アジア最強企業、猛烈に働くエリート集団ーー。そんな言葉で語られてきた韓国サムスン電子が苦境に陥っている。既存事業は中国に追い上げられ、事業構造改革は進まない。硬直的な人事制度の中でいつしか挑戦を忘れ、「大企業病」を患う。そんなサムスンの姿は韓国経済の映し鏡でもある。隣国・韓国のもがく姿を描いた2025年1月刊『サムスンは生き残れるか 逆境の韓国経済』(細川幸太郎著/日本経済新聞出版)から一部を抜粋・再構成する。1回目は、「難しいカジ取りを迫られるサムスン経営」について。
王者サムスンに焦り、その背後に迫るのは中国企業
「残念ながらここ数年、新たな分野を先導できず、追撃者の激しい挑戦を受けている」
韓国最大財閥、サムスングループの3代目総帥、李在鎔(イ・ジェヨン)会長が幹部に対して厳しい現状認識を語り始めた。スマートフォンと半導体、ディスプレー、家電というサムスン電子の主要4部門において、中国企業という「追撃者」との厳しい競争を強いられているためだ。
巨大なマーケットを自国に抱え、国策として産業振興を進める中国に、サムスン、そして韓国産業界が飲み込まれようとしている。
李在鎔氏の父親で中興の祖、李健熙(イ・ゴンヒ)会長が主導した時代には猛烈に働く社風で国内30万人組織がトップダウンで一斉に動いた。しかし、労働組合を支持基盤に持つ革新政権のもとで労働規制は強まり、新型コロナウイルス禍による在宅勤務、若年層へのワークライフバランスの浸透によってサムスンの働き方も大きく変わった。
サムスンも「大企業病」を患う
事業構造の変革が停滞し、足元では稼ぎ頭の競争力も細り始めた。
「その改善案に前例はあるのか、そうでなければGOサインは出せない」。サムスンで働く30代の研究開発職の男性社員は、2023年秋に直属の上司に告げられた言葉が忘れられない。
製造工程での歩留まり(良品率)改善のアイデアを「前例がないからこそ挑戦したい」と訴えたものの、役員の耳には届かなかった。男性社員は「サムスンでは最高の報酬は保証されるものの、ここ数年でやりたい仕事ができなくなってきた」と打ち明ける。
出世競争の中で短期成果を求める傾向が強まり、現場の技術者らが腰を据えて研究開発に挑む気風は乏しい。こうした新しいことにチャレンジしない保守的な状態に陥る「大企業病」をサムスンもまた患っている。
そんなサムスンに見切りをつけて、半導体メモリーでライバルのSKハイニックスに転じる技術者もいる。エリートぞろいで失敗を過度に恐れるサムスンに対して、SKは「新しいアイデアも積極採用しないとサムスンと渡り合えない」(同社技術者)ため現場発の挑戦を推奨する社風がある。
この企業文化によって花開いたのが、人工知能(AI)浸透で需要が急増した「広帯域メモリー(HBM)」と呼ばれる次世代DRAMだ。SKはAI半導体で独走体制を築くエヌビディアと関係を深めてHBMでサムスンに先行した。DRAMはサムスンが東芝を追い抜いた1992年以降、30年以上世界トップを守り続けたドル箱事業だ。先端品で競合他社に先行を許したことは一度もなかった。
2024年に入ってSKハイニックス株が急伸し、サムスン電子株が伸び悩んだ理由がこのHBMの技術格差だった。実はサムスンは2010年代の後半にHBMの開発を断念した経緯がある。エヌビディアなどに代表されるAI時代の到来を見誤って技術開発を怠った。結果的に開発人材だけでなく、サプライヤー各社もSK側との研究開発を重視するようになった。
ゼロからイチ、「創造」が不得手なエリート集団
かつてのサムスンは「日本に学べ」が経営戦略の軸だった。ただ2000年代にテレビや半導体、ディスプレー、携帯電話で日本の電機大手を打ち負かし、自らが世界トップに立ったことで手本となる先行企業を見失った。
2000年代以降の躍進の過程でもサムスンの研究開発部門には、「技術は買ってくるもの」との大方針が根付いていた。東芝出身で同時期にサムスンに転じた技術者は「サムスンは装置と材料メーカーにおんぶに抱っこ。特に日本のサプライヤーに頼って半導体やディスプレーの量産技術を確立していた」と打ち明ける。
サムスンの常務以上の役員任期は1年だ。短期間で成果を出さなければ再契約はない。もともと軍隊的な組織運営をしてきた韓国財閥企業では、各部署のボスである役員のために部下たちが猛烈に働いてきた。
サムスン役員は多額の年俸に加えて交際費や車、名門ゴルフ場の利用など韓国最高水準の待遇が保証される。その一方で、1年で成果が出せなかった場合は突如契約終了を告げられることもある。短期成果にこだわるあまり、部下の技術者たちも長く1つのテーマに没頭して研究することは少ない。エリート集団となったサムスンでは「誰も実験などの泥臭い試行錯誤をやりたがらない」(サムスンで働いた日本人技術者)。結果的に装置や材料メーカーに「最新技術を持って来い」と指示を出す形になって、社内に新技術を育む研究開発力を持ちにくい構造となっている。
