「エンジンは終わった」と叫ばれてきた中、日本車メーカーはエンジン技術の研究開発の手を止めなかった。電気自動車(EV)の課題が顕在化し、欧州や中国は再びエンジンに目を向け始める。本連載では新刊『エンジンの逆襲 中国EV突き放す日本の最強技術』をベースに、世界の最新の潮流とエンジンの未来を読み解く。トヨタ自動車やホンダなど7社の戦略、「マルチパスウェイ」の思想、超高効率エンジンや水素エンジン、中国の進化など次の50年も確実に残るエンジンの全貌を描く。その第7回。
マツダが屋台骨の「CX-5」を全面改良し、2026年春にも日本に投入する。環境規制に備えて人気のディーゼルエンジンを廃止し、ガソリンエンジンを使った簡易ハイブリッド車(HEV)を用意する計画だ。欧州のエンジン廃止規制が撤回されることは追い風だが、環境規制は厳しい状況のままだ。2027年にはCX-5に新たなHEVを採用し、出遅れた電動化技術の巻き返しを図る。
マツダは電気自動車(EV)とエンジン搭載車の両輪で電動化を推進する。CX-5をはじめとした主力車種で当面はガソリンエンジンの簡易HEVで乗り切り、その後、エンジンを刷新した新しいHEVを投入する。また、大型車向けの直列6気筒(直6)エンジンや同社の象徴的なエンジンとしてロータリーエンジンも進化させる方針だ。
エンジンの刷新と並行して機種数の削減にも着手する。今後欧州で始まる排ガス規制「ユーロ7」に対応するのにエンジン開発は複雑になる一方だ。開発資源が限られる中で選択と集中は欠かせない。しかも欧州委員会は2035年以降のエンジン車販売を認める一方で、自動車メーカーに求める2035年の二酸化炭素(CO2)排出削減目標を2021年比90%減にする厳しい条件を設けた。電動化技術への投資の手は緩められず、エンジン開発に割ける工数は限られる。
2.2Lディーゼルは生産終了の方向
ディーゼル車はガソリン車に比べて燃費性能に優れ、航続距離も長いことから販売は好調だった。ただユーロ7では、排ガスの窒素酸化物(NOx)や粒子状物質(PM)への規制が一段と厳しくなる。既存のディーゼルエンジンを対応させるには、電動化や排ガス後処理の強化など大きな追加コストが必要となる。
マツダはCX-5などに搭載していた2.2Lディーゼルエンジンの生産を終了する考えと見られる。同社幹部は「今後特に大きな改良は加えない」と話し、同エンジンの生産を徐々に減らし、いずれは廃止する意向を示した。CX-5以外では「CX-8」や「6」に採用していたが、いずれも販売を終了している。
エンジン機種数を削減するのは環境規制の強化に加えてセキュリティーやソフトウエアアップデートなどへの対応工数が莫大になっていることも大きい。SDV(ソフト定義車両)の開発が広がる中、「エンジンの仕様を少し変えただけでもセキュリティーなどへの対応が求められ開発工数が莫大になっている。パワートレーンのユニットを削減しないと、いずれ破綻してしまう」(マツダの幹部)との危機感を示していた。
世界の環境規制は厳しくなる一方だ。欧州のユーロ7のほか米国環境保護庁(EPA)の新排ガス規制(Tier 4)など各国で自動車の排ガス規制が厳しくなっている。ディーゼルはNOxやPMの後処理がガソリンエンジンに比べて難しく、規制対応コストが高くなる傾向にある。
マツダは価格競争の厳しい中小型車でのディーゼルをあきらめて、大型車向けで存続を図る方針だ。排気量3.3L直列6気筒ディーゼルについては、簡易ハイブリッド車(MHEV)技術と組み合わせるなどして今後も改良し続ける考えだ。
マツダがディーゼルの代替として開発中なのが新型のハイブリッド車(HEV)技術だ。パラレル方式を採用する。「(幅広い走行領域において)エンジン主体で走り、音や加速感などエンジンの気持ちよさを引き出すマツダ流のハイブリッドシステムだ」とマツダの幹部は説明する。
日本勢では、燃費を改善するために可能な限りエンジンの稼働領域・時間を限定するHEV技術が増えている。一方でマツダは、エンジンの稼働領域を他社よりも増やすことでエンジンを得意としてきた「マツダらしさ」を電動化時代に打ち出し、他社と差異化する狙いがある。エンジン技術「SKYACTIV(スカイアクティブ)-G(スカイG)」を発表した2010年よりも前から「ストロングHEVを開発するなら(エンジン走行主体の)パラレル式と決めていた」(同社の幹部)と言う。
