置を俎上(そじょう)に載せている。短期の要求払い預金を受け取り、長期の産業資金や住宅資金を貸し出す「満期の変換機能」を持つ銀行は大きい価値を生み出しており、流動性危機を防ぐために救済する必要がある。こうした金融システムの特殊性を、植田氏も含めた多くの経済学者は人々に十分な説明ができなかった。その結果、大銀行が救済されるのであれば、一般の(中小)企業もいざというときに救済してほしいという民衆からのバラマキの要求をもたらしてしまったと反省の弁を述べている。
政府による企業救済は原則不要
債権の理論によれば、倒産制度や関連市場が整備されれば、個々の一般企業の救済は必要ない。財務の改善で将来、利益を産むのであれば、再生手続きをして債務を減免し、企業活動を続けてもらえばよい。そうでなければ破産して退出してもらうしかない。電力や通信など、外部性の形で大きな悪影響を及ぼす場合には政府は直接介入する余地があるものの、小さな太陽光発電会社などを救済する必要はないと訴える。
また、銀行は企業をある程度コストをかけて審査し、貸し出すべきかどうかを決定しており、公的な信用保証は企業を審査するインセンティブをなくすと懸念している。
世界金融危機の際、日本は企業に世界でもトップクラスの公金を投入した。コロナ禍に対応する補助金を違法に受け取る事例も続々と明らかになっており、国民経済上のコストといえる。民事再生法や会社更生法を使いやすくして銀行に倒産のコストを集中させ、政府の介入の間口を狭くしておくことが効率的な危機対応だと唱えている。
世界金融危機、コロナ危機、ウクライナ戦争後の物価上昇など、日本経済には相次ぎ難題が降りかかっている。日本政府はさまざまな支援措置や財政出動を重ねてきたが、日本経済が明るさを取り戻す気配はない。
経済・金融危機はなぜ起きるのか、どんな予防措置や事後対応が望ましいのか、原点に戻って考えるときかもしれない。
写真/スタジオキャスパー
利子率が成長率を下回るとき、バブルは必然化する。「低金利の経済学」誕生! 世界のバブルを分析、「バブル経済」の本質を歴史と理論から解明。バブルを介して現代のマクロ経済を捉え直す。
櫻川昌哉 著/日本経済新聞出版/4950円(税込み)




