市場メカニズムを生かすことが最も効率的であると考え、政府の役割を重視したケインズと対比される経済学の巨人ミルトン・フリードマン。彼の経済思想は今もなお大きな影響を与え続けている。「経済学の書棚」第42回前編は、フリードマンが書き、語った記録をくまなく調べ上げ、その生涯をたどり、フリードマンの経済学は終わっていないとする浩瀚(こうかん)な評伝『ミルトン・フリードマン 生涯と思想(上)(下)』を取り上げる。
アーカイブを調べ上げ、生涯を再現
ミルトン・フリードマン(1912~2006)は新自由主義の思想を世界中に広めた経済学者としてよく知られている。2026年は没後20年にあたるが、彼が唱えた経済学説や経済思想は世界中に大きな影響を与え続けている。反面、世界経済が不調や危機に陥るたびにフリードマンの名前が挙がり、危機の元凶として批判されがちだ。フリードマンとは何者なのか。今回は、彼の足跡を様々な角度から追いかける著作を取り上げる。
ジェニファー・バーンズ著『 ミルトン・フリードマン 生涯と思想(上)(下) 』(村井浩紀訳/日本経済新聞出版/2025年11月刊)は、フリードマンの思想の全体像を復元し、一般向けに提示しようとする書である。
歴史学者の著者は、フリードマンが書き、語った記録(アーカイブ)をくまなく調べ上げ、生涯を再現した。大学院生時代の受講ノート、共同研究者や友人たちからの書簡、さまざまな草稿、政治に関連した意見書、公刊された膨大な著作などを参照している。生涯をたどりながら、その間の彼の心理の変化を読者に伝えることを目指した。
一人の男性の伝記であるにとどまらず、過ぎ去った世界への哀歌であり、教訓に満ちた物語であり、思想の力をあますところなく証明した記録でもあると自己分析している。
フリードマンを「新自由主義のイデオローグ」だと批判する論者は多い。同書では、そうした評価に惑わされずに彼の思想や学説を丹念に追い、その奥行きや複雑さに迫ろうとしている。同書を通読し、フリードマンの真意や行動の背景を知ると、彼を「再評価」するまでには至らなくても、等身大の人物像をつかめるのではないだろうか。
以下では、同書が描き出すフリードマン像の一部を、いくつかのポイントに分けて紹介する。
●思想形成(上巻から抜粋)
生涯ずっと1930年代および40年代の国内(=米国)の問題、グローバルな問題に考えをめぐらせ続けた。彼の脳裏には、多くのユダヤ系の米国人たちと同じく、ホロコーストが大きく浮かんでいた。反ユダヤ主義を、国家という存在に備わっている危険性を端的に示す教訓だと受け止めていた。
大恐慌、ニューディール政策、第2次世界大戦を経て形成された政治状況に取って代わるものを確立するために、キャリアの大半を費やした。
一時、ワシントンでニューディール政策のために働いたが、ニューディーラーでもケインジアンでもなかった。連邦政府ではなく、価格システムに従って社会的厚生を改善する代替的なアプローチを発案した。
経済的、社会的、倫理的な問いを融合した政治経済学の滅びゆく伝統を通じて信念を形成した最後の経済学者の一人だった。
強固に結びついたシカゴ大の学者たち
●人間模様(上巻から抜粋)
シカゴ大学大学院の同期生で、妻となったローズはよき理解者であり、フリードマンの経済学の専門家としての側面、社会のために活動する知識人としての側面の両方に貢献した。マネーの研究で知的なパートナーとなったアンナ・ジェイコブソン・シュウォーツ、消費の分析で協力を得たマーガレット・リードらの女性の経済学者グループも研究の支えとなった。キャリアの各段階に彼の将来を左右する女性の同志たちがいた。
シカゴ大学を通じて結びついた男性の経済学者たちの友愛がもう一つの活力の源泉となった。フランク・ナイト、妻ローズの兄、アーロン・ディレクター、オーストリアの経済学者、フリードリヒ・フォン・ハイエク、フリードマンを指導したヘンリー・サイモンズから大きな影響を受けた。
●経済学の基盤(上巻から抜粋)