パラレル方式はエンジンと変速機の間にモーターを配置する単純なものだ。単純な構造のためエンジンや変速機といったハードウエアの資産を継承しやすく、幅広い車種で要素技術を共用できる。
マツダのラインアップは、エンジン横置きのFF車ベースであるスモール群と、同縦置きのFR車ベースであるラージ群に大きく分けられる。構造が単純なパラレル方式であれば、エンジンや変速機、駆動方式にかかわらず幅広い車種にこれまで開発してきたエンジン技術を活用できる。2027年の導入時はスモール群の「CX-5」から採用を始めるが、2028年以降にはラージ群への投入も検討している。
「ストイキで超希薄燃焼」の謎
そんな「HEVを生かすエンジン」として開発を進めているのが「SKYACTIV-Z(スカイZ)」である。2019年に市場導入した「SKYACTIV-X(スカイX)」で開発した技術の上にさらに新技術を積み上げる。
スカイZの最大のポイントは、かつてマツダが公表したスカイZについての説明文を読み解くことで見えてくる。「ラムダワンを使い、低回転から高回転まで広いレンジでスーパーリーンバーンを実現」とある。パッと読むと、矛盾を感じる説明だ。
ラムダワンとはガソリンを燃焼する際、燃料と空気中の酸素との比率において最も燃焼効率の良い理想的な混合比、つまりストイキを指す。具体的な比率はガソリン1に対して空気14.7で、これをラムダワン(λ=1)と呼ぶ。スーパーリーンバーンは、理論空燃比の2倍以上の空気量を導入する燃焼状態だ。要するにλ=2以上の空気過剰状態のことである。「ラムダワンでスーパーリーンバーン」というのは矛盾しているように思える。
答えは意外なもので、空気ではなく、排ガス再循環(EGR)による排ガスを再び気筒に戻して薄めることでスーパーリーンバーンを実現することだ。EGRを含めた全体の空気と燃料の比率(G/F)でλ=2以上を達成するという意味である。比率はガソリン1に対して空気14.7、EGR14.7以上となる。要するに「EGRリーンバーン」といえる手法だ。
ラムダワン燃焼にすると、ガソリンの持つエネルギーを最大限使いながら、エンジンの排ガスを低減できる。またガソリン車の排ガス浄化で使われる三元触媒はラムダワンによる燃焼が前提で機能するため、三元触媒を使うならラムダワンからずれるのは避けたい。エンジンの専門家は「空気はガソリンの14.7倍のままなので三元触媒を使える」と話す。
一方、スーパーリーンバーンにすると燃焼しにくくなるが冷却損失を低減して熱効率を改善できる。この2つの特徴を両立させる仕掛けがマツダの考える「ラムダワンでのスーパーリーンバーン」である。マツダの幹部は「今後厳しくなる排ガス規制に備え、三元触媒を使えるラムダワンで燃焼する」ことは必須だった。
EGRで希釈するのには理由がある。1つは燃焼温度を下げられ、冷却損失を低減できることだ。その分、排気損失は上がるが、専門家によると「全体で見ると熱効率は改善できる」と言う。加えてノッキングを抑えられる。不活性ガスが多くなり、燃焼温度を下げられるからだ。
かなり難しい技術だが、ユーロ7をはじめとした厳格化する排ガス規制下でエンジンを存続させるには、ラムダワンでのスーパーリーンバーンが必要だとマツダは判断した。
マツダは象徴的な存在であるロータリーエンジンの復活にも力を入れている。2023年に発売したプラグインハイブリッド車(PHEV)「MX-30 Rotary-EV」では、発電専用として新開発の1ローター「8C型」を搭載した。小型で部品点数が少なく、モーターや発電機と同軸配置できる特性が、PHEVに適している。
ロータリーは直噴化や燃焼室形状の最適化により低燃費・低エミッション化を図り、アルミ化による軽量化や耐摩耗対策も施した。電動化時代においてもマツダはエンジンを単なる過渡的技術とは位置付けていない。燃焼の進化と電動技術を融合させ、エンジンの価値を再定義しようとしている。
[日経クロステック 2026年1月16日付の記事を転載]
伏木幹太郎著/日経BP/2420円(税込み)



