移民受け入れ賛成派と反対派の溝を埋め、適切な政策を打ち出すにはどうすればよいのか。「経済学の書棚」第20回後編では、移民による恩恵に着目して「経済学的に検証された結果」を紹介する『移民の経済学』、経済学者が分析の対象から外しがちな移民と文化の関係に切り込んだ『移民は世界をどう変えてきたか』を取り上げる。
前編
「日本も避けて通れない移民問題 是非を問う経済学者の本」
移民によって「得する人」と「損する人」
移民問題を巡る議論は尽きない。移民受け入れ賛成派と反対派の溝を埋め、適切な移民政策を打ち出すにはどうすればよいのだろうか。
友原章典著『 移民の経済学 雇用、経済成長から治安まで、日本は変わるか 』(中公新書/2020年1月刊)は、移民が私たちの生活に与える影響について「経済学的に検証された結果」を紹介する本だ。経済学者は総じて移民受け入れにプラスの評価を下しがちだが、マイナス面に目を向ける研究も含めてバランスよく取り上げている。
移民による「恩恵」があるとしても、すべての人が等しく享受するわけではなく、「得する人」と「損する人」が出てくる。移民受け入れの賛否を判断するとき、経済的な損得勘定が重要な要素となることが海外の研究から分かっている。同書では、どんな人が得をし、なぜ損をする人がいるのかに着目する。
損得勘定を押さえたうえで「どうするべきか」を議論すればよいが、道義的な観点からの議論は別の書籍などに譲ると説明している。
移民は労働市場にどんな影響を与えるのかは、経済学者たちにとって大きな関心事だ。移民によって受け入れ国側の市民の賃金が下がったとしても、その程度は限定的で小さいと結論付ける研究が多いと指摘しつつ、本稿の前編で著書を紹介したジョージ・ボージャス氏が「移民と競合する労働者の賃金は下がる」と証明した研究にも触れている。
同じテーマを扱っているのになぜまったく違う結果が出るのか。著者によると、世間を賑(にぎ)わすトピックスは多くの研究者をひきつけ、研究が盛んになる。議論は目まぐるしく進展し、ときには次々と違う結果が出て、その過程でいろいろな論点が洗い出される。移民と市民は代替するという仮定が妥当かどうかという論点は一例だ。研究結果が二転三転するのは、新規性が求められ、議論が進行形で精緻化され続けていることが関係しているという。
この説明は一般論としては正しそうだが、移民問題を巡る議論にも当てはまるのだろうか。個々の学者の研究結果は二転三転しているわけではない。学者の間で意見の対立が続く現状を見る限り、学界としての合意形成は難しいだろう。
結局、移民を受け入れると市民の賃金はどうなるのか、はっきりとした結論は出ていないという。社会科学では「移民(多様性)は好ましい」とする傾向があり、肯定的な論文に比べ、否定的な結果を示すと受理されにくいという「出版バイアス」がある。その中で、ボージャス氏が多くの論文を発表できたのは、イデオロギーには触れず、移民の効果を測定する技術的な貢献をしたからだという、ボージャス氏の自己評価を紹介している。
同書では、経済成長、人手不足や女性の活躍、住宅・税・社会保障、イノベーション、治安をテーマとする章をそれぞれ設け、テーマ別に研究成果を紹介している。
「住宅・税・社会保障が崩壊するのか」と題する第4章では、「アメリカの都市では、都市人口の1%に相当する移民が新たに流入すると家賃や住宅価格が1%程度上昇する。移民流入前から家を持っている人は得をするが、家賃を払っている人は損をする。資産所有者と非所有者との間で、新たな経済格差を生む可能性がある」といった研究を取り上げている。
「治安が悪化し、社会不安を招くのか」(第6章)では、移民が社会や制度に与える影響を考察し、関連する研究を列挙している。以下はその一部である。
- ヨーロッパの国を対象とした分析では、多様性と信頼は無関係だという結果も多い。
- 現代社会に見られる多様性と信頼感の喪失の関係は、経済的不平等に起因するところが大きい。
- 移民が増えると犯罪が増えるという証拠はない。
- 移民の地位を合法化すると犯罪率が減少する。
