その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は三谷宏治さんの 『マンガ 経営戦略全史〔新装合本版〕』 です。

【はじめに】

経営戦略史は、ポジショニング派とケイパビリティ派の〝百年戦争〞

 経営戦略の歴史は八岐大蛇(やまたのおろち)です。いろいろな起源をもった学派がぐねぐね常に動き回っています。複雑で難解で強力で、立ち向かう相手としては最強の部類です。でもその本質はひとつで、かつ体内に草薙劒(くさなぎのつるぎ)を潜(ひそ)ませています。手に入れれば、きっとあなたの力になる武器です。この本は、あなたがそれを探し出す、助けになるでしょう。

 この数十年間の経営戦略史をもっとも簡潔(かんけつ)に語れば、「1960年代に始まったポジショニング派が80年代までは圧倒的で、それ以降はケイパビリティ(組織・ヒト・プロセスなど)派が優勢」となります。極めて単純です。前者の旗手は言わずと知れたマイケル・ポーター(1947〜、HBS=ハーバードビジネススクール)、後者は百家争鳴(ひゃっかそうめい)ではありますが、ジェイ・バーニー(1954〜、オハイオ州立大学)としましょう。

 ポジショニング派は「外部環境がダイジ。儲かる市場で儲かる立場を占めれば勝てる」と断じ、ケイパビリティ派は「内部環境がダイジ。自社の強みがあるところで戦えば勝てる」と論じました。そして互いに「相手の戦略論では企業はダメになる」という研究成果を出しています。その戦いはまるで、果てもなく、勝者もいない英仏百年戦争(14〜15世紀)のようでした。

陰にあったのは大テイラー主義(定量的分析)と大メイヨー主義(人間的議論)の戦い

 第1〜4章で語られる「ポジショニング派」(ポーターがチャンピオン)と「ケイパビリティ派」(バーニーが番長)の戦いは、別の側面を持っていました。それが大テイラー主義ともいわれる「定量的分析」と、大メイヨー主義と仮に名付ける「人間的議論」の戦いでもあったのです。

 ポジショニング派のほとんどは「定量的分析や定型的計画プロセスで経営戦略は理解でき解決する」と信ずる大テイラー主義者でした。「アンゾフ・マトリクス」「SWOT分析」「経験曲線」「成長・シェアマトリクス(PPM)」「ビジネス・システム」「5力(ファイブフォース)分析」といったお馴染(なじ)みの分析ツールを生み出しました。それで戦略をつくり、商品や生産・流通を変え、組織を変えていきました。

 一方、ケイパビリティ派(の半分ほど)は「企業活動は人間的側面が重く定性的議論しか馴染(なじ)まない」と考えます。人間関係論の始祖、メイヨーからの流れでもあります。「優れたリーダーシップに点数はつけられない」「組織の柔軟性を数字にはできない」「学習する組織をどうXYグラフにするのか」。その通りです。

ついに出た大テイラー主義を超える答え。アダプティブ主義(試行錯誤アプローチ)

 でもポーターはつぶやきます。「戦略の開発には、何らかの分析技法が望ましい」と。分析できないものを、大企業内でどう納得を得よというのでしょうか。逆説的ですが、人間関係論による経営戦略は、独裁者によってのみ可能なのかもしれません。

 ところが21世紀に入って、経済・経営環境の変化、技術進化のスピードは劇的に上がり、今までのポジショニングもケイパビリティも、あっという間に陳腐化する時代になってしまいました。これでは大テイラー主義も大メイヨー主義もやってられません。

 そこで出てきたのがアダプティブ主義です。「やってみなくちゃわからない。どんなポジショニングでどのケイパビリティで戦うべきなのか、ちゃちゃっと試行錯誤して決めよう」というやり方です。戦略の立て方も計画プロセスもまったく変わります。これを本気でやるなら、企業組織の在り方すら変わる(オープン化)のでしょう。

 そして、この新装合本版で加えられた終章では、最新の経営理論である「パーパス経営」「ティール組織」「両利きの経営」も取り上げます。

この本の構成と使い方

 この本はほぼ時系列になっています。

 前半(第1〜4章)…20世紀初頭の3つの源流に始まり、1950年代前後の近代マネジメントの創世、そして70〜80年代のポジショニング派の君臨、80年代中盤からのケイパビリティ派の勃興(ぼっこう)

 後半(第5〜7章)…90年代後半のポジショニング派の逆襲に、2000年代のコンフィギュレーション派の登場。2005年以降の戦略論についての解説と、アダプティブ主義の実際と意味

 それらを、各思想の中心人物に焦点を当てて、なぜそういう考え方になったのか、それはどんな功績を残したのか、結局どうなったのか、などを解説していきます。原作である『経営戦略全史』にほぼ沿いながら、本文はマンガで示し、各節の最後には文章での要約を付けています。

 なのでこの本の使い方としては、
・教科書…経営戦略論の流れや史実、関連項目が一覧できる
・百科事典…関心ある項目について関連情報がわかる
・歴史物語…誰がなぜ経営戦略論を生み、進化させてきたかのストーリーを楽しむ
があるでしょう。

 すでにこういったことを学んだことのある人でも、きっと新たな視点や知見が得られます。その点については結構自信があります。なぜなら私自身が、そうだったから。

 ではここから、経営戦略論をめぐる約50人の巨人たちによる冒険活劇の始まりです。最高の知の旅を楽しんでください。まずは1995年までの前半戦を。

*本書の登場人物の「年齢」には、1歳前後のズレがある場合があります。
*書籍の発刊年は邦訳ではなく原書のものです。

【目次】

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