経済の成長は人々の幸福の増進につながるのか? どうすれば幸福は指標化できるのか? 「経済学の書棚」第43回後編は、人々の幸福を見える化して政策に活かそうとする『幸福の測定』、人々の厚生を計測する手法、計測を巡る論点を概説した『社会厚生の測り方』、ウェルビーイングを向上させる社会をつくる方法を探る『ゆたかさをどう測るか』など、幸福の測定をテーマとする著作を紹介する。

経済成長は必ずしも人々の幸福の増進にはつながらないとの見方を裏付ける研究が積み重なり、「成長至上主義」を批判する声が強まっている。「経済学の書棚」第43回後編では、「幸福の測定」をテーマとする著作を紹介する
経済成長は必ずしも人々の幸福の増進にはつながらないとの見方を裏付ける研究が積み重なり、「成長至上主義」を批判する声が強まっている。「経済学の書棚」第43回後編では、「幸福の測定」をテーマとする著作を紹介する
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幸福には「共通の傾向」がある

 国内総生産(GDP)の増加(経済成長)は各国共通の目標である。その一方、経済成長は必ずしも人々の幸福の増進にはつながらないとの見方を裏付ける研究が積み重なり、「成長至上主義」を批判する声が強まっている。後編では、「幸福の測定」をテーマとする著作を紹介する。

 鶴見哲也、藤井秀道、馬奈木俊介著『 幸福の測定 ウェルビーイングを理解する 』(中央経済社/2021年11月刊)は、人々の幸福を「見える化」し、政策に活かそうとする本。著者の3人は、幸福度、環境経営、持続可能性の評価手法などを専門とする研究者だ。

『幸福の測定 ウェルビーイングを理解する』(鶴見哲也、藤井秀道、馬奈木俊介著)。人々の幸福を「見える化」し、政策に活かそうとする本。画像クリックでAmazonページへ
『幸福の測定 ウェルビーイングを理解する』(鶴見哲也、藤井秀道、馬奈木俊介著)。人々の幸福を「見える化」し、政策に活かそうとする本。画像クリックでAmazonページへ

 同書では、幸福とウェルビーイングを同じ意味で使っている。幸福については、哲学、倫理学、宗教学といった学問において理論的な議論がなされてきたが、近年、世界各国で大規模なアンケート調査が行われるようになった。アンケート結果を統計的に分析すると、大部分の人々に「共通の傾向」があることが、心理学や経済学などの実証的な学問領域で見いだされてきている。その結果を政策に活かせば人々の幸福度の底上げにつながるとの期待を示している。

 前半(第1~6章)では、著者らの研究成果や著名な研究者の研究を紹介しながら、学術的に、幸せになるためのカギ・処方箋を提示する。日本国内を対象とした30万人、世界各国を対象とした10万人のアンケート調査を活用した分析を土台にしている。特に、「あなたは全体としてどの程度幸せですか」と質問し、1~5の5段階などで回答させる「主観的幸福度」と呼ばれる指標に注目している。

 主観的幸福度の国際比較でよく知られているのは、国際連合の持続可能な開発ソリューション・ネットワークが発行している「世界幸福度報告」だ。このランキングで報告されている幸福度は主観的な「人生の評価指標」である。0の段が最も低く、10の段が最も高い「はしご」を想像し、自分がどの段にいるかを回答する。この指標は自分と「誰か」を比較した相対的な幸福度といえる。

 日本は近年、50~60位台で、先進国で最低水準。著者らはこの報告書を参照し、世界トップレベルのフィンランドと比較しながら日本人の幸福度が低い理由を探っている。また、日本国内を対象としたアンケート調査なども参考にしながら、日本人の特徴を浮かび上がらせている。

