その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は小野圭司さんの『 戦争と経済 舞台裏から読み解く戦いの歴史 』です。

【まえがき】

 歴史を紐解くと、人間はとにかく戦争をしている。「人間がすぐ戦火を交えてしまうのが破壊欲動のなせる業(わざ)」(ジークムント・フロイト「アインシュタインへの手紙」)という言葉にも妙に納得してしまう。

 ところで戦争では財やサービスが消費される。その消費のために戦場の周りでは、生産、投資、交易が行われる。言い換えると、時代を通して経済活動は戦争を包み込んでいた。

 したがって戦争と経済の関わりを論じること自体は自然なことだ。実際、戦争と経済に関して優れた研究や文献が世に溢れている。戦国時代や明治以降の日本、中世・近世の欧州、近現代の世界など、対象も多岐にわたる。


 惜しむらくは、その多くが個々の分析に留まっていることだ。深掘りはされているが、間口は思いのほか狭い。それに不満があるわけではない。ただ戦争と経済の関係は、マクロ的な俯瞰の対象となることが少なかった。そして私自身は、俯瞰するように物事を捉えるのを好むというだけだ。

 夜空に散らばる星たちは、拡大された天体写真で観ると吸い込まれんばかりに美しい。他方で、ケシ粒ほどの星を仰ぎ見るままつなぐと星座となり、それぞれに物語が語られてきた。同じようなことが、戦争と経済の関わりでもできそうな気がする。

 本書では、それら一つひとつを経済学で結び付けてみた。場所も時代もバラバラな戦争と経済の関係を、あえて経済学で語るには狙うところがある。人間の合理性を通して観察することだ。


 経済学の根底には、人間は合理的に判断し行動するという前提がある。味と大きさに差がないリンゴが100円と120円で売られていれば、100円のものを買う。この合理性は、時間と空間を超えて人間に備わっている性質だ。古代メソポタミアのバザール、平安京の東西市、そして21世紀のウォール街にほど近いスーパーマーケットでも、客は「値段の割に品質が良い」「品質の割に値段が安い」ものを選び、そうでないものは売れ残る。

 馬上から弓を放つ騎馬兵は消え、成層圏を音速で飛ぶ戦闘機がミサイルを撃つ時代となった。しかし「合理性」の原理は、草原(ステップ)を駆ける騎馬兵もF-35を操るパイロットも変わらない。この合理性で戦争を語る役回りを、経済学に委ねることにした。

 属人的な観点は後ろに下がり、数字も交えた客観性を軸に戦争と経済の変遷を語ることになるだろう。とは言うものの人間の行うことなので、自然科学のように論理性が一貫しているわけでもない。個々の合理的行動が必ずしも集団の合理性に結び付くものでもない。何よりも合理性に対する姿勢や評価、そしてその尺度が時代や場所によって常に変化してきた。

 戦争と経済の関係を俯瞰すると、これらがまとまって視界に入ってくる。「破壊欲動のなせる業」とは異なる、人間の営みとしての戦争の断面を探訪してみたい。


【目次】

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