日経文庫『人材マネジメント入門』(守島基博著)は、人材マネジメントの考え方を、獲得、育成、評価などのステップを追って解説しており、2004年の刊行以来、20年にわたって読み続けられているロングセラーです。本書から抜粋、再構成してお届けする連載の第3回は、人材育成におけるOJT(職場での仕事経験を通じての学習)の役割についてです。

OJTとOff-JT

 人材の育成にはどういう方法があるのでしょうか。人事管理の教科書をみると、どれにも2つの方法が書いてあります。1つはOff-JT(職場を離れての教育訓練)、もう1つはOJT(職場での仕事経験を通じての学習)です。一般的には、人材育成というと、職場を離れて行われる、いわゆる「研修」という人材マネジメント施策を考えることが多いかもしれません。研修はOff-JTの代表的な形態です。

 人材育成に関して、どのような方法が有効であったかを検討するこれまでの研究をみると、圧倒的に、OJTと呼ばれる実際の仕事経験を通じた学習が大きな効果をもっていることが実証されています。工場などで生産に従事する人材の場合でも、組織のリーダーとして経営にあたる人材でも、まったく同じような結果を示しています。また、これまで一般的に日本の企業では、人材育成の方法として、OJTが最も重要な役割を担っているといわれてきました。

 その理由として、Off-JTと比較して、現在必要な仕事に関する能力を磨くことで学習意欲を高める、文書などに書くことのできない細かいノウハウなども伝達することかできる、一人ひとりの進捗状況に応じて個別的な育成ができる、などがよくあげられます。

 つまりOJTが有効な人材育成手段である最大の理由は、それが仕事を実際に行った経験を通じた学習だからです。誰でも直感的に理解できるように、自分から主体的に参加して、目標の達成にコミットした活動の経験から学ぶことは、大変多いと考えられます。簡単にいえば、自我を投入して一生懸命やった仕事から学ぶものは、たとえその結果が失敗であったとしても、大きいはずです。

 したがって、OJTは、理想的には、仕事や課題にコミットした状況をつくり出し、目標を達成する経験を通じて学習が行われるときに、最も効果があがると考えられます。具体的には、これまでの研究では、以下の4条件があるときに、その仕事は個人にとって最も学習可能性も高いといわれてきました。

<経験からの学習可能性が最も高い仕事>
1 自己決定:人に押しつけられたのではない、自分の仕事として、受け入れられる
2 フィードバック:結果がうまくいったかどうかの判断がつきやすい
3 有能感とチャレンジのバランス:その課題は難しいが、できると思う
4 有意味であること:どんなに小さな仕事でも、その仕事に意昧があるという認識

 第一に、経験をするかしないかに関わる個人の選択です。企業ですから、すべてを選択するわけにはいかないでしょうが、選択が入るほど、経験や行動への自我関与は高くなります。第二は、先にも述べたように、成功や失敗を明確に認識できることです。裏を返せば、どんなルーチンな経験でも、成功・失敗を組織の評価として明確に示すことです。

 第三は、新しい経験はそれまでの経験と関連はあるが、必ずしも同じではない内容になっていることです。その結果として、有能感(自分がその課題をできる意識)とチャレンジ(難しいと思う意識)のバランスが生まれます。第四は、経験の自分にとっての意味です。これは仕事や課題が重要だという認識から生まれます。

 こうした条件を備えている最も代表的な経験のカテゴリーは、問題解決経験でしょう。先に述べた多くの研究が、OJTの中核は「一皮むけた経験」「修羅場の経験」「異常への対処」などであるといっている理由は、こうしたところにあると思われます。

 新しい状況に対応して自分から問題を解決した経験と、それから多くのことを学んだ体験は、われわれの多くが共有します。OJTとは、そうした主体的な問題解決体験を中核とした育成方法なので、その効果はきわめて高いと思われています。つまり、経験を通じた学習が継続的に行われているほど、その企業は、人材育成の場としてより効果的だと考えられます。

OJTは有効な人材育成手段だ(ponta1414/stock.adobe.com)
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OJTと現場の役割

 とはいえ、こうした育成効果のある仕事を継続的に与えていくのは、並大抵のことではありません。企業のなかに、問題解決型の経験はそれほどたくさん転がっているようには思えないからです。特に、業績がよければまだしも、業績が悪く成長の鈍化した企業ではそんな機会をとても提供できない、という反論もあるでしょう。

 だからこそ、人材育成、特にOJTが必要な職場や事業部門においては、経験の場、育つ場を意図して準備することが大切になります。チャレンジは、現場の上司による目標設定などを利用して与えることもできますし、また同じ目標でも、指示の与え方によって、その学習効果が大きく異なってきます。

 つまり、OJTを中心とした人材育成における企業の役割は、経験の場、すなわち育つ場を提供することです。それが行われる主な舞台は、職場なのです。そして、その場合の人材育成リーダーは、職場の上司です。現在、成果主義などの影響で、現場での育成に対する関心が薄れているなか、企業では、意図的に現場での育成が行われる仕組みが望まれます。

 また、OJTのマイナス面としてよくあげられるポイントに、育成の効果が明確にわかりにくい、ということがあります。確かに、教室や研修所で行うOff-JTに比べて、伝えられる知識や能力が言葉にできない種類のものが多いため、テストや審査などの客観的な効果測定ができにくいという面があります。

 しかし、そのように客観的な効果測定が難しいからこそ、現場での上司による育成評価や、単純に部下が成長したという実感は大切です。こうした評価を大切にして、OJTを行っていくのが重要です。現場で人が育っているか、というよくいわれる判断は、現場のリーダーが最もよく評価できるのです。

 人事部の仕事は、こうした職場での人材育成努力を支援し、必要な場合には、配置転換などを通じて、より大きなチャレンジを働く人に与えていくことです。リーダー人材を除いて、人材育成の主役は現場であり、人事部はあくまでもその支援者なのです。

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20年間売れ続けるロングセラー。勝ち組企業となるためには、全社的視点からの人材活用が必要だ。その答えを提供するのが人材マネジメントだ。本書は、人材マネジメントの考え方を、獲得、育成、評価などのステップを追って解説する。

守島基博著/日本経済新聞出版/913円(税込み)