教員はどのように教員という職を選ぶのでしょうか。また、どうすれば教員は増えるのでしょうか。「子どもの教育」というと、親が自分の経験で語ったり、周りの情報をうのみにして行動してしまったりするもの。そういった「思い込み」を排し、根拠に基づいた論理的分析で結果を導くために、経済学が活用できます。日経文庫『教育投資の経済学』(佐野晋平著)より抜粋のうえ紹介します。

教員になるか、ビジネスパーソンになるか

 見逃されがちですが、教員供給は他の職業の動向の影響を受けます。職探しをする個人にとって教職は数ある職業の1つであり、教職の条件が他の職と比較して良いか悪いかが重要だからです。さらに、この職業選択は教員の質と関連します。この点を職業選択の問題から考察してみます。

 大学生は卒業後に教員になるかビジネスパーソンになるかの問題に直面しているとします。大学生はそれぞれ異なったスキルを持っており、スキルが高ければ高い給与を得ます。そして、同じスキルであれば高い給与を得られる職業を選択するとします。このとき、スキルと給与の関係、職業間で評価されるスキルの関係により、様々な帰結を生みます。

 教員とビジネスパーソンで評価されるスキルは同じであるとし、あるスキルの水準を超えるとビジネスパーソンの給与は教員の給与より高くなる状況を考えます。この想定の場合、あるスキル水準より高いものはビジネスパーソンとなり、あるスキル水準より低いものは教員となります。すると、ビジネスパーソンの平均的なスキル水準は教員の平均的なスキル水準より高くなります。この想定であれば、教員とビジネスパーソンの給与水準の変化により、教員の質が変化することになります。つまり、教員の質の向上を測ろうとすれば、教員の給与をビジネスパーソンの給与より相対的に高くすることが重要です。

 教員とビジネスパーソンで評価されるスキルがまったく異なる場合を考えてみます。つまり、教員として評価されるスキルは、ビジネスパーソンとして評価されるスキルと負の関係がある場合です。この場合は、教員のスキルは教員になれば高い賃金として評価されますが、ビジネスパーソンとしてはそのスキルは低い賃金として評価されます。教員スキルが高いものは教員となり、ビジネスパーソンスキルの高いものはビジネスパーソンとなります。この場合は、教員給与の絶対額の引き上げが教員の質向上に重要となります。

給与と教員の質との関連

 教員とビジネスパーソンで評価されるスキルがまったく同じなのと、まったく異なるのは極端な場合であり、実際には緩やかに関連していると考えられます。例えば、教員として評価されるスキルはある一定水準まではビジネスパーソンで評価されるスキルと関連するが、一定水準を超えるとビジネスパーソンで評価されるスキルとほぼ関連しない場合です。あるスキル水準より高いものはビジネスパーソンとなり、あるスキル水準より低いものは教員となる点、教員の質向上には教員の給与がビジネスパーソンの給与より相対的に高いことが重要である点は、教員とビジネスパーソンで評価されるスキルがまったく同じ場合と同じですが、相対的な教員の給与の引き上げが思ったほど教員の質を向上させるかは不明です。

 いくつかの研究は、教員の質と労働市場での条件との関係の重要性を指摘しています。米フロリダ州の公立学校の児童生徒および教員のデータを用い、教員として就職するときの景気状況と教員の質の関連を分析した研究があります。教員付加価値モデルアプローチにより計測した教員の質と教員の経験との関係を調べ、不況期に採用された教員の質はそれ以外の時期に採用された教員の質よりも高いことを発見しています。

 日本においては、都道府県パネルデータを用い、教員の質と生徒の学力や長期欠席との関連を分析した二木美苗氏の研究があります。この研究は、教員の質が教員採用試験倍率や平均的な教員給与と他の職業の平均給与との差に現れる点に着目した指標を作成し、その指標は学力スコアの上昇よりも生徒の長期欠席を抑制することを発見しています。これは間接的ですが、教員の労働市場の状況と教員の質の関係を明らかにしたと言えます。

教職は女性にとって働きやすい?

 職業選択において、給与だけではなく給与以外の要因(福利厚生や労働環境など)も重要です。これは労働経済学における、補償賃金格差という考え方に対応しています。給与が高い代わりに労働環境が過酷である仕事と、給与は低いが労働環境は快適な仕事といったように、給与と労働環境のパッケージで仕事を選択する場合です。この場合、教員給与が他の職業より低いとしても、その他の労働環境、例えば長い期間同じ地域で働くことのできる条件が重要かもしれません。

 これは、学校教員は他の職業と比べ相対的に女性比率が高いという特徴と関連していると考えられます。小中学校教員における女性比率は50%を超えています。また長期勤続という特徴もあります。2019年の『学校教員統計調査』によると、小学校教員の平均勤続年数は男性で17.7年、女性で16.5年、中学校のそれは男性で18.5年、女性で16.8年です。

小中学校の女性教員の比率は50%を超える(写真:eggeeggjiew/stock.adobe.com)
小中学校の女性教員の比率は50%を超える(写真:eggeeggjiew/stock.adobe.com)
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 同じ年の『賃金構造基本統計調査』によると、大卒一般労働者で男性の平均勤続年数は13.4年、女性の平均勤続年数は7.8年です。他職と比較し平均勤続年数が長い理由は、金銭的な待遇面だけではなく、育児休暇がとりやすかったり、異動が域内であったりすることにより、女性にとって働きやすい労働環境である可能性があります。

 教職が女性にとって働きやすい職業であるなら、労働市場における女性の雇用機会の変化は教員市場に影響を与えていると考えられます。実際、海外の研究では、女性の労働市場の状況の変化により、教職を選択する女性の傾向の変化が観察されています。米国の研究によると、労働市場における女性の就業機会の拡大により、女性、特に学力上位層の女性が教職以外の職を選択するようになったことを発見しています。

 日本では教職に就くためには大学の教職課程を卒業する必要があるので、教職選択の傾向は学部の選択行動に表れるはずです。過去30年間で女性の大学進学率そのものも上昇しているので、女性の学部選択について、大学に入学した全女性の学部ごとの相対シェアを『学校基本調査』より計算します。1984年時点は人文系35%、教育系16.6%、社会科学系15.5%だったのが、2014年時点で人文系21.2%、教育系10.2%、社会科学系25.3%と、女性の学部選択は変化しています。

 これは1986年施行の男女雇用機会均等法などにより、女性の職業選択機会が拡大し、これまでは教育学部を選択していた女性が、経済学部など社会科学系を選択するようになった可能性を示唆しています。

日経文庫『 教育投資の経済学
「いい大学を出ると給料は高いのか」「なぜ教員不足が生じているのか」「ゆとり教育の効果は」──。経験や勘で語られがちな学校教育を、様々な角度から分析。データをもとに教育の価値を再考する。

佐野晋平著/日本経済新聞出版/1320円(税込み)