 以下は著者らによる各章の「まとめ」からの一部抜粋である。

  • 相対的な幸福度を測る指標として、国連をはじめとする多くの研究機関で幸福度指標が活用されている。
  • 経済発展が幸福度の上昇に結びつく関係性は限定的であり、働き方や人間関係、住みよさや自然とのつながりなど、さまざまな要素が複雑に結びつくことで、幸福度の大きさを決定している。
  • フィンランドの事例から、働き方や人間関係、住みよさや自然とのつながりに加えて、助け合いの精神や利他的な行動が人々の幸福度を高める効果が指摘されている。
  • 経済的な豊かさは長期的な視点で判断される「人生の評価」に対してはプラスの影響を与え続けるが、短期的な視点で判断される「感情の幸せ」に対しては、豊かさが一定水準を超過すると、プラスの効果が得られにくくなる。
  • 働き方が幸福度に及ぼすプラスの効果として「働きがい」が、マイナスの効果を与える要素として「健康問題」や「家庭問題」が挙げられる。
  • 居住者の地域への愛着や自然とのつながりが、幸福度と深いかかわりを持っている。

都道府県別の幸福度ランキングを掲載

 同書では、日本人の幸福度について、性別、年齢、ライフステージ、保有資産、収入、居住地(都道府県)などによる特徴も解析している。

 後半の章(第7~10章)には、都道府県のほか、政令指定都市、東京23区の「主観的幸福度」の比較表(総合順位と項目別順位)を掲載している。自分の居住地は相対的な幸福度が他地域に比べて高いのか低いのかを確認できる。

 マーク・フローベイ著『 社会厚生の測り方 Beyond GDP 』(坂本徳仁訳/日本評論社/2023年4月刊)は、人々の「厚生」を計測する手法、計測を巡る論点を概説した書である。GDPに代わる社会厚生の尺度に関する理論の基礎と、代替指標の問題点を検討した総説論文「Beyond GDP:The Quest for a Measure of Social Welfare」(2009)の邦訳が同書の中核をなす。

『社会厚生の測り方 Beyond GDP』(マーク・フローベイ著)。人々の「厚生」を計測する手法、計測を巡る論点を概説した書。画像クリックでAmazonページへ
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 専門家以外の読者の理解を助けるため、訳者の坂本氏(社会選択理論や厚生経済学などが専門の研究者)は、各章の冒頭に「概要」、各章の最後には厚生経済学の「短い歴史」、人間開発指数(HDI)といったタイトルの「訳者コラム」や、顕示選好の議論、アローの不可能性定理、効用の個人間比較、心理尺度などの基礎用語を解説する「訳者メモ」を挿入した。

 訳者によると、フローベイ氏は規範経済学の分野の世界的なリーダーの一人。ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・セン氏の理論分析を受け継ぎ、発展させてきた重要な人物であり、訳者はフローベイ氏を尊敬し、研究者としての目標の一つにしてきたという。

社会厚生を測定する4つのアプローチ

 同書(総説論文)の目的は、最先端の厚生経済学に照らし合わせ、社会厚生の測定に関する主要な代替アプローチの長所と短所を、政策評価、国際比較、異時点間比較の観点から検討すること。取り上げるアプローチは4つで、それぞれのアプローチの問題点を掘り下げている。概略は以下の通りだ。

 第1は、福利の非市場的な側面と持続可能性への利害を特に考慮した「補正GDP」。社会厚生の尺度として国民所得を出発点とするが、一般に想定されているよりもはるかに経済理論の裏付けがない。

 第2は、「国民総幸福量」。幸福研究の発展によって復活した考え方であるが、重大な但し書きなくして、主観的幸福度を社会評価の指標として使うことはできない。最近の幸福研究と、自由主義と功利主義に関する先行研究との間のより良い関係が生まれることが望ましい。

 訳者の概要(第5章「幸福」)によると、主観的幸福(感)には少なくとも、(1)認知的評価(自分の人生が幸福か否か内省的に評価する)、(2)感情(自分は幸福・不幸だと感じている)、の2つの側面がある。しかし、心理学・経済学の研究では主観的幸福の多元性を分離できていない調査が多い。主観的幸福は人間の「順応」(快楽への慣れと願望の軌道修正)に左右されるため、物質的な豊かさの評価は、立脚する哲学の立場(功利主義=快楽厚生主義、満足度厚生主義、自由主義)によって異なる判断となる。