- 移民が伝染病を持ち込むとはいえない。旅行者や観光客が伝染病を持ち込む危険が指摘されている。
終章の「どんな社会を望むのか」では、日本の選択について論じている。少子高齢化が進行する日本で、今後とも経済成長を志向するのであれば、労働力不足を補う移民の受け入れや技術革新による生産性の向上が求められるとの見方を示す。ただ、移民受け入れといっても、建設やサービス業などの労働力不足に力点を置くのか、研究分野に限って外国人を活用するのかによって受け入れる外国人の数や性質が変わると説明している。
日本社会の3つの選択肢
そのうえで、今後の社会の方向性を(1)変化を望まない「現状維持」、(2)移民を受け入れる「多文化共生」、(3)AI(人工知能)・ロボット社会を推進する「技術革新」に分類する。
持続的な経済成長を目指すのであれば、多文化共生や技術革新の社会の方が適しているが、現実にはすべての変化が同時進行で起こるので、3つのうちのどれか1つを選ぶわけではなく、どの側面に比重を置くかという議論になると論点を整理している。
友原氏は移民受け入れにある程度、楽観的な考えを持っているが、移民による受益者と被害者から目を背けず、得られるものと失うものをきちんと認識したうえで、将来どのような社会を築きたいのかを改めて考えてみてほしいと訴えている。
移民は受け入れ国に文化を持ち込む
経済学者が分析の対象から外しがちな、移民と文化の関係に切り込んだ著書がある。ギャレット・ジョーンズ氏は『 移民は世界をどう変えてきたか 文化移植の経済学 』(飯嶋貴子訳/慶応義塾大学出版会/2024年4月刊)で、移民が受け入れ国の文化に与える影響を論じる学術研究を整理している。ジョーンズ氏は経済学者だが、取り上げているのは経済学の範疇(はんちゅう)に収まる研究だけではない。
同書で紹介している研究の一部を列挙する。
- 貯蓄率、信頼に対する考え方、政府規制と個人の責任に対する考え方など、移住後も実質的に生き残る態度の多くが、その国の豊かさに関わっている。
- 過去500年間の移民の歴史を見ると、統治制度が整い、農業が定着し、技術が進んだ国から人が移り住んできた国は繁栄している。
- 国の繁栄を左右するのは場所よりも人の力。
- 雇用主にとって求職者の「多様性」は利点がある。エリート層は雇用主によって様々な項目でふるいにかけられる場にいる可能性が高く、利点のほとんどを得られる。エリート層は「多様性」に対する疑念を不可解だと考えがちだ。
- グループのパフォーマンスに対して多様性はマイナスの効果をもたらしやすい。
- 民族の異質性と公共財の提供不足との間には関連がある。
- 世界でイノベーションやすぐれたアイデアを生み出すのは7カ国(アメリカ、中国、ドイツ、イギリス、日本、フランス、韓国)に限られている。中国を除き、汚職率が低く、広範な市場を擁し、まともな法制度を有する。全世界は、最良の制度を持つ最大の国々が新境地を開拓したときに何かを得る。
- こうした国々が貧困国から大量の移民を受け入れ、統治と制度の質が少しでも打撃を受ければ、10年か20年のうちに素晴らしい新アイデアのストックが減り、世界の国々の損失につながる。
- スキルの多様性は国の繁栄にとって良いものだが、文化の多様性と結びついた民族の多様性は破壊的な対立のリスクを高める。
著者は、文化がかなりの程度まで移住後も生き延びる理由は本当のところ正確には分かっていないという。しかし、理由は分からなくても、文化的な多様性のリスクを踏まえてこそ、すぐれた経済政策や移民政策を構築できると主張している。
今回は、移民問題を巡る学術研究を紹介する本を取り上げた。著者によって見解の違いは大きく、「何を信じればよいのか」と戸惑う人もいるだろう。「結論は出ていない」という記述も多く、即効薬を求める人には物足りないかもしれないが、どんな論点があるのかを知るだけでも意義はある。日本は外国人労働者とどのように向き合っていくのか。「移民先進国」を対象にした研究から学べる点は多い。
写真/スタジオキャスパー