シカゴ大学の指導教員(ヘンリー・シュルツ)がヨーロッパに滞在していた1年間(大学院の2年目)、コロンビア大学でハロルド・ホテリングの指導を受けた。大学院の2年目が終わるまでに、新古典派の価格理論、貨幣数量説、制度学派の経済学、数理経済学を習得した。
経済学者がとりうる立場の広さを目の当たりにすることができたが、「シカゴ大学の経済学」の中核は価格理論であり、物事を判断する際の基準(準拠枠)や世界観、研究のための汎用の方法論として使うようになる。経済行動をさまざまな「場」のなかに位置づけて分析する統一的な理論として、言い換えれば、無秩序にも見える人々の行動のなかに分け入って、それぞれの出来事を決定づけるより大きなパターンを見抜く方法として、価格理論を受け入れた。
短期間で幕を閉じたマネタリズムの時代
●マネタリズム(下巻から抜粋)
『合衆国金融史 1867-1960年』(シュウォーツとの共著/1963年刊)で、「グレート・コントラクション(大収縮)」と呼ぶ期間にマネーの総量が33%急減したことを立証した。
中央銀行がルールに従い、マネーの総量を管理する政策(=マネタリズム)は微調整(=裁量的な金融政策)よりも優れているというアイデアは1980年代に浸透した。マネタリズムは学術的な理論の一つというよりは、政治経済システム全体を表現していた。
ロナルド・レーガン米大統領はフリードマンを尊敬していた。マーガレット・サッチャー英首相はフリードマンとのつながりを大切にした。しかし、米国と英国が実行したマネーの総量を管理する政策は失敗に終わり、マネタリストの時代は長く続かなかった。
●著者による総合評価(下巻から抜粋)
マネタリズムは失敗に終わったが、フリードマンが夢見たものにかなり似通った世界が出現した。資本は国境を越えて自由に動くようになり、政治家たちは減税の実現に重点的に取り組んだ。教育分野ではバウチャーという新しいアイデアが注目された。軍隊は徴兵制ではなく志願兵によって組成されるようになり、反トラスト政策はシカゴ大学の博士号取得者たちによって変革を遂げた。政治家たちは経済成長を生み出すため、連邦政府の予算よりも連邦準備制度(Fed)の方に目を向けた。政府の規模は全体として縮小しなかったものの、その拡大のペースは鈍化し、やがて安定した。なかなかの快挙であり、フリードマンは歴史をつくったと言えるかもしれない。
著者はフリードマンを手放しで礼賛しているわけではない。フリードマンはシカゴ大学退職後に出演したテレビ番組「選択の自由」で、「ニューディール政策以降の50年間は自由の尊重からの危険な逸脱だ」と主張し、自由市場を重んじ、決まりも規制もほとんど存在しなかった19世紀の「金ぴか時代」と対比させた。「しかし、それは大恐慌につながっていったのではなかったのだろうか」と彼が番組で披露した認識に疑義を呈している。
今も生きるフリードマンの思想
また、1964年公民権法に反対したフリードマンの姿勢に全く同意できないと述べるなど、ときに彼の言動に厳しい視線を送るが、新自由主義を批判し、「フリードマンの時代は終わった」と一刀両断にする論調には断固として反対する。
「フリードマンはあまりに根本的な思想家であり、脇に遠ざけることはできない。彼は財政革命からブレトンウッズ体制崩壊まで現代世界の創造の場面に立ち会った。彼の理論と著作は新しい道を切り開こうとする人々にとっての護符だった」と高く評価し、「彼の思想は、我々がいるこの瞬間を深く形づくっており、意のままに捨て去ることはできない。フリードマンの経済学は終わったと宣言しても、実現しない」と断言している。
(後編に続く)
写真/スタジオキャスパー
ケインズと並び、20世紀世界に最も影響を与えた経済学者、ミルトン・フリードマン。フリードマンの公刊および未公刊著作を徹底的に調査した本書は、彼の非凡な全生涯を丹念かつ精緻に再現すると同時に、現代世界に対するフリードマンの巨大な知的影響力を明らかにする。
ジェニファー・バーンズ著/村井浩紀訳/日本経済新聞出版/5500円(税込み)


