資本主義をもっとうまく活用し、問題を解決する方法はないのだろうか。「経済学の書棚」第32回前編では、「自由」の意味を問い直し、「道徳的価値を実現する経済・政治システム」の実現を説く『スティグリッツ 資本主義と自由』、パーパス経営の実現を軸に、資本主義を再構築するための基本原則と具体策を挙げる『資本主義再興』を取り上げる。

資本主義について論じる著書が次々と登場している。「経済学の書棚」第32回前編では、資本主義がもたらしているものを再確認し、資本主義のあるべき姿や、近未来像を提示する著書を取り上げる
資本主義について論じる著書が次々と登場している。「経済学の書棚」第32回前編では、資本主義がもたらしているものを再確認し、資本主義のあるべき姿や、近未来像を提示する著書を取り上げる
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新自由主義を批判する1冊

 資本主義は多くの問題を抱えているものの、社会主義や共産主義が人間に大きな不幸をもたらしたことは歴史が証明している。資本主義をもっとうまく活用し、問題を解決する方法はないのだろうか。

 本連載第15回では、資本主義をテーマとする著書は(1)資本主義が誕生した背景や歴史を描写する、(2)資本主義の定義を示す、(3)資本主義がもたらしている問題点を列挙する、(4)様々な国々の資本主義(社会主義を含む場合もある)を類型化する、(5)資本主義がもたらす問題を解決するための処方箋や、代替可能なシステムの構想を示す、という流れで構成されている場合が多いと説明し、話題の本を紹介した。

 資本主義に対する関心の高さを反映し、その後も資本主義について論じる著書が次々と登場している。今回は「反資本主義」や「脱成長」を唱える著書は避け、資本主義がもたらしているものを再確認し、資本主義のあるべき姿や、近未来像を提示する著書を取り上げる。

 ジョセフ・E・スティグリッツ氏は『 スティグリッツ 資本主義と自由 』(山田美明訳/東洋経済新報社/2025年5月刊)で、ジョン・ロールズやアダム・スミスらの思想を参照しながら「自由」の意味を問い直し、「道徳的価値を実現する経済・政治システム」の実現を説く。主に米国の現状を意識して執筆している。

『スティグリッツ 資本主義と自由』(ジョセフ・E・スティグリッツ著)。「自由」の意味を問い直し、「道徳的価値を実現する経済・政治システム」の実現を説く。画像クリックでAmazonページへ
『スティグリッツ 資本主義と自由』(ジョセフ・E・スティグリッツ著)。「自由」の意味を問い直し、「道徳的価値を実現する経済・政治システム」の実現を説く。画像クリックでAmazonページへ

 2001年にノーベル経済学賞を受賞した著者は、貧困や格差の問題に目を向け、新自由主義を批判する論客として知られている。

 同書によると、新自由主義(規制も束縛もない市場を信奉する思想)は大規模な不平等をもたらし、ポピュリストを生み出す格好の材料を提供している。金融市場を自由化してこの75年間で最大の金融危機を引き起こし、貿易の自由化により産業の衰退を加速させ、企業に消費者や労働者や環境を搾取する自由を与えた。

 新自由主義の経済学者たちは、その見解を支持する理論を構築し、当然のようにそれを新古典派経済学と呼んだ。「新」という言葉により、その理論が以前より堅固な基盤の上に置かれていることを強調するが、実際には古典派経済学に数学的駄文を加えただけだと糾弾する。

ある人の自由は、ほかの人の不自由

 著者は「ある人の自由は、往々にしてほかの人の不自由につながる」との認識を繰り返し示す。ミルトン・フリードマン(1976年にノーベル経済学賞を受賞)は「選択の自由」の重要性を強調したが、きわめてわずかな収入しかない人には、選択の自由などほとんどない。右派(=連邦政府の役割や共同行動を制限するべきだという考え方では一致している複数の集団を指す)は自由の意味を単純化して使うが、自由の意味はもっと複雑だという。

 自由の限界を適切に設定し、適切なルールや規制を構築し、なるべく多くの市民の自由を向上させられる可能性がある経済・政治・社会システムの構築を提唱する。こうした理想のシステムを「進歩的資本主義」と呼び、「新自由主義的資本主義」と決別するよう訴える。

 民間の営利企業は申し分なく効率的であり何の害も及ぼさないというのはつくり話であり、適切に機能する社会には、ルールや規制、公共機関、税金を財源とする公的支出が欠かせない。

「進歩的資本主義」が守る政治的な自由

 政治的自由のためには経済的自由が必要だと主張する思想家の影響下で進化してきた経済システムは、有意義な民主主義も政治的自由も損なっている。有意義な政治的自由は、進歩的資本主義のような経済システムのもとでのみ守られる。進歩的資本主義のもとでは、多少なりとも繁栄が共有され、金銭の力が結果に不適切な影響を及ぼすこともないと畳みかける。

 理想の経済・社会システムをどのように実現するのか。著者は生涯を通じた学習や教養教育による意識改革を求める。社会の分断が進み、極端な新自由主義論者が跋扈(ばっこ)する米国で、同書の提案に賛同する人が多数派となる日は来るのだろうか。

 コリン・メイヤー著『 資本主義再興 危機の解決策と新しいかたち 』(宮島英昭監訳/清水真人、馬場晋一訳/日経BP/2024年12月刊)は、資本主義の中核をなす「企業」の行動を変化させ、資本主義社会が抱える問題を解決する方法を提示する書である。

