「アメーバ経営」「カイゼン」など、優れた企業には優れた経営理論が存在する。では、日本を代表する高収益企業キーエンスの経営理論とは何か。顧客ニーズに基づいた独自性の高い商品開発やソリューション提案を続ける仕組み、ファブレス経営といった取り組みの根底に流れるキーエンスの思想とは何なのか。大企業・中小企業を問わず、多くの企業を指導してきたキーエンス出身のコンサルタントである高杉康成氏は、キーエンスとそれ以外の会社の違いを体感してきた。キーエンスは「性弱説」で動いている、というものだ。本連載では、キーエンス流の性弱説に基づいた経営手法について紹介する。その第4回。

 「営業担当者が顧客ニーズを収集し、新製品開発に生かしている」

 キーエンスの高収益性の背景としてよく使われる文言である。顧客ニーズを捉えることは、昨今の顧客ニーズ志向の観点からは重要だ。「マーケットイン」とも呼ばれ、顧客の声に基づいて新製品や新サービスを開発していく。顧客の声を反映するからこそ売れる新製品ができ、高収益につながるというロジックだ。

 一見、高収益性の説明として納得できる。しかし、読者の中には疑問を感じる人もいるのではないだろうか。特に、新製品開発に携わった経験があるビジネスパーソンならなおさらだろう。というのも、「顧客ニーズを聞いて新製品開発に生かす」程度の取り組みは、最近の企業ならどこでもやっている。どこでもやっている手法で高収益を生み出せるなら苦労はない。

 では、一般的な企業がそれだけでは高収益を生み出せないのはなぜなのか。答えは、性善説に基づいた仕組みによる顧客ニーズ収集にある。

 キーエンスでは、顧客ニーズを新製品開発に生かす活動でも性弱説に基づいた視点を重視している。

新製品開発の背景は主に2つ

 新製品開発を考える場合、「なぜ新製品開発をするのか」という目的が大きく2種類ある。この事実をまず押さえる必要がある。

 より多い理由は、「既存製品がだんだん売れなくなってきているため」「競合品に負けだしているため」といった、販売状況・対競合戦略に由来する新製品開発だ。例えば、スマートフォンメーカーが毎年のように新型を出すのは、毎年のように処理速度や記録容量を高めるなどしないと競合の新製品に負けてしまい、販売量が大きく減ってしまうからだ。

 一方、「今ある製品の価値を高めてより高価格で販売する」「世の中に無いような画期的な製品を投入する」といった、付加価値を高めて高収益を目指すタイプの新製品開発も存在する。例えば、「羽根の無い扇風機」「1分でお湯が沸かせるポット」などがそれに当たるだろう。

 前者のニーズ収集はシンプルだ。顧客と接点がある担当者に「顧客ニーズを取ってきてください」と依頼すれば、ニーズを収集すること自体はそれほど難しくない。なぜなら、顧客が今まさに使っている製品の使い勝手や不満点を聞けばいいだけだからだ。

 収集できたニーズについても、特にあれこれ考えずに、ある程度集約してそのまま新製品に生かせる。つまり、「取ってきて」と頼めばニーズが集まり、そのニーズを基にそのまま製品開発ができるのだ。「顧客が正直なニーズを発し、それを正面から受け止めて反映する」という、まさに性善説的な進め方で新製品開発を進められる。

 しかし、後者のような付加価値を劇的に高めたり、全く新しい付加価値を提供したりするような新製品開発の場合、そう簡単にはいかない。なぜなら、顧客も気づいていないような「潜在ニーズ(隠れたニーズ)」に基づいて開発する必要があるからだ。

 この場合、顧客と接点がある担当者に「ニーズを取ってきてください」と頼んでも、ヒントとなるニーズはほとんど拾えない。何せ自分たちは、顧客が使ったこともなく、想像したこともないものを作ろうとしているのだ。

 そうなると、ニーズ収集を依頼しても、顧客がそれを正確にイメージすることも、担当者がそれを引き出して言語化することも難しいと想定しなければならない。「ヒントこそ得られるとしても、そのまま生かせるものが得られるのは難しいぞ」。この考え方こそが性弱説的思考に基づいた姿勢だ。

 「もっと小さなマウスが欲しい」。こういったニーズが顧客から出てきた場合、どのように捉えて、どういう風に新製品開発に生かすべきだろうか。読者も一緒に考えてみてほしい。まずは、先ほどの前者のような性善説に基づいた新製品開発の場合から考えてみよう。

