中高年男性ばかりが主導権を握る同質性集団の多くは、激動期に直面しても現状維持を選択し、長期停滞を招いてしまう。「サラリーマン社長」が経営する日本企業が、まさしくそのトラップにはまってしまった。では、社会心理学者が観察・研究した「男らしい国」の特徴とは何なのか。日経プレミアシリーズ『男子系企業の失敗』(ルディー和子著)から抜粋・再構成してお届けする。
国民文化と損失回避係数の関係とは
世界53カ国の文化やその価値観と損失回避性バイアスとの相関関係を調べた論文がある。2017年に、ドイツの行動科学者やスイスの金融経済学者たちが発表した「The Impact of Culture on Loss Aversion/損失回避性への文化の影響」という論文だ。
執筆者たちは調査研究を始める前に次のような仮説を立てた。
損失回避性をもたらすのは恐れの本能的感情だ。感情というのは文化によって制御・調整されることは以前からよく知られた事実だ。自分の感情をあけっぴろげに見せる社会もあれば、日本のように抑制しようとする社会もある。損失回避性と文化の関係を調べることで、その社会の損失回避性の実態への理解が進むのではないか――。
そういった仮説をもとに、「ホフステードの国民文化モデル」のスコアと損失回避係数との相関関係を計算した。そして、日本は「男らしい」文化や価値観を持った社会だから損失回避性バイアスが高い、という驚くべき結論が導かれている。
結論に行く前に、まず、ホフステードのモデルについて、簡単な説明をする。
オランダの社会心理学者G・ホフステードは、1960年代の後半から、IBM全社員50カ国の従業員約11万7000人にアンケート調査をして、国ごと、あるいは文化ごとの価値観の違いを明らかにした。
その後、国の数や調査対象者、調査内容を増やした追加調査が50年以上続けられ、国ごとの文化の違いを、例えば、「個人主義/集団主義」「男らしい/女らしい」「権力格差」「不確実性の回避」「長期志向/短期志向」「人生の楽しみ方」といったように6つの次元で比較できるモデルが作成された。
「ホフステードの国民文化モデル」は、最も信頼のおける異文化調査として、現在でも、学問だけでなくグローバルビジネスの領域においても広く利用されている。
日本の「男らしさ」は調査76カ国で2位
ホフステードがモデル化した文化や価値観の違いが、各国の損失回避性の高低にどのくらいの影響を与えるかの研究では、まず、世界53カ国各国の損失回避係数が算出された。
そして、ホフステードの6つの次元のうち4つの次元と損失回避性との相関関係を調べた。結論として、個人主義の強い国、権力格差の大きい国、男らしい国は損失回避性が高いということを明らかにした。
日本に関係してくるのは、「男らしい/女らしい」の次元だ。なぜなら、ホフステードの調査によれば、日本社会の「男性らしさ」を示すスコアは96で76カ国中2位と高い。1位はスロバキアで、中国とドイツと英国は11位、米国は19位となっている。反対に「女らしい」国とされたのは、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、フィンランドといった北欧の国々だ。
男らしさが強い傾向の社会では、社会的に成功することが重視される。また、男女の社会的役割を区別しようとする傾向があり、「男らしい」「女らしい」という表現でものごとを解釈することが多々ある。
「男らしい」社会とは、性別の社会的役割が明確に区別され、父親が収入を得て家族を養い、母親が家族の世話をすると考えられている。
男性は家庭外での業績、つまり仕事における出世や収入に関心があり、自己主張が強く競争好きでたくましくなければいけないと考えられている。女性は家事・育児・人間関係に関心があり、男性に比べて謙虚で優しく生活の質に関心を持っているはずだと考えらえている。
反対に、「女らしい」社会では、男も女も謙虚で優しく生活の質に関心を払い、両親は収入を得る役割と家事をする役割を分かち合う。
男らしさが強い国は損失回避性との相関関係が高い。男らしさが高い国ほど損失回避性バイアスが高くなることを証明した論文の筆者たちは、その理由を次のように分析している。
人間関係や他者との助け合い、生活の質といった目標に重きを置く「女らしさ」と比較して、富とか業績や成功といった自分のプライドを満たす目標に重きを置く「男らしさ」のほうが競争心や攻撃性が強く、目標基準が高く、不安からストレスも増え、結果として、損失に敏感になり、損失への適応や許容ができなくなる。だから損失回避性が高くなる――。
競争心と攻撃性を「出世欲」に向ける
日本の会社は基本的に男社会だ。そこで働く男性社員を例に考えてみれば納得できる。同期の仲間より出世したい、少なくとも後れを取りたくないという目標。そのために業績を上げなくてはいけない。同僚と比較して自分だけが遅れられない環境において、失敗は致命傷だ。
だから、利得(成果)を得ることよりは、損失(失敗)を避けようとする心理になる。経営者も同じ心理だ。前任者より業績が悪化することだけは避けなければいけない。
大きな改革をしたり投資をしたりして成果を上げることはなかなか難しい(成功確率は低い)。それよりも、失敗をしないこと、今ある利益剰余金を含めて会社の資産を減らさないこと、売り上げを上げるよりもコスト削減で利益をある程度上げることがベストな戦略だ。
「男らしさ」の特徴である競争心、攻撃性、自己主張などと、損失回避性バイアスとは、一見、そぐわない感じがする。が、逆に、そういった特徴の背後にある業績、出世、名誉、評判への達成欲求があるからこそ損失を恐れるというのは、ある意味、人間心理の真理をついている。
ホフステードの文化モデルで、もう一つ、日本に関係してくるのは「不確実性の回避」の次元だ。社会やそこに住む個人が、あいまいな状況や未知の状況に対して脅威を感じる程度と定義される。
仕事に限って言えば、不確実性を回避しようとする社会では、仕事で緊張したり神経質になったりする傾向があるので職場でストレスを感じる人が多い。転職は未知のものに賭けることになるため、あまり一般的でない。もっともな理由があれば規則を破ってもよいという考え方は受け入れられないことが多い。なぜなら、そういった考え方は、あいまいさを生み、誰もが好き勝手に始めれば、何が起こるかわからないと考えるからだ。まさに、日本の職場でよくある光景を描写しているかのようだ。
不確実性回避スコアが高い国は、損失回避性も高いはず……ということで、損失回避係数との相関関係が算出された。確かに、その傾向は見られたが、「男らしさ/女らしさ」ほどには統計的に頑強とは言えなかった。
ルディー和子著/日本経済新聞出版/990円(税込み)

