会社を辞めずに、必要最低限の仕事しかしない「静かな退職」が世界的に広がっている。しかし、その働き方を選択すると、自分自身を不幸にする危険が高まるという。『なぜ私たちは、仕事が嫌いになるのか。 ハイパフォーマーの隠された真実』(相原孝夫著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成して解説する。
会社は辞めず、必要最低限の仕事しかしない
人生のウェルビーイング(良好な状態=幸福度)を高めるには、仕事で高いパフォーマンスをあげることが不可欠な条件である。
しかし、困ったことに、「反労働」と言われる、仕事に背を向ける機運が全世界的に起こっている。自分の時間やエネルギーを人生の他の面にもっと注ぎたいという思想が根本にある。反労働の一つの典型としての「静かな退職(Quiet Quitting)」について見ていきたい。
静かな「退職」といっても実際に会社を辞めるのではなく、会社に属しながら必要最低限の仕事しかせず、あたかも退職したかのような精神的余裕を持って働こうとすることを指す。静かな退職は、近年、世界的な広がりを見せている。中国では「タンピン(寝そべり)」という言葉で表現される。
静かな退職などの意識は、人生における仕事のウエートがあまりに高くなっていることへの反発の側面が強いと思われる。平日5日間の活動時間の大半を、通勤を含めた仕事時間が占めている。残業が多ければ、それ以外の活動時間は微々たるものとなる。人間関係についても、友だちなどプライベートの関係はどんどん少なくなり、気がつけば仕事がらみばかりになる。
平日は、職場の同僚と多くの時間を過ごす一方で、家族とは、就寝前と起床後のわずかな時間を共に過ごすだけ。思わず、「仕事をするために生きているのではない」と言いたくなるのも致し方ない。
静かな退職は、心が勤務先の企業から離れ、職務に就いたまま仕事へ注ぐエネルギーを静かに減らしていく状態だ。契約上義務づけられている範囲を外れた業務(サービス残業や勤務時間外のメールチェックなど)はせず、必要以上に熱心に働かない労働スタイルを指す。
ちなみにこれはホワイトカラー労働者に特有の現象だ。ホワイトカラーの多くは、時間や労力をどの程度注ぎ込むかが個人に任されるため、このような選択が可能となるわけだ。
米国を中心に静かな退職は注目を集め、人々は仕事とプライベートを明確に線引きし、やりがいや自己実現は求めず、「仕事は仕事」と割り切って働く。「頑張りすぎない働き方」などとも表現される。
「静かな退職者」を見分ける兆候
静かな退職は、拙著、『 職場の「感情」論 』(日本経済新聞出版)で述べた、職場に対してそっぽを向いている「職場難民」とも重なる。突出した不満もなければ熱意もない、冷めた人たちだ。皆さんの周りにもいないだろうか。以下がその兆候だ。
・会議でいっさい発言をしない
・毎日定時出社、定時退社
・自分からはあいさつしない
・飲み会などのイベントには参加しない
・他者の業務や状況には無関心
・提出物は常に納期ぎりぎりで提出する
よくある「総論賛成・各論反対」も同列にある。総論の段階ではまだ業務が具体化していないので、賛成しても自らに火の粉が降りかからない。しかし、各論の段階になると、業務として現実味を帯びてくる。賛成すれば、自らに責任が生じるなど、影響が及ぶ可能性が高まる。そのため、労力を割きたくない人は、前向きな反応を示さない。
会社に愛着がなく、仕事に熱意がないのであれば、退職すればよさそうなものだが、そのつもりがない点が、企業や投資家にとって問題を大きくしている。プライベートを充実させるためにも、生計は安定させたい、それゆえ会社は辞めない、という判断だ。生計を立てる手段は他にもあるが、会社に所属するのが最も現実的であり、安定的であり、楽なのだ。
もちろん、企業側にとっては大きな問題だ。企業は――悪い言い方をすれば「搾取の論理」だが――従業員が「給料以上」の貢献をすることで成り立っている。それで初めて利益が確保でき、存続できる。
だから、従業員が給料相当分しか働かない、あるいはそれ以下の貢献しかしないとなると、成り立たなくなってしまうのだ。
職場で孤立し、自己嫌悪感が高まる危険
いったん、「静かな退職」状態になると離脱は難しくなり、退職もしにくい状態に陥るとされている。
必要最低限の仕事しかしないので楽であり、わずらわしい人間関係にからめ捕られることもなく、プライベートを充実させる時間が確保できる。また、新たなチャレンジをしないので、失敗もなく、変化の少ない安定した環境で働くことができる。
しかし、こうした状態で働くことが本当に当人にとって望ましいのだろうか。
必要最低限の業務しか行わなければ、他の社員の負担は増える。日本企業のように、各人の責任や役割範囲が明確でない場合、なおさらそうだろう。
役割があいまいな組織ほど、相互関係で成り立っているから、協調的な態度をとれなければ、周囲の不公平感や不信感を招き、居心地も悪くなる。場合によっては孤立しかねない。職場での孤立がストレスにならないわけはない。
ギャラップ社の調査で、興味深い結果が見られた。仕事への打ち込み度合いの低さと反比例するように、職場におけるストレスレベルが高まっているのだ。同調査における職場でのストレスレベルに関しての質問では、44%もの人が「前日の仕事の影響で、一日の大半でストレスを感じている」と回答している。
また、リコー経済社会研究所の「注目を集める『静かな退職』」というリポートでは、オーストラリア公認会計士協会のジャネク・ラトナトゥンガCEO(最高経営責任者)の、「新しい仕事を余計なものとして避けてばかりいると、試練を乗り越えるという経験ができず、逃げ癖がついてしまう」という言葉を紹介している。
ラトナトゥンガは、さらに「そうした行動様式は、私生活にも影響を及ぼし得る」として自己効力感の低下、さらに自己嫌悪に陥る可能性を指摘している、という。
結局、「静かな退職」によって、余裕をもって働いているつもりでも、逆にストレスが増している可能性が高いということだ。仕事をする場にいながら仕事に打ち込まないのは、矛盾を抱えた状態だ。
相原孝夫著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)

