自社の商品の顧客はどうやって作ればいいのでしょうか。多くの商売において売り上げの約半分、あるいは将来の成長の大部分が「無関心層」の獲得によってもたらされています。しかし関心の薄い顧客を獲得するのは簡単ではありません。無関心な未顧客とどう向き合い、どう獲得していけばよいのか――。そのためには、消費者の行動を理解する必要があります。前回は消費者の「習慣」ができるメカニズムを解説しました。一度、習慣が確立すると消費者はその中にロックインされ、習慣を変えることが難しくなります。今回は習慣ができるまでの経過や時間を見ていきます。本特集は書籍『“未”顧客戦略』(日経BP)から抜粋し、消費者の「習慣」がどのように作られ、どのように自社の顧客として無関心な消費者を獲得していくのかを解説します。
マーケティングに対する習慣化のメカニズムがもたらすもう1つの重要な示唆は、習慣は機能の差別化やスペックの優位性では打ち破れないことが多々あるということです。みなさんも実務の中で、「ウチのほうが機能や品質は高いはずなのに、知名度が高い競合が選ばれ続ける」という現象に悩まされたことがあるのではないでしょうか。
実際、マクドナルドとシャープ(2000)は、ある程度価格が高かったり、あるいは品質が低かったりしても、認知度が高いブランドのほうが圧倒的に選ばれやすいことを示しています。他のブランドを試すことはあっても、長期的に見れば大半の消費者が「馴染みのあるブランド」に戻ってくるのです。
なぜそうなるのか―それはポリアの壺と同じロジックです。多くの人が「最初の選択が次の選択を規定し、その結果がまた次の選択を強化する」というループを経た結果、購入機会ごとにブランドAとブランドBを逐次検討するのではなく、「ある生活文脈においてブランドAは自分にとって必要十分な機能や属性を備えている」という記憶を頼りに選択するようになります。つまり習慣として確立されるわけです。
ポイントは「必要十分」という部分です。ビジネスでは何かにつけて最適化や最大化といった表現が好まれますが、消費者はそのブランドが「最高」ではなくても「十分」でさえあれば、積極的に他の選択肢を探そうとはしません。なぜなら多少の不便より変えるほうが面倒だからです。
ですから、商品間でスペックを厳密に比較すると非効率な選択であっても、浸透率の高いほうが選ばれ続けるわけです。要するに我々の脳は「こういう時はこれでOK!」と思考停止したいのです。日々の生活には「どのブランドを選ぶか」以上に大事なことが山ほどあるので、普通の消費者はそんな細かな差異やら新機能やらに、かまけていられないのです。
個人の習慣の集積が市場レベルの規則性を生み出す
こうした個人のミクロな習慣が、何十万・何百万人レベルの母集団で同時かつ確率的に起こることで、市場には一定のパターンが生まれます。その代表例が「浸透率が増えればロイヤルティも高まる」というダブルジョパディの法則です(Sharp, 2010)。
浸透率が高いということは、それだけ多くの消費者が「今の選択が次の選択を強化する」というポリア的な自己強化を受けているということですから、そのぶんリピート率も高くなるわけです。
実際、ダブルジョパディは極めて広範囲のプロダクトやサービスに当てはまることが明らかにされており(例: Driesener & Rungie,2022; Sharp et al., 2024)、特に浸透率の高いブランドがカテゴリー内のライトユーザーを多く引き付ける現象は「自然独占の法則」として広く知られています(Sharp, 2010)。
「顧客の合理」にマーケティングを合わせる
このように、我々の購買行動の大部分は確率や習慣に支配されており、データからもその影響を確認できます。企業側から見れば不合理であっても、消費者にとっては習慣にならった選択方略のほうがむしろ合理的だということです。であるならば「マーケターの目的地」もそうです。
色々な購入文脈で思いつきやすく、見つけるのも簡単で、どこでも買える、使い勝手の良い「いつものアレ」―ブランドを習慣化してもらうためには、そうした都合の良さ(アベイラビリティ)の維持や強化が重要なのです。
実際、アデレード大学アレンバーグ・バス研究所のバイロン・シャープ教授によると、ブランド成長には「メンタルアベイラビリティ」と「フィジカルアベイラビリティ」という2つの市場ベースの資産(Market-Based Assets)の構築が不可欠とされています(Sharp et al., 2024)。
メンタルアベイラビリティ:様々な購買文脈でカテゴリー需要が発生した時に、ブランドを思い出しやすい状態。あるいはそうした記憶構造をあらかじめ形成しておき継続的に維持、更新すること
