資本主義がもたらしているものに批判的な論考は多いが、資本主義の未来を構想する思考も必要ではないか。「経済学の書棚」第32回後編は、資本主義の近未来像を提示する著書に注目。資本主義と自由主義の利点を、データを駆使して証明しようとする『資本主義が人類最高の発明である』、「愚直に資本主義を貫徹し、徹底させた極限」を予測する『22世紀の資本主義』を同じ著者の『22世紀の民主主義』と関連付けながら紹介する。

環境破壊や格差拡大の元凶とされる資本主義は、どうしても非難の対象になりがちだ。「経済学の書棚」第32回後編では、そうした著作とは一線を画し、資本主義を擁護する立場を前面に出して持論を展開する著書を取り上げる
環境破壊や格差拡大の元凶とされる資本主義は、どうしても非難の対象になりがちだ。「経済学の書棚」第32回後編では、そうした著作とは一線を画し、資本主義を擁護する立場を前面に出して持論を展開する著書を取り上げる
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資本主義の利点をデータで証明

 環境破壊や格差拡大の元凶とされる資本主義は、どうしても非難の対象になりがちだ。資本主義をテーマとする著書の多くも、資本主義の問題点の描写に紙幅を割いている。後編では、そうした著作とは一線を画し、資本主義を擁護する立場を前面に出して持論を展開する著書を取り上げる。

 ヨハン・ノルベリ著『 資本主義が人類最高の発明である グローバル化と自由市場が私たちを救う理由 』(山形浩生訳/NewsPicksパブリッシング/2024年9月刊)は資本主義と自由主義の利点を、データを駆使して証明しようとする書だ。最終的に同書の主張に賛成するかどうかは別だが、多方面から攻撃を受けている資本主義は、現実にはどんな影響をもたらしているのか、議論の土台になるデータを提供している。

『資本主義が人類最高の発明である グローバル化と自由市場が私たちを救う理由』(ヨハン・ノルベリ著)。資本主義と自由主義の利点を、データを駆使して証明しようとする書。画像クリックでAmazonページへ
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 著者はスウェーデン出身の歴史学者であり、歴史学、経済学、統計学、進化生物学などの知見を生かした楽観的な未来構想を唱える論客として言論界で影響力を持つ。

 同書によると、自由市場資本主義は、実際には資本の話ではない。経済の統制権を、トップから何十億もの独立消費者や実業家や労働者に渡し、彼らが自分の生活を改善すると思うものについて、自分なりの決断を下すのを認める。

 市場経済はもっぱら競争と張り合いの話ではなく、協力と交換の話なのであり、自分だけではできないことを他人と協力して実現する。

専制主義、縁故資本主義、保護主義を批判

 自身の立場を「古典的リベラリズム」だと表明する著者は、独裁者による専制主義、非競争的なビジネスモデルの延命を許す縁故資本主義、貧困国が先進国を搾取するから悪いという理由で右派が提唱する保護主義に厳しい目を向ける。

 資本主義の効力は様々なデータからも明らかだ。世界の極貧者の割合は1990年代に38%から29%に下がり、2015年には10%程度となった。1990年から2020年にかけて5歳未満で死亡する子どもの比率は9.3%から3.7%に下がった。1990年から30年間で資本主義はそれ以前の3000年をあわせたよりも人間の生活条件を大幅に改善させた。

 こうしたデータはすべて平均値だが、経済を開放した国は世界中で飛躍的に豊かになっている。一方、サハラ砂漠以南のアフリカが世界最貧地域なのは、専制主義と紛争に苦しみ、自由がないからだと分析する。

 カナダのシンクタンクによる「世界経済自由度」調査も取り上げている。経済自由度は税負担、法制度、自由貿易、規制などをもとに算出する。2017年の推計では、最も経済的に自由な4分の1の国と、最も自由度の少ない4分の1とを比べると、1人当たり所得は前者の方が7倍以上高かった。

 世界経済自由度を活用した学術論文によると、自由な市場がある国は、経済成長率、賃金、投資、主観的な厚生の水準がいずれも高く、貧困を削減し、汚職も少ない。民主的で人権も尊重されている。

大企業のイノベーション力を評価

 一握りの富裕層に富が集中する格差を問題視する声は多いが、最も重要な財、サービス、アメニティはいまや人類史上の他のどんな時点と比べてもずっと平等に分配されていると主張する。大企業に対する批判に対しても、新たなビジネス手法、研究開発、イノベーションに最も投資するのは大企業であり、大企業は価格をつり上げるより引き下げる方が多いと反論する。

 政府による規制や課税、産業政策はいずれも自由市場資本主義にとっての脅威となる。米国は職を離れた人を保護する福祉制度を設けているが、失業者をロックインする効果をつくり出しているとみている。

