低成長、少子高齢化、人口減少に対応できる雇用システムへの改革として、雇用形態をメンバーシップ型からジョブ型へ移行すべきだと唱える論者が日本では多いが、両者の違いは必ずしも明確ではない。「経済学の書棚」第9回前編は、「ジョブ型」と「メンバーシップ型」を誤解して議論を展開する論者たちを戒める『ジョブ型雇用社会とは何か』と、ジョブ型を踏まえ、日本の雇用システムの改革案を提示する『日本の会社のための人事の経済学』を紹介する。
日本型雇用をどう変えるか
高度成長期に確立した日本型雇用システムの持続可能性が改めて問われている。多くの日本企業は低成長、少子高齢化、人口減少に対応できる雇用システムを模索してきたが、結果として正社員と非正規社員の二極化が進み、日本の経済社会に深刻な分断をもたらしている。他の選択肢はないのだろうか。
雇用の形態を「ジョブ型雇用」と「メンバーシップ型雇用」に二分し、日本はメンバーシップ型からジョブ型へ移行すべきだと唱える論者は多い。ジョブ型に対する期待は大きいものの、両者の違いは必ずしも明確ではない。
「ジョブ型雇用」の誤解を解く
労働法と社会政策が専門の濱口桂一郎氏は『 ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機 』(岩波新書/2021年9月刊)で、ジョブ型とメンバーシップ型の概念を整理し、両者を誤解して混乱した議論を展開する論者たちを戒める。
ジョブ型とは、最初に職務(ジョブ)があり、そこにジョブを遂行できるはずの人間をはめ込む方式だ。ジョブにはめ込む際に事前に人間を評価する。多くの人の常識とは全く逆に、ジョブ型社会では一部の上澄み(経営層に近いハイエンド)労働者を除けば仕事ぶりを評価されない。ジョブ型を成果主義と捉えるのは誤解だ。
一方、日本のメンバーシップ型では、末端のヒラ社員に至るまで事細かな評価の対象となる。日本の雇用契約はその都度遂行すべき特定の職務が書き込まれる空白の石版だ。日本における雇用の本質は職務ではなく会員/成員であり、職務が特定されていない。したがって、ある職務に必要な人員が減少しても他の職務に移せる。解雇の正当性が低くなり、長期雇用や終身雇用につながる。
産業革命以来、先進産業社会における企業組織の基本構造は一貫してジョブ型であり、日本のメンバーシップ型の方がずっと新しい。メンバーシップ型が確立したのは高度成長期の1960年代。第2次世界大戦後、戦時中の賃金統制がなくなった日本では労働組合の主導の下で生活給の発想に近い賃金体系(年功賃金制)が普及した。経営側は職務給への転換を求めていたが、高度成長期に「能力給」と説明原理を変えて存続させた。1970年代後半から1990年代前半までの約20年間、日本型雇用は日本経済の競争力の源泉だとしてもてはやされた。
評価が急落した日本型雇用システム
90年代に日本の競争力が落ちていく中で、かつては日本型を礼賛していた多くの評論家は掌(たなごころ)を返したかの如く、批判し始めた。経営側は非正規雇用を拡大する方針を示すとともに、日本型成果主義を導入した。成果を測る物差しとなる職務が明確ではなく、「上司との相談で設定」という恣意的な目標であり、賃金引き下げの理屈付けとなった。経営側が望んだのは日本型雇用の否定ではなく、少数精鋭化だったという。
同書では、賃金、労働時間、女性活躍、高齢者雇用といった幅広いテーマを、労働法制との関連も含めて掘り下げ、専門家の立場から見て「何が問題なのか」を詳細に解説している。日本の雇用システムに関する議論の土台となる書と言えるだろう。
鶴光太郎著『 日本の会社のための人事の経済学 』(日本経済新聞出版/2023年4月刊)は、ジョブ型とメンバーシップ型の分類を踏まえ、日本の雇用システムの改革案を提示する解説書だ。
同書は、雇用・人事システムに関する知見を整理する理論・教科書編(第1~4章)、雇用システム改革の具体策を示す実践・戦略編(第5~8章)からなる。
鶴氏はメンバーシップ型を、職務、勤務地、労働時間が明記されていない雇用契約(無限定正社員)、これら3つの要素のいずれかが限定された正社員をジョブ型正社員と定義したうえで議論を進める。
同書によると、従来の労働経済学の関心対象は労働市場であり、特に企業の外部にある「外部労働市場」に目を向けてきた。労働市場が完全競争の状態であれば、企業は賃金決定に関与できない。一方、長期雇用を前提とした正社員の賃金は企業の内部で決まる。伝統的な労働経済学はこれを「内部労働市場」と呼んで分析してきたが、市場という概念から抜け切れていない。
1970年代以降、市場概念だけでは捉えきれない問題は、契約理論、情報の経済学、取引費用の経済学、ゲーム理論などを包含する応用ミクロ経済学によって解明されてきた。経済学はジョブ型雇用が前提の欧米の経済学を下敷きに理論化、抽象化して発展してきたため、日本の「無限定性」の概念は取り込みようがなかった。
1990年代、日本型雇用は「時代遅れのシステム」として批判され、90年代後半から2000年代前半にかけて成果主義のブームが起きた。しかし、最近の経済学の知見では、年功賃金を含めた日本の雇用システムは単純な成果主義(成果給)にまつわる様々な問題をうまく解決していたことが明らかになっている。「年功型賃金=時代遅れ・非効率的、成果主義=先進的・効率的」という理解の仕方には大きな問題があると指摘している。
そもそも成果主義は、ジョブ型雇用の下でなんとか労働者のインセンティブを高めるために米国を中心に模索された仕組みだ。成果への外的な要因の影響度が小さい、成果を客観的かつ容易に評価できる、労働者はなるべく単一の業務に従事している、といった条件がそろう必要がある。ジョブ型であれ、メンバーシップ型であれ、成果主義がうまくいく状況はかなり限られていると喝破している。
ジョブ型正社員の拡大を提唱
それでは、どうすればよいのか。安定成長を期待できず、不確実性が増す経営環境、人口減少、女性や高齢者の労働参加、人的資産の重要性の高まり、テクノロジーの急速な変化といった環境の激変に直面する中で、伝統的な日本型雇用システムの見直しは待ったなしだ。
鶴氏は無限定正社員システムの切り崩しとジョブ型正社員の漸進的な拡大、新たなテクノロジーを活用した情報伝達・共有システムへの移行と時間・場所によらない働き方の確立、イノベーティブで成長できる人材の採用・育成・評価などを提唱する。
日本型雇用の強みを残しつつ、ジョブ型雇用の良さを取り入れる案だと言えるが、無限定正社員をどの程度まで残すのか、ジョブ型正社員の拡充は企業の生産性にどんな影響を及ぼすのかなど、議論の余地は大きい。
(後編へ続く)
写真/スタジオキャスパー
ジョブ型雇用、人的資本経営、テレワーク、ウェルビーイング――。どこからどのように進めるべきか? 人事・労務担当者が参考とすべき改革のフレームワーク「人事の経済学」を明快に解説。雇用・人事システム変革の際にベースとして考慮すべき戦略を明らかにする実務家必読の書。
鶴光太郎著/日本経済新聞出版/2200円(税込み)