フィジカルアベイラビリティ:カテゴリー需要が発生した時にブランドを見つけやすく、買い求めやすい状態。カテゴリー購入者がいる所にブランドが配荷され、各顧客層・各購買文脈で求められる商品属性を備えており、オンライン/オフライン含めた売り場の中で見つけやすいこと
習慣の観点で言うと、「想起の習慣」を支えるのがメンタルアベイラビリティです。ブランドを思い出すきっかけや、ブランドに関連づけられた連想を構築することがポイントとなり、主に広告(WOM=口コミを含む)や実際の利用経験が関わってくる領域です。
それに対して「選択の習慣」を支えるのがフィジカルアベイラビリティです。こちらは主に流通、製品、価格が関わってくる領域です。CEPやDBA(Distinctive BrandAssets:独自のブランド資産)は両方に関わってくるのですが、特にDBAはメンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティを結びつけるために重要な役割を果たします。
習慣理解:新しい習慣が形成されるまでの過程と期間
では、どうすればアベイラビリティを構築できるのでしょうか。その鍵の1つが、日々の行動が習慣化するまでのプロセスを把握する「習慣理解」にあります。
まず、行動が習慣になるまでの一般的なプロセスを見ていきましょう。この分野の権威である南カリフォルニア大学のウェンディ・ウッズ教授の代表的な研究(Wood & Rünger, 2016)を参考に、未顧客が顧客となり、ブランドの利用が習慣になるまでのプロセスを4 つの段階に分け、それぞれの段階におけるマーケターへの示唆を解説します。
1:ゴール設定と初期の動機づけ
未顧客が「この課題を解決したい」といったニーズや「もっとこうなりたい」という目的を認識する時点が開始点となります(例:健康的な食生活を送りたい、タスクをもっと効率的に管理したい)。習慣形成の初期段階ではこうした具体的な目的が動機となり、特定の行動が繰り返されます。
この段階では顧客のジョブやペインに着目し、その解決に向けた提案を行いましょう。いわゆる顧客理解からインサイトを導き出し、価値提案をしていく、従来通りのマーケティングです。
2:文脈と行動の「関連づけ」の開始
未顧客が顧客となり、自身の目的を達成するためにあなたの製品やサービスを繰り返し利用する段階です。この段階での行動はコンテクスト&ゴールドリブンです。
つまり何らかの問題意識や目的意識を感じながら、特定の生活文脈(例:通勤電車の中)で特定の行動を繰り返すわけです(例:メールをチェックする)。ブランドを繰り返し利用する中で、顧客はそこから得られる報酬(例:タスク完了の達成感、サービス利用による快適さ)を経験します。
この段階では、広告などを通して報酬となっている文脈価値(CEP ×商品属性)を明示的にリマインドし、メンタルアベイラビリティを強化することが重要です。
3:習慣の強化と報酬の鈍感化
さらに習慣化が進むと、顧客の意図や意向とは関係なしに、時間、場所、直前の行動、特定の人物といった利用文脈に報酬が条件づけられていきます。要するにCEP自体が行動のトリガーになっていくわけです。
そう言われてもピンとこないかもしれませんが、こうしたメカニズムを表す有名な研究に「映画館とポップコーン」の実験があります(Neal etal., 2011)。映画館に来た人に、湿気ったポップコーンと新鮮なポップコーンを渡します。
湿気ったポップコーンは美味しくありませんから、大半の人は残します。しかし映画館でポップコーンを食べる習慣がある人は、たとえ湿気っていても、新鮮なポップコーンと同じ量を食べたそうです。ところが習慣が確立されている人でも、映画館とは異なる文脈(会議室)で同じテストを行うとやはり食べる量は有意に減少したそうです。
つまり、習慣が弱い人の行動は「美味しいポップコーンを食べたい」という目的や報酬によって規定されるのに対して、習慣が強い人の行動は「映画館でポップコーンを食べる」という文脈によって規定されるということです。
最初は「映画を見ながらできたてのポップコーンを食べたい」という目的で始まった行動でも(目的→行動)、習慣化が進むと、報酬(味)とは無関係に文脈(映画館)が行動反応(ポップコーンを食べる)を自動的に引き起こすようになるわけです(文脈→行動)。
4:文脈変化による一時的なかく乱
習慣として定着すると、行動は文脈との直接的な結びつきの強さにより“ロックイン”され、目的は行動を予測するメインドライバーではなくなります。しかし、顧客の生活環境に何かしらの変化(例: 引っ越し、転職、ライフステージ、など)が起こると、習慣的な行動反応の引き金となっていた「文脈」も変わることになるため、確立された習慣が一時的にかく乱されます。この時、顧客の行動は再び目的志向に戻るため、他の製品/サービスへの切り替えや、新しい価値提案のトライアルを促す絶好の機会となり得ます。
