「エンジンは終わった」と叫ばれてきた中、日本車メーカーはエンジン技術の研究開発の手を止めなかった。電気自動車(EV)の課題が顕在化し、欧州や中国は再びエンジンに目を向け始める。本連載では新刊『エンジンの逆襲 中国EV突き放す日本の最強技術』をベースに、世界の最新の潮流とエンジンの未来を読み解く。トヨタ自動車やホンダなど7社の戦略、「マルチパスウェイ」の思想、超高効率エンジンや水素エンジン、中国の進化など次の50年も確実に残るエンジンの全貌を描く。その第6回。
日産自動車はハイブリッド車(HEV)の性能向上を実現する中核技術にエンジンを据える。熱効率を42%に高めた新機種をHEV技術「e-POWER(イーパワー)」に採用し、HEVの巻き返しを図る。国内では2026年夏に発売を予定する新型「エルグランド」から搭載する。電気自動車(EV)シフトの停滞は誤算だったがエンジン開発を止めずに継続してきた成果をHEVに生かし、経営再建につなげる。
「電動化が進む中においても、エンジン技術は日産らしさの源泉であり続ける」。日産は2025年12月、e-POWER用エンジンが日本燃焼学会の「技術賞」を受賞したとのニュースリリースを出してアピールした。EVシフトの間でもエンジン開発の手を止めずに進めてきた成果を主張した格好だ。欧州委員会がエンジン車の新車販売を禁止する方針を撤回するなど、当面はエンジンが欠かせない市場動向が想定される。日産はエンジンの成果を誇ることでエンジン回帰の流れに対応できると訴える。
日産のエンジン戦略の中心となるのがe-POWER搭載車だ。今後日産のエンジン機種全体でe-POWER用エンジンの比率を高めていく。
現在日産は増え過ぎたエンジンの種類を整理している。2020年度にはe-POWER車用を4種類、エンジン車用を45種類量産していた。2030年にはe-POWER車用は3種類に減らすのにとどめる一方、エンジン車用は16種類へと大幅に削減する。
日産は2025年に第3世代と呼ぶ最新のe-POWER搭載車の発売を欧州から開始した。2026年には新型エルグランドに採用する。第3世代への進化で重要な役割を担ったのがエンジンの熱効率を第2世代の39%から42%へと高めたことだ。モーターを含む電動アクスルの伝達効率は80%以上と高い。燃費を改善するには相対的に効率の低いエンジンに手を入れることが効果的だと考えた。
e-POWERの特徴はシリーズ方式を採用することだ。エンジンは発電専用として使い、全走行域をモーターで駆動する。エンジンを発電だけでなく駆動にも活用するトヨタ自動車やホンダのシリーズパラレル方式に比べて、簡易な構成にしやすいのが特徴だ。
シリーズ方式はEVの駆動装置にエンジンと発電機を追加する構成といえ、EVから部品を流用しやすい利点も大きい。日産は第3世代e-POWERのモーターやインバーターをEVと共用することで「部品や製造のコストを削減している」(同社の技術者)と説明する。
一方で特に高速走行時の燃費性能でシリーズパラレル方式に劣る面があり、採用企業が最近増えていなかった。社外だけでなく日産社内にもシリーズ方式の将来性を疑問視する見方があった。日産は第3世代のe-POWERでシリーズパラレル方式と遜色のない燃費性能を実現し、シリーズ方式への疑念の払拭も図った。
e-POWER車用エンジンの特徴は、機能を発電に限定することでエンジンの運転条件範囲を効率的な領域に限り、なるべく定点運転とすることで熱効率を高めたことだ。発電に特化することで、走行中でも回転数とトルクを同じ状態に維持できる。回転数でいうと2000~3000rpm付近だ。
発電性能に磨きをかけ、熱効率50%へ
日産は今後、エンジンによる発電性能に磨きをかけていく。駆動力に使わないことで余分な機能や装備を捨て、さらに効率を高めることで「エンジンの究極を具現化する」(日産の幹部)ことを目指す。
発電「特化型」の考えを第3世代に先立って導入したのが2022年に発表した「セレナ」のe-POWER車に搭載する排気量1.4Lの直列3気筒エンジン「HR14DDe」だ。
HR14DDeでは例えばスターターの設置を想定しない設計にした。通常のエンジン車はスターターを用いてエンジンを始動する。e-POWER車では発電機でエンジンをかける方式とすることでスターターをなくした。スターターを省いたことでその空間を起因としたたわみをなくしたのと同時に、エンジンと駆動用モーターの結合部の剛性を高められた。
大幅にロングストロークにしたこともHR14DDeの特徴だ。燃焼効率を高められる。従来の直列3気筒1.2Lエンジン「HR12DE」と気筒のボア(内径)は同じにしながらも、ストローク(行程)を83.6mmから100mmにロングストローク化することで排気量を235cc拡大した。ストローク/ボア比は1.28とかなり大きい。一般的に1.0を超えるとロングストロークといわれている。