 それでは資本主義には全く問題がないのだろうか。「地球温暖化と資本主義」と題する第8章はやや歯切れが悪い。「脱成長は人類にとって地球温暖化をなおさら危険にしてしまう。温暖化に適応するためには、繁栄と技術が必要だ」と主張するだけで、二酸化炭素の排出量が増え続け、生物多様性が脅威にさらされている現状に対する処方箋は示せていない。費用を自己負担するのが資本主義の原則であるとして、炭素税の導入を提唱するが、同書全体の趣旨に反しており、整合性が取れていない。

 訳者の山形氏は巻末の解説でこの点に触れ、「著者はなんでもかんでも市場任せの自由放任ではなく、ある程度の規制はいるし、公平性を確保するための国家介入やインフラづくりも必要だと考えている」との解釈を示す。政府や課税が「適切な範囲で」必要だという主張に、まともな社会経験があり、世の中がどういうふうに動くか分かっている人は全く反対しないだろうが、「適切な」がどの程度かでもめているのだ、とまとめている。

 成田悠輔氏は『 22世紀の資本主義 やがてお金は絶滅する 』(文春新書/2025年2月刊)で、「愚直に資本主義を貫徹し、徹底させた極限」を予測する。

『22世紀の資本主義 やがてお金は絶滅する』(成田悠輔著)。「愚直に資本主義を貫徹し、徹底させた極限」を予測した本。画像クリックでAmazonページへ
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 著者はデータとアルゴリズムを活用したビジネスと公共政策のデザインを専門とする経済学者で、メディアでの露出も多い。「この本は経済(学)の解説書ではない。何かあやふやでよくわからない素朴な疑問をみんなで考える本だ」と断っているが、経済学者としての知見を随所で生かしている。

 同書は既存の選挙制度に代わる新たな意思決定の仕組みを提示した『 22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる 』(SB新書/2022年7月刊)の姉妹編の位置づけだ。以下では『22世紀の民主主義』をA書、『22世紀の資本主義』をB書と略称し、両書を関連付けながらエッセンスを紹介する。

『22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』(成田悠輔著)。既存の選挙制度に代わる新たな意思決定の仕組みを提示した。画像クリックでAmazonページへ
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 A書によると、勝者を放置して徹底的に勝たせるのがうまい資本主義は、それゆえ格差と敗者も生み出してしまう。生まれてしまった弱者に声を与える仕組みが民主主義だ。暴れ馬・資本主義に民主主義という手綱を掛け合わせることで、世界の半分は営まれてきた。

揺らぐ民主主義と資本主義の二人三脚

 二人三脚で歩んできた両者のうち、民主主義が重症に陥ったというのが著者の見立てだ。21世紀に入ってからの20年強の経済を見ると、民主主義的な国ほど、経済成長が低迷し続けている。

 民主主義の「失われた20年」が始まった2000年前後は、世界経済を牛耳ることになる独占ITプラットフォーム企業が勃興した時期と重なる。インターネットやSNS(交流サイト)の浸透に伴って民主主義の「劣化」が起き、閉鎖的で近視眼的になった民主国家では、資本投資や輸出入など、未来と他者に開かれた経済の主電源が弱ったとみる。

 民主主義に対する脅威は、(1)政党や政治家によるポピュリスト的言動、(2)政党や政治家によるヘイトスピーチ、(3)政治的思想・イデオロギーの分断(二極化)、(4)保護主義的政策による貿易の自由の制限となって表れている。

 目の前の景気対策や補助金など説明しやすい政策に政治家が流れがちなのは、水が高きから低きに流れるがごとき自然現象であり、この法則がネットとSNSで強化されている。

 こうして民主主義が意識を失っている間に、手綱を失った資本主義は加速している。ただのイラストにタワーマンション以上の値段がつくNFT(代替できないトークン)、売り上げゼロでも時価総額1兆円で株式上場するSPAC(特別買収目的会社)、若者がゼロから書いたコードに10年余りで時価総額数十兆円がついてしまう暗号資産などがその例だ。

 こんな現状を変えるにはどうすればよいのか。民主主義の現状と愚直に向き合い、その問題と闘って呪いを解こうとする「闘争」(第2章)、民主主義を見捨てて外部へと逃げ出してしまう「逃走」(第3章)の順に、すでに始まっている取り組みや、そうした試みの限界を指摘した上で、全く新しい民主主義の形を目指す独自の「構想」(第4章)を提示する。

「無意識データ民主主義」を提唱

 「無意識データ民主主義」と呼ぶ構想の概略は以下の通りだ。

 まず、ネットや監視カメラが捉える会議や街中・家の中での言葉、表情やリアクション、心拍数や安眠度合いなど、選挙に限らない無数のデータ源から人々の自然で本音の意見や価値観、民意をくみ取る。