『資本主義再興 危機の解決策と新しいかたち』(コリン・メイヤー著)。資本主義の中核をなす「企業」の行動を変化させ、資本主義社会が抱える問題を解決する方法を提示する書。画像クリックでAmazonページへ
『資本主義再興 危機の解決策と新しいかたち』(コリン・メイヤー著)。資本主義の中核をなす「企業」の行動を変化させ、資本主義社会が抱える問題を解決する方法を提示する書。画像クリックでAmazonページへ

 著者は欧州で最も著名な金融経済学者の一人で、研究、政策、ビジネスなど多方面で活動している。

 同書は、資本主義システムにおけるコミットメント(関与)と信頼の欠如を指摘した『ファーム・コミットメント 信頼できる株式会社をつくる』(宮島英昭監訳/清水真人、河西卓弥訳/NTT出版/2014年6月刊)、社会課題の解決と利益の両立を追求する「パーパス(目的)経営」の実現を唱える『 株式会社規範のコペルニクス的転回 脱株主ファーストの生存戦略 』(宮島英昭監訳/清水真人、河西卓弥訳/東洋経済新報社/2021年4月刊)に続く第3作目である。

 パーパス経営の実現を軸に、資本主義を再構築するための基本原則と具体策を挙げている点が特徴だ。

 干ばつ、洪水、パンデミック、エネルギー危機、食糧危機、気候危機、民主主義と政治システムの危機など危機は頻度と激しさを増している。問題の根幹は資本主義システムであり、繁栄や成長、雇用、貧困緩和の源であると同時に、耐え難い苦しみや災難、不平等、環境破壊、社会的排除を引き起こしている。

問題を引き起こしても解決しても利益は得られる

 こうした基本認識のもとで、企業が生み出す「利益」に着目する。利益は企業の原動力であり、企業は利益を上げるために存在する。

 しかし、利益は問題を解決することだけでなく、問題を引き起こすことからも得られるという。利益は環境、健康、家庭、隣人関係、地域、社会にとって恩恵となる一方で、それらを犠牲にしても得られる。他者の犠牲のうえに利益を得てはならない。企業は問題を引き起こしてではなく、問題を解決することで利益を得るべきだと提言する。

 利潤概念の再構成を出発点とし、法律、株式所有、ガバナンス(企業統治)、測定、成果、金融、投資をどのように変えればいのかを詳細に論じている。

企業のパーパスを会社法の中心に据えよ

 提言の一部(抜粋)を列挙しよう。

    (企業の行動)
  • 企業は他者に損害を与えて利益を得ないことを条件に、自らのパーパスを定める。
  • そうすれば、取締役は複数のステークホルダー(利害関係者)ではなく、株主に対してのみ義務を果たすよう専念できる。
  • 企業のパーパスを、世界各国の会社法の中心に据える。
  • 支配株主は、投資先企業が解決すべき問題に対して責任を負い、問題を引き起こすことなく利益を生み出す解決策の創出を後押しする。
  • リーダーは、その組織のパーパス、価値観、文化を明確にし、コミットする。また、それらを実現する責任者に権限を委譲しリソースを与える。
    (測定)
  • 企業の利益や国民所得の計算に際しては、形式的な法的境界の内外にいる自然環境を含めたすべての人々のウェルビーイングを維持するためのコストを計算する。
  • 組織は、自らが引き起こした問題の是正と改善のコストを負担し、それを管理会計や財務報告に反映させる。
    (公共部門)
     公共部門と民間部門のリーダーは、取り残された人々、地域、国を包摂する共通の繁栄を築くために共通のパーパスを策定する。
  • 中央政府、金融機関、組織は、共通の繁栄を実現するために最適な立場にある部門や人材に権限を委譲し、資金を与える。
  • 規制当局は、支配的企業やエッセンシャルサービスを提供する企業が掲げるパーパスを、顧客や地域、社会、環境の利益と一致させるよう、役割を果たす。

 骨組みがしっかりした提言ではあるが、問題を解決して得る利益と、他者を犠牲にして得る利益の区別は容易ではない。

 例えば、アルコール、ファストフード、砂糖の摂取やギャンブルに関しては依存性や身体や精神の健康に及ぼす影響が問題視されていると指摘する一方で、再生可能エネルギーを誰もが手に入れやすく、かつ手ごろな価格で生産・供給・分配することは問題の解決になると説明している。それでは前者は問題を引き起こし、後者は問題を解決していると断定できるのだろうか。

 提言では、公共部門と企業が共通のパーパスを策定するとしているが、内容が細かくなればなるほど公共部門が企業の行動を縛ることになる。逆に抽象的な文言にとどまれば、効力は乏しい。

 提言に共鳴する企業は、まずは個別の案件ごとに「問題を解決する事業」なのかどうかを見極め、実績を積み上げていくしかないかもしれない。

(後編へ続く)

写真/スタジオキャスパー

パーパス経営の世界的権威が説く新しい資本主義理論

資本主義が抱えている深刻な問題をどのように解決すればいいのか。どうすれば資本主義を望ましい形に修正できるのか。オックスフォード大学教授で世界的経済学者の著者は、本書でその答えを出した。ビジネスの目的(パーパス)とは何か、利益とは何かを問う。

コリン・メイヤー著/宮島英昭監訳/清水真人、馬場晋一訳/日経BP/3300円(税込み)