ある日系装置メーカー幹部は「とにかく資金力があり、装置の購買量も多いので、最優先でサムスンのために装置改良を続けた」と振り返る。一方で、「サムスン役員は自身の担当プロセスでの歩留まり向上にしか関心がないため、全体最適を見失っている」(別の装置メーカー幹部)との声もある。そこでも横並びの社内競争で短期成果を求める弊害が浮かび上がる。
こうした経緯から、自社内で研究に没頭し「ゼロ」から「イチ」を生み出そうとする技術者は少なくなった。
これは韓国社会全体の人材育成の問題点でもある。韓国のエリート層は厳しい受験競争をくぐり抜けるために正答のある問題を幼少期から大学受験まで解き続ける。採点者の判断で点数がぶれる記述式の問題は「不公正」として排除される傾向にあり、多くの入試問題は選択式となる。問題作成者の出題意図をくみ取って唯一の正答を出す――。その繰り返しで育ったエリート層から斬新な発想は生まれにくい。
韓国で自虐的に語られる話がある。日本に比べて韓国はノーベル賞受賞者が極端に少ないというものだ。これまでの受賞者は2000年に南北首脳会談を初めて実現させて平和賞を受賞した金大中(キム・デジュン)大統領、そして2024年に文学賞に輝いた韓江(ハン・ガン)氏の2人に限られる。生理学・医学、物理学、化学の自然科学分野での受賞はまだない。
あらかじめ正答が用意された問題を解くだけではノーベル賞につながるような独創的な研究を生む土壌は育ちにくい。この自虐話は韓国の教育制度への警鐘ともいえる。画一的な正答を積み重ねることが推奨される青年期を経たエリート層がサムスン入社後、いざ正答のない技術課題に直面して「合格点」を出せないでいるという構図だ。
かつて追う側だったサムスンは主に日本の先行事例を分析して最短距離を突き進んできた。それが幅広い事業で世界首位になったことで先行企業という「正答」を失い、既存事業の停滞打破に明確な一手が打ち出せず、事業ポートフォリオの変革でも後手に回っている。
技術革新を育むために必要なこととは
2022年10月、李在鎔会長は父親の李健熙氏の3周忌の法要を終え、幹部を前に「世の中にない技術への投資に我々の生存がかかっている」と話し、ゼロからイチを生み出す必要性を強く訴えた。同時期には「どう考えても、1に技術、2に技術、3も技術のようだ」とも発言し、新たな収益の柱を生み出すための技術革新を育む組織体制づくりが必要との認識を示した。
事業構造改革のために李在鎔会長肝煎(きもい)りの変革チームも立ち上がった。2023年12月新設の直轄組織「未来事業企画団」だ。
ソウル市南端の研究開発拠点「ソウルR&Dキャンパス」に入居する未来事業企画団には社内外から意欲を持つ多様な人材が集められた。サムスングループの経営資源を生かして再成長につながる事業の「芽」を育てるために、李在鎔氏自ら口説いて海外からも連続起業家(シリアルアントレプレナー)らを呼び寄せて改革チームを組んだ。
未来事業企画団の幹部によると、同組織のミッションは「サムスンの未来の姿を描くこと」だという。製造業に限らず110にのぼる幅広い産業分野における高収益事業を整理・分析して自社が展開可能なビジネスを探る。サムスン関係者は「近いうちに具体的な形を見せられるように成長領域を絞り込んでいく」と話す。
こうした外国企業で働いた経験を持つ人材を積極採用するのも、儒教文化を背景にした上意下達の企業風土を変えなければ、ボトムアップ型の革新的な技術やビジネスモデルが生み出せないという危機感を持っているためでもある。
実質トップ10年の節目で求められるのは…
父である李健熙氏が病に倒れ、唐突に李在鎔氏が実質トップとなって10年がたった。
カリスマ経営者としてサムスンを世界的企業に育てた李健熙氏も、父でありサムスングループ創業者の李秉喆(イ・ビョンチョル)氏の死後、トップに就任してすぐに手腕を発揮できたわけではない。1987年の会長就任から人事を掌握し、明確に自らの経営方針を打ち出すまでには6年の歳月をかけた。そして1993年にドイツのフランクフルトに経営幹部を集めて「量から質へ、すべてを変えろ」と大号令をかけ、韓国の家電メーカーから現在のグローバル企業へと階段を駆け上がることになった。
父親が倒れて実質トップになったのは李健熙氏も李在鎔氏も45歳と共通する。ただ、李在鎔氏は朴槿恵(パク・クネ)元大統領を巡る事件によって逮捕・起訴されて長い裁判対応を迫られたほか、計1年半にわたって拘束された経緯がある。幹部人事などで自身の体制づくりのさなかに拘束された格好で、同事件によって多くの時間を浪費したことは否めない。
2022年に会長に就任して、ようやく李在鎔氏が幹部人事を掌握し、自由に差配できる条件が整いつつある。ただ、父親がトップに立った30年前と比べて、サムスンが身を置くデジタル・IT産業の変化は圧倒的に速く、中国勢の猛追はサムスンの主力事業をむしばみ始めている。既存事業の延長線上にはない、新たな事業を長期視点で創出していく強いリーダーシップが今まで以上に求められている。
細川幸太郎著/日本経済新聞出版/2200円(税込み)