 ここからアルゴリズム(問題を解決するための手順をコンピューターのプログラムとして実行可能な計算手続きにしたもの)が動き出す。

 民意データに基づき、各政策領域・論点ごとに人々が何を大事だと思っているのか、どのように成果指標を組み合わせ、目的関数を設定すればよいのかを発見する。「エビデンスに基づく目的発見」である。

 成果指標は、国内総生産(GDP)、失業率、学力達成度、健康寿命、ウェルビーイングなどからなる。アルゴリズムはここで発見した目的関数・価値基準にしたがって最適な政策を選ぶ。いわゆる「エビデンスに基づく政策立案」に近い。この構想が実現すれば、政治家も官僚も経済学者も不要になると著者は想像する。

 アルゴリズムを作り、管理するのは誰なのか。アルゴリズムがはじき出す最適な政策は、環境破壊や格差拡大、国民の分断現象にどのように作用するのか。そもそも「無意識データ民主主義」を「民意」が受け入れるのか、といった疑問は浮かぶが、斬新な構想として議論のたたき台になるだろう。

 B書では、A書での議論を踏まえ、劣化する民主主義を横目に暴走する資本主義の未来を描き出す。

 B書によると、資本主義とは変幻自在に中身を変化させながら有象無象の有形無形な未開拓領域を商品にし、稼いでいく運動だ。資本主義が今、食べつつあるフロンティアはデータである。情報、物事、心身などデジタルデータ化できるものはすべてデータ化する。無数の並行地球のような新しい世界をどんどん複製・生成し、デジタルデータのIDや所有権の確定にNFTやブロックチェーン技術を使い、あらゆるものを市場取引や経済契約の対象にしていく。

 この先にはどんな世界が待ち受けているのか。A書では、データとアルゴリズムが選挙制度に取って代わり、民主主義の形を大きく変える姿を示したが、B書でも、データとアルゴリズムが資本主義の姿を大きく変えてしまう未来を描いている。

記録媒体としての「お金」の意義が低下

 まず、到来するのは「お金の存在意義が低下する世界」だ。以下に概略を示そう。

 お金は価値や価格を測る手段として存在している。ところが、経済活動を捕捉するデータが豊かになるにつれ、粗い記録としてのお金の必要が下がり続けている。長期的なインフレの進行はそれを裏付ける現象といえる。

 一人一人のデータ履歴を追って、その人が何者か、取引してよいのか、いくらくらいの値段をつけるのがよさそうかを調べ、決めやすくなる。人によって値段を変える一物多価の世界が生まれ、より多くを払ってもよい人にはより多くを払ってもらい、事業者は収益を改善できる。この仕組みを使えば、再分配や格差の是正も可能になる。

 再分配内蔵型の民間市場経済を提供するプラットフォーマーは、再分配という公共政策を行う新種の国家になり、この新しい国家は物理空間より情報空間に住む。市場経済と情報国家が一体化し、栄える。

 課税の最大の基礎になる人々のIDとデータを握るのはこれまでの古い国家ではなく、デジタル情報空間に芽生えつつある情報国家になる。資本主義はこれまで一体だった古い物理国家と離婚し、新しい情報国家と再婚する。

 ただ、これまで述べてきた内容は、今ある市場経済と国民国家の改良であり、徹底であり、統一であり、「どこかしっくりこない」と著者は漏らす。

「測らない経済」は実現するか

 ここからが、お金が消滅する「測らない経済」と呼ぶ「構想」だ。

 まず、電脳空間上に経済活動を仲介する仮想の「招き猫」アルゴリズムを作る。お金で測られる価格を介さず、それぞれの人の属性と過去の活動履歴データに基づき、誰が何を欲しているか、誰が何を作ったり、やったりすることができるか察知する。そして人々の好みを尊ぶ配分を計算し、人々に行動を促す。再分配の欲求も反映し、税金などを介さず、公平な結果を直接求める。

 望ましい配分はいくつもあり、推薦群の中からどれを選ぶのかは個人の自由だ。この世界にはお金や値段や収入がない。ただ何かを制作したり、労働したり、親切にしたり、交換したりする「やりとり」が起きるだけだ。やりとりは双方向の行為であり、それを証明する唯一無二の証として「アートークン」を発行し、ブロックチェーン上で管理する。

 この構想(予測)が実現すれば、資本主義を高次元化し、無次元化することで資本(主義)を蒸発させることができると唱えている。この世界に住みたいかどうかは読者の判断に委ねよう。

 今回は資本主義の未来を構想する著書を中心に取り上げた。私たちは、どんな資本主義社会の中で生きていきたいのか。歩きながら考えるしかない。

写真/スタジオキャスパー