 第3は、セン氏の「潜在能力アプローチ」。精密な測定方法というよりもむしろ思考の枠組みとして提唱した。推進者の多くは、合成指標の作成には消極的であるが、人間開発指数(HDI)は例外だ。大事な点は、潜在能力に関連した次元に対する個人の評価を考慮できるか、もしくは考慮すべきか、である。

 第4は、HDIの手引きに導かれた数々の「合成指標」。さまざまな項目における社会的成果の集計尺度を加重平均して作成する。第1~3のアプローチが十分に活用されれば、第4のアプローチを存続させる理由はほとんどなくなる。社会の構成員間の貧富の差と福利の分布を考慮するのに適していないためだ。

規範経済学の手引きに

 同書には、総説論文の邦訳(序論、第1~6章、結語)に続いて「訳者解説」を収録し、総説論文に関連する研究や歴史的な背景、その後の理論展開を補足した。規範経済学および関連分野に関心を持つ読者の学習の手引きを目指している。

 理論経済学、市民社会論などが専門の山田鋭夫著『 ゆたかさをどう測るか ウェルビーイングの経済学 (ちくま新書/2025年2月刊)は、ウェルビーイングを向上させる社会をつくる方法を探る書だ。

『ゆたかさをどう測るか ウェルビーイングの経済学』(山田鋭夫著)。ウェルビーイングを向上させる社会をつくる方法を探る書。画像クリックでAmazonページへ
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「ゆたかな生」を目指そう

 著者はウェルビーイングを「ゆたかな生」と言い換え、各個人が人間としてゆたかに成長し活躍し得るような生を全うすることと定義している。人々が自らの生をゆたかに創造し享受することによって、社会全体としても安寧と連帯と躍動が生み出されるような状態だとみている。

 「ゆたかな生」とは本質的に何であり、それをどう計測し、どう創出していけばいいのかを論じている。テクニカルな計測技術の細部に立ち入るのでなく、計測法に体現されている経済社会観やその将来像を問うのが、同書の趣旨だ。

 まず、国内総生産(GDP)を俎上(そじょう)に載せ、その功罪を検証する。1人当たりGDPは人々のウェルビーイングの真実に迫り得ているのかと厳しい視線を送り、人間の潜在能力の開花、広く深い相互扶助の絆、生活の質の向上といった、ゆたかさこそ今日、真正面から取り上げられるべきだと訴える。

非営利セクターの活動に期待

 著者は、市場でも国家でもない組織からなる経済圏(第3セクター)に目を向ける。このセクターの活動は「社会的経済」と呼ばれてきたが、近年は「社会的連帯経済」という言葉が普及してきた。「倫理動機と水平的調整に基づくコミュニティ/市民社会」における活動だと解説している。

 経済学者のカール・ポランニーは「人間の経済における主要な統合形態」は、互酬、再分配、交換だと指摘した。再分配は国家、交換は市場を統合する形態であり、互酬は対等な相互依存関係のうちにある諸集団を統合する。著者はこうしたポランニーの思考を取り入れ、議論を展開する。

 市場や国家は、教育・医療・福祉・文化など「人間形成」「人間開発」にかかわる基礎的な対人サービスにきめ細かく丁寧に対応できていない。市場の失敗、政府の失敗、家族の失敗が重なると、小回りのきく対人社会サービスの活動は絶対不可欠となってくる。これを「人間による人間の生産」と著者は命名し、非営利セクターの活動に期待を寄せる。

 同書の後半では、GDPに代わる主なウェルビーイング指標を総ざらいし、各指標の特徴や長所・短所を整理している。最終章では、ウェルビーイング社会をつくるということは、新しい互酬性(自由な諸個人たちによる互酬性)の原理が――圧倒的に支配的になるとは言わないまでも──いっそう優勢になる社会へと進んでいくことであると強調している。

 GDPの限界を指摘する声は古くからある。GDPに代わる指標の作成や計測にも長い歴史があるが、GDPを乗り越える存在にはなっていない。私たちは「経済成長」に代わり得る価値観を見いだし、ウェルビーイング社会をつくることができるだろうか。

写真/スタジオキャスパー