以上1~4のプロセスを経て、習慣化が進んだ消費者のカスタマージャーニーは例えば以下のように表現できます。カテゴリーヘビーユーザーは日々の行動を無意識のうちに行っているのです。
どうして無意識に行動できるような習慣が成り立っているのか?という視点で読み解くと、無意識な行動の中に行動の契機となる文脈や目的、そしてそこから何が想起されたから、どのような行動に至り、どんな報酬を得ているのか、という構造を読み解けます。
以上のように、カテゴリーヘビーユーザーのカスタマージャーニーを逆算することで、商品やサービスの利用を習慣化させていくために必要な要素を見つけ出せます。
行動が習慣になるまでにかかる時間
習慣化は最初が肝心です。行動科学の研究によると、新しい習慣は初期に急速に形成され、その後は緩やかに安定するという一種の「逓減曲線」を描くことが示されています(Lally et al., 2010)。
つまり、同じ文脈で繰り返し行動することで最初は大きく自動性が増加するものの、徐々に増加のペースが緩やかになっていき、最終的にはある程度の水準で「プラトーに達する(≒ほとんど意識することなく実行されるようになる、習慣として定着する)」わけです。
では、そこに至るまでにどれくらいの時間がかかるのでしょうか。
これについては一概には言えません。お察しの通り、物事により、また人により差があるからです。ただ、大まかな目安となりそうな実証研究もあるので、いくつか紹介したいと思います。ラリーらの実験では、昼食時に果物を食べる、夕食前に15分間走るといった日常的な行動の場合、習慣として定着するまでにかかる期間(自動性の95%に達するまでの中央値)は約66日と報告されています(Lally et al., 2010)。
ただし個人差によるところも大きく、全体では18 日から254 日と大きなばらつきがあったことも示されています。
また行動の複雑さによっても習慣化の速度は変わってくるようです。同実験では、参加者が選択した行動を「飲む」「食べる」「運動する」の3つのカテゴリーに分類し、習慣化の速度やプラトーに達するまでの時間を比べているのですが、飲む行動では59日、食べる行動では65日、運動では91日と報告されています。統計的な有意差はないものの、運動は飲む・食べるよりハードルが高い行動であり、その分初期の習慣形成にかかる期間も長くなるようです。
健康習慣に関しては「21日で習慣ができる」「3週間で変われる」といった言説もありますが、近年の研究では否定されています。
例えばカウシャルとローズ(2015)は、ジム通いを習慣化する場合、「6週間連続で週4回以上」運動を継続できれば以降は自発的に運動を続けやすくなることを報告しています。
より近年のメタ研究では、健康習慣の形成にかかる期間は中央値で約2~2.5カ月(59~66日)、平均値で約3.5~5カ月(106~154日)かかることや、そもそも大きな個人差があること(4~335日)などが報告されています(Singh et al., 2024)。
また習慣化を促進する重要な要因としては、夜より朝に行うこと、同じ状況で繰り返し行動すること、習慣形成の初期段階での繰り返しの頻度が高いこと、自分で「これを習慣にしたい!」と決めた行動であること、その行動を楽しい、心地よいと感じることなどが挙げられています。よく言われるように、「自分が楽しいからやる」という入り口のほうが習慣として定着しやすいわけです。
いずれにしても、最初の数週間~数カ月で行動の自動化が急速に進むという点がポイントになってくるのではないでしょうか。例えばサービス財においては、トライアルや利用開始から2 カ月程度はカスタマーサクセスの視点から体験の向上を図り、習慣ループを重点的に強化する必要がありそうです。
日用品のマーケティングでは最初の数回の利用体験が重要になるということでしょう。そこでの体験や認識次第で、習慣に食い込むことができるかどうかが分かれてくるのだと思われます。また、自社のプロダクトやサービスをいかに特定の文脈(CEP)に関連づけたエンターテインメントにするか、という視点も大切になってきそうです。
一方、新しい行動が完全に日常生活の一部になるまでには、長い時間がかかるという大原則を忘れてはいけません。最初の数カ月を過ぎた後も、継続的にメンタルアベイラビリティやフィジカルアベイラビリティを維持することが重要です。

(書籍『“未”顧客戦略』を基に再構成)
[日経クロステック 2026年1月23日付の記事を転載]
村山幹朗、芹澤連(著)/日経BP/2640円(税込み)