 今作っているマウスの中で、一番小さいマウスは縦8㎝、横4㎝、高さ2.5㎝の楕円形をしているとする。このニーズへの正面からの回答は、これよりも小さいマウスを作るというものだ。

 そこで一回り小さく、縦6㎝、横3㎝、高さ2㎝のマウスを企画する。今までのものよりも小さいから、「もっと小さいマウスが欲しい」と感じていた人に満足してもらえるいい新製品になりそうだ。何せ、顧客ニーズを聞いて直接的に反映した、マーケットインの手法に基づいた新製品なのだ。

 次は、同じニーズから、付加価値を大きく向上させる画期的な新製品開発を模索してみる。この場合、先ほど説明したように、顧客が気づいていない「潜在ニーズ」を見つけなければならない。そうなるとまず考えるべきは、「もっと小さなマウスが欲しい」というニーズが、どういった理由によるものかを考えるところから始まる。

 顧客ニーズにはいくつかの種類がある。例えば、新しいチョコレートパフェを作るというような、個人の趣味嗜好が大きく反映されるような新製品開発のニーズが1つだ。この場合、ある人が「バナナがたくさん入ったチョコレートパフェがほしい」というニーズを出したとしても、そのニーズがみんなに受け入れられるかどうかは分からない。なぜなら、単にこのニーズを出した人の好みかもしれないからだ。アパレル製品なども同様で、この種のニーズには「好き嫌い」が多分に反映される。

電子ケトルが大成功したワケ

 次に、「現状何らかの方法でやっているが、もっと楽になったり便利になったりすればいい」という類いのニーズである。例えば、先ほど紹介した「1分でお湯が沸くポット」などはこの類いのニーズに基づいて開発されている。

 従来は、大容量のお湯を沸かせるポットが主流だった。それだけたくさんお湯を使う機会があったからだ。しかし昨今の家族構成はというと、単身と2人世帯の比率が全世帯の50%以上を占めている。つまり大家族が減って、一度にたくさんのお湯を必要とする場面が減ったのだ。代わりに、1人や2人といった人数で、少なくていいからすぐにお湯が使えることを望む世帯が増えた。

 この変化をうまく捉えて新しいカテゴリーを生み出すほど大成功したのが電子ケトルだ。このように、現状何らかの方法でやっているが、その方法では都合が悪くなったり不便になったりした場合に出てくるニーズこそが潜在ニーズといえる。これを見つけることが成功につながる。

 話を先ほどの「小さいマウスのニーズ」に戻そう。このニーズはどちらの類いなのだろうか。もし、前者の趣味嗜好型のニーズだとすると、それが好きな属性の人たちにしか売れない。本質的な困り事ではないからだ。

 一方、後者の困り事解決、便利系のニーズだった場合には、さらに深掘りしないと本当のニーズが分からない。「そもそも、なぜそんなに小さいマウスが必要なのか」「現状はどういった方法を採用していて、なぜそれではダメだと感じているのか」を追究する姿勢が求められる。

 このような視点で捉えようとすると、「顧客ニーズを取ってきて」と頼めば比較的簡単にニーズが収集できるというような性善説的な姿勢では難しいことが想像できるだろう。「より潜在的なニーズは顧客から直接的には拾えない」という性弱説視点でのアプローチが不可欠なのだ。

顧客が本当に欲しいもの

 性弱説的な視点に立って現状方法を聞いて得られた情報はこうだ。

 「スマホゲームの画面をモバイルモニターに映して使っている。しかし、モバイルモニターのタッチパネルを触るには、わざわざモニターに近づかないといけない。一方、スマホの画面でボタンを押そうとすると、ボタンが小さくて押しにくい。パソコン等で使うマウスを使っているものの、マウスパッドなどの上に置かないといけないため、使いにくさがある」

 この情報をよく分析してみると、「小さいマウスが欲しい」というニーズを口にした顧客が本当にやりたいことは、「離れた場所からモバイルモニターの映像を見ながら、スマホゲームを簡単に操作できる道具が欲しい」ということになる。

 つまり、これこそが「小さいマウスが欲しい」と言った顧客が持つ「潜在ニーズ」なのだ。

 「小さいマウスが欲しい」というニーズに対して、性善説的な捉え方をすると、出てきたニーズをそのまま顧客が本当に欲しいものと受け止める。その結果として出来上がる小さいマウスは、この顧客を満足させることはできない。