一般にロングストロークにすると回転数を上げにくくなり、通常のエンジン車であれば走行性能面では悪化する方向だ。一方でe-POWERの場合は駆動力をすべてモーターで発生するため、ロングストローク化による走行性能への影響は抑えられる。
日産は第3世代のe-POWER車用エンジンでHR14DDeから採用した技術に加えて、新しい燃焼コンセプトを導入した。「STARC(Strong Tumble and Appropriately stretched Robust ignition Channel)」と呼ぶ燃焼技術の一部を取り入れた。
日産はかねてエンジン熱効率を50%にする目標を掲げてきた。実現の鍵を握る技術の1つがSTARC燃焼で、気筒内に入れた混合気の流れや点火を強化し、希釈した混合気を高圧縮比で燃焼させることで熱効率を向上させる考え方だ。多くの技術から構成され、日産の幹部は「STARCの技術を1つずつ市販車に導入していく」と明かしていた。第3世代e-POWER用エンジンにも取り入れ、熱効率を高めた。
熱効率向上には大量の排ガス再循環(EGR)とミラーサイクルも貢献した。排ガスを気筒に戻すEGRについては吸気の25~30%という高い比率で戻している。大量のEGRを入れることで燃焼温度を下げ、冷却損失や吸気抵抗を減らせる。一方で排気損失が大きくなるが、冷却損失などの改善効果の方が大きいという。
EGRを入れると火炎伝播(でんぱ)しにくくなり、安定して燃えにくくなる。EGR率を高めながら安定して燃やすため導入したのが、前述のSTARCである。特徴は吸気から点火時期まで気筒内で強いタンブル流を発生させて維持すること。日産の技術者は「上死点(ピストンが伸びきったときの位置)までタンブル流を維持できる」と話す。
タンブル流を強くし維持するために工夫したのがピストン形状だ。燃焼室の下側にあたるピストンの冠面形状を湾曲させて、へこませた。燃焼室の上側にある気筒のヘッド側(上面)についても同様の形状にしている。タンブル流を強めて比較的長い時間を維持し、さらにプラグ付近に混合気を集められるようになり安定した点火につながった。日産の技術者は「点火直前のタイミングで点火プラグ付近に適切な速度の混合気を集められる燃焼室形状になった」と話す。
吸気バルブを早閉じするミラーサイクルも工夫し、さらに早く閉じるようにした。吸気バルブを開いて空気を吸い込むとき、バルブを閉じるタイミングを早めることで気筒内の残留ガスの量を減らし、負荷が高いときのノッキング(異常燃焼)の発生を抑えられる。
一方でバルブを早く閉じるほど混合気が少なくなり、出力を上げにくくなる。日産はターボチャージャーのタービンを大径化することで大量の空気をエンジンに送り込めるようにした。
タービンを大径化するとエンジン出力の立ち上がりが遅れる「ターボラグ」が大きくなる。エンジン車の場合は加速性能が悪化するが、エンジンの駆動力を直接使わないe-POWER車では影響が小さい。実際にはターボラグが生じると発電量が小さくなるが、その分は電池で補うことでモーターの加速には実質的に影響しないという。
高速走行時に特に燃費が悪化する課題の改善にも取り組んだ。例えば最高熱効率に達するトルクを引き上げた。「アクセルを多少踏み込んだときでも、エンジンの効率の高い領域で動作させられる」(日産の技術者)という。熱効率は第2世代の39%から42%へと向上し、低速から高速まで含めたWLTCモードの燃費は9%改善した。
リーンバーンが鍵
最終目標の50%までこれからどうやって引き上げていくのか。日産の元幹部は「45%まではどの自動車メーカーもものにしているだろう。45%からが勝負となる」と語る。残りの5ポイント分は、希薄燃焼(リーンバーン)や廃熱回収、フリクションの低減で引き上げる考えだ。
特に難しいのがリーンバーンだ。リーンバーンとは、燃料と酸素が過不足なく反応する理論空燃比(空気過剰率λ=1、ストイキオメトリー)よりも空気過剰な空燃比で燃焼させる技術のこと。熱効率向上においては、リーンバーンは有利である。ただ排ガスに含まれる空気量が多くなるため、窒素酸化物(NOX)などを取り除く三元触媒は効果を発揮できない。
燃費やコストを下げつつ、厳しくなる排ガス規制にも対応しようとなると「排ガスの後処理技術を高めなければならない」(日産の元幹部)。今後はリーンバーンによる熱効率向上と排ガス処理を両立できる技術を磨いていく考えだ。
将来的には、電池の進化によってエンジンの完全な定点運転を目指す。発電機として、エンジン効率の究極を追い求める。HEVの重要性が増していく市場環境で、HEVの進化が日産の経営再建を左右する。
[日経クロステック 2026年1月15日付の記事を転載]
伏木幹太郎著/日経BP/2420円(税込み)





