時価総額世界一を2024年6月に達成し、AI(人工知能)最強企業として急成長を続ける米エヌビディアを率いるのが、創業者であり最高経営責任者(CEO)のジェンスン・ファン氏だ。『NVIDIA(エヌビディア)大解剖』(島津翔著、日経BP)から、ファン氏の人生観や経営観が浮かび上がる語録を抜粋してお届けする。
1:もう一度起業しろと言われたら、絶対にやらない
2:ミッション・イズ・ユア・ボス
3:AIが皆さんの仕事を奪うわけではありません。AIを使った人間が皆さんの仕事を奪うのです
4:期待値が高すぎる人たちは、とても打たれ弱い
エヌビディアの創業者であり30年以上にわたってCEOを務めてきたジェンスン・ファン氏は、その語り口と情熱で人々を魅了する稀代のストーリーテラーでもある。彼の人生観や経営観が浮かび上がってくる、珠玉のジェンスン・ファン語録を紹介しよう。

1:もう一度起業しろと言われたら、絶対にやらない
(2023年10月、ポッドキャスト番組「アクワイヤード」)
ジェンスン・ファン氏の起業に対する考え方が垣間見える発言。米国のポッドキャスト番組「アクワイヤード」で、「魔法によって30歳に戻り、親友2人とデニーズに行って会社を立ち上げようという話をするとしたら、どんな会社を立ち上げますか?」と聞かれた時の返答だ。ファン氏は30歳で当時勤めていた米LSIロジックを辞め、友人2人とエヌビディアを立ち上げた。
ファン氏はこの質問に対して即座に首を横に振り、「会社を設立することは、私たちの誰もが予想していたよりも100万倍難しいことだった。あの時、もし私たちが(起業後の)痛みや苦しみ、耐えなければならない課題、羞恥心などのリストを理解していたら、誰も会社を始めなかっただろう。まともな人なら誰もやらない」と返答した。
ファン氏は、起業後に待っている数多の壁を知らずにスタートアップの世界に飛び込めるのが「起業家の超能力である」と説明する。ある種の無知こそが起業家にとって重要な要素であり、それらを知り尽くした今の段階でもう一度、起業することの難しさを説いている。逆に、連続起業家へのリスペクトが感じられる言葉でもある。
2:ミッション・イズ・ユア・ボス
(ジェンスン・ファン氏が考案したエヌビディアのポリシーの1つ)
直訳は「あなたの上司は使命だ」。ミッションを達成するために行動することがエヌビディアの組織文化になっている。同社の組織には、リポートラインはあるものの、正式な組織図はない。プロジェクトが立ち上がると異なる部署から人が集まり、バーチャルなチームが生まれる。マネジメントの定石からすると複数の異なるチームは労務管理を複雑にするが、「ミッションがボスである」という文化が彼らの働き方を支えている。組織に壁はなく、問題解決などのミッションを遂行するために各自、何ができるかを考えて行動するというシンプルな原則だ。
企業の人事制度に詳しい京都大学経営管理大学院特命教授の鵜澤慎一郎氏は、「エヌビディアは半導体メーカーではあるが人事面ではコンサルティング企業に近い」と解説する。コンサルタントが案件ごとにチームを組むように、専門性の高い人材がそれぞれの分野の知見を持ち寄ってプロジェクトチームを形成する。
AIの需要を先取りして準備できたのも、この組織文化の存在が大きい。経営者が「明日から全員がAIを学んでほしい」と伝えたとしても、ミッションに従って行動することに対する土壌がなければ従業員は即行動に移せない。ファン氏のリーダーシップもさることながら、ミッションこそが上司であるという行動原理が、エヌビディアの迅速な事業転換を促している。
3:AIが皆さんの仕事を奪うわけではありません。AIを使った人間が皆さんの仕事を奪うのです
(2023年10月、米コロンビア大学ビジネススクール主催のイベントで)
ファン氏の「AI観」を表しているフレーズだ。2023年3月に米投資銀行のゴールドマン・サックスが「世界で3億人のフルタイムワーカーの仕事がAIで代替される」とするリポートをまとめるなど、イベントが開かれた2023年は人間とAIの競争が活発に議論されていた。
「AIは我々の日常生活にどんな影響を与えると思うか」との問いに、AIは仕事を奪わないとした上で「AIをできるだけ早く活用して雇用を維持すべきだ」と訴えた。その実例として、エヌビディア自身が半導体の設計や開発にAIを活用することで生産性を高めているとし、既にAIなしでは設計も最適化もできないと説明した。
ファン氏は「生産性が向上した企業が次にすることは何でしょうか? レイオフ(一時解雇)か雇用か。生産性を高めて収益が増加した企業の例を見れば明らかで、収益が改善すれば多くの人を雇用するようになります」と解説。AIが結果として企業の雇用を増やすことになると強調した。
AIの専門家やAI関連企業の経営者の中でも、AIが雇用を奪うか創出するかについての意見は割れている。例えば米テスラのイーロン・マスク氏は「AIが全ての仕事を奪う」として慎重な議論を求めている。冒頭のゴールドマン・サックスのリポートは、3億人分の仕事を奪う一方で、新たな仕事を生み出すとも予測している。同社によれば、現代の労働者の約60 %は1940年代には存在しなかった職業に就いている。AIが既存の仕事を代替する一方で、新たな仕事が生まれる。
AIによって人間の仕事が刻々と変わるのは間違いなさそうだ。
4:期待値が高すぎる人たちは、とても打たれ弱い
(2024年3月、米スタンフォード大学ビジネススクールが開催した対談で)
成功するための条件についてファン氏が語った言葉。スタンフォード大学の学生を前に「君たちは(自分たちの挑戦に)とても高い期待値を持っているだろう。当然だ。いい高校を卒業し、成績も優秀だったはず。そして、地球上で最も優れた教育機関を卒業する。期待値もおのずと上がるはずだ」とした上で、その耐性の低さを懸念した。
ファン氏は英語でのコミュニケーションが不自由な中、9歳で親元を離れて渡米。エヌビディアを起業してからも数年間は破綻の寸前まで追い込まれた(参照:破綻寸前のNVIDIAを救ったセガの入交副社長)。そうした苦労が成功の糧になったとファン氏は言う。
成功するには打たれ強さが必要だと説き、「どうやって教えればいいか分からないが、『苦労する機会』に恵まれてほしい。僕は幸運なことにその環境を両親から与えてもらった。今でも仕事における苦労や挫折は喜ぶべきことだと心から思っている」として、ビジネススクールでの対談を「君たちにたくさんの苦悩あれ」と締めくくった。
[日経ビジネス電子版 2025年4月4日付の記事を転載]
島津翔(著)、日経BP、1980円(税込み)