 だからこそ、「顧客の言葉からは潜在的なニーズはなかなか出てこない」という前提に立つ性弱説的視点が潜在ニーズ収集には求められる。現状のマウスの利用方法を確かめ、潜在ニーズを引き出していくためだ。その答えは「離れた場所からモバイルモニターに映る映像を見て、スマホゲームを簡単に操作できる道具が欲しい」というものだった。このニーズを満たすことができれば、画期的な製品となる可能性がある。

 例えば、片手で握って親指や人さし指などでカーソルを移動させたり、ボタンを押したりできる無線通信型のコントローラーであれば、このニーズを満たせそうだ。そして、モバイルモニターの市場動向を調べると、順調に拡大しているため、単なる一個人の好き嫌いではなく、モバイルモニターを購入するスマホゲーム愛好家が増えており、彼らの多くが同じニーズを持っていると推測される。

持続的に売れるものは社会環境と連動している

 潜在ニーズに基づいて新製品開発をする際に、ニーズの深掘りとは別に重要なことがある。それは、引き出した潜在ニーズが社会環境と連動しているかという点だ。先ほどの、「1分で沸かせるポット」については、「たくさん沸かすよりも早く沸かしたい」というニーズを現状方法から導き出した。そして、単身と2人世帯が増えているという社会環境の変化がある。

 早く沸かしたいという潜在ニーズがいくら出てきても、もしかしたらそのニーズは限られた価値観を持つ小集団にしか刺さらないかもしれない。もしくは一過性かもしれない。しかし、単身、2人世帯の増加という社会環境と連動していると確認できれば、それが一過性ではなく、持続性のあるニーズであると見極められる。

 この関係性を示したのが下の図である。図の左側は性善説のアプローチで得られる「顕在ニーズ」。右側は性弱説のアプローチで得られる「潜在ニーズ」だ。縦軸は社会環境との連動性の高低を軸としている。上側は社会環境との連動性が低いニーズ、下側を連動性の高いニーズに分けた。

 既述のように、社会環境と連動しているニーズは持続性があり、発売した新製品が売れ続ける確率も高くなる。一方、連動性が低い場合は、一過性のニーズである可能性が高く、新製品の売れ行きは長続きしないケースが多い。「タピオカブーム」「たい焼きブーム」といった、「○○ブーム」と呼ばれるものの多くがこれに当たる。食品やアパレルなどのブームは、日本人の食生活や生活習慣の変化に連動したものではないからだ。

 この図では、潜在的なニーズであり、社会環境との連動性も高い右下のニーズに基づいた新製品が高収益性と持続性を併せ持っている。キーエンスはまさに、この類いのニーズを集めて新製品開発に生かしているのだ。そしてこの分野に取り組む結果として、「世界初」「業界初」といった画期的な新製品を発売し続けると同時に、それが持続的に売れる。これこそがキーエンスの高収益性の源泉だ。

 「顧客ニーズ志向」「マーケットイン」という考え方は決して間違っていない。しかしながら、顧客ニーズへのアプローチを間違うと、顕在的で持続的ではない左上のニーズを拾ってしまう。にもかかわらず、「顧客ニーズ志向」といった言葉が印籠のように使われて誰も止めることなく、「売れない新製品」「儲からない新製品」を連発している会社もある。ニーズの取り方にも、性弱説的なアプローチがあると認識し、仕組みをつくり込む必要がある。

(写真:わたほこり/stock.adobe.com)
(写真:わたほこり/stock.adobe.com)

日経ビジネス電子版 2024年7月11日付の記事を転載 
※本記事は「日経トップリーダー」2024年7月号の記事を基に構成]

超高収益企業キーエンスを貫く根本的な考え方「性弱説」とは、人を善悪ではなく弱いものと捉え、その前提に立ってビジネスにまつわる仕組みや制度を整えていくこと。日経トップリーダー、日経ビジネス電子版での連載「キーエンス流『性弱説経営』」に、100ページ以上の書き起こしを加えて再編集した本書は、キーエンスと一般的な企業の間にある考え方の違い、それによる行動の違いについて理解を深め、読者の皆さんがご自身の働き方を見つめ直すきっかけの提供を目指しています。

高杉康成著/日経BP/1870円(税込み)

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