その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は石津朋之、立川京一、齋藤達志、岩上隆安(編著)の『 ランド・パワー原論 古代ギリシアから21世紀の戦争まで 』。荒井正芳・陸上自衛隊西部方面総監(陸将)寄稿の「序文」と石津氏の「はじめに」をお届けします。

【序文】

 現在、我々はロシアによるウクライナ侵略を目の当たりにしている。そこでは烈度の高い地上戦、住民をも巻き込んだ市街地での戦闘、第二次世界大戦を彷彿させるような大平原での戦車戦や砲兵戦、塹壕戦までもが繰り広げられている。もちろん、現代戦の特徴である宇宙・サイバー・電磁波の各領域、そして認知領域といった、いわゆる新たな領域での戦いも行われてはいるが、まさに、基本的・前時代的ともいえる陸戦・地上戦の様相が際立っている状況である。
 それにしても、近年は冷戦終了直後に比して、国家間の大規模な戦争が生起する可能性の高まりについて議論されつつあったが、ここまで前時代的、かつ大規模な地上戦が行われるとは想像できなかったという見方もあるのではないか。いずれにせよ、現在進行形の一大戦争事象について、世界中の軍事関係者はもとより、政治・外交・安全保障の関係者の間でも、それぞれの必要性と関心に応じた本事象の分析、教訓の収集が活発に行われている。

 このような時期に、地上戦、より広い概念である陸戦に大きく関わるランド・パワーについて(ここでは単なる陸軍力や地上戦力という狭い定義と同義ではない)、理論、歴史と実践、そして将来像という視座をもって概括的に俯瞰することを狙いとした本書が刊行される意義は大きい。
 先に述べたように、現在進行形の目前の戦争事象を研究し、自国の安全保障、外交、軍事政策や軍事力整備・運用への喫緊の教訓を得ることは重要である。軍事に携わる者、とりわけ軍人は本質的に実行の人であり、作戦・戦闘に勝利するための即時即効的な教訓に価値を見出すことは当然である。
 その一方で、軍人が学んだ軍事に関わる基本的な理論等を状況に応じて適用を試みる実行の経験と、それらのなかでの理論等の適用について抽象化し、再び軍事に関わる理論等と見比べ、さらに思索を深めるということも重要なのではなかろうか。
 軍事を学び、究めるということは、実務・実践という場において交わされる学と術の間の往復書簡を読み解くようなことに似ており、また、そのような態度が求められているのではないかとも考える。
 ロシアのウクライナ侵略に際し、目前の事象のみにとらわれることなく、本書が提示してくれるような理論と歴史・実践、そして将来像という視座をもってこの戦争を見て、思索を深める。このような態度をもって、一般の読者はもとより、国家の安全保障に貢献しようとする軍人等、我が国においては自衛官がそれに該当するのであろうが、そのような者がひとりでも多く増えることを願う。

 人間は、地球表面積の約3割しか占めない陸地で生息し活動する。その陸地では、古くから人間が社会生活を営むうえで絶えず争いや戦争があった。その際に必ず必要となる土地の占有・支配にはランド・パワーは不可欠なものであり、その意味で基本的・絶対的なパワーである。そして、時間的には後発となるシー・パワーやエア・パワーも、依然として陸地という存在を無視して成り立つことはない。
 このような観点から、防衛省・自衛隊においても陸上自衛官はもとより、海上自衛官・航空自衛官にもぜひとも本書を手に取ってもらいたい。シー・パワーやエア・パワーの活動の根源・拠点は基本的に陸地にあり、これらとランド・パワーとの関わりという観点から、改めてそれぞれのパワーの理論を深めてもらえればと思う。それは何よりも、現在、防衛省・自衛隊がさらに進化させようとしている統合運用の実効性向上の一助になるものと確信している。

  2024年2月

荒井 正芳

【はじめに】

 本書は、ランド・パワーについてその歴史を踏まえながら包括的な解説を試みた啓蒙書である。軍事に関してあまり詳しくない一般の読者を対象に平易な文章を心掛けた。読者の皆様の戦争全般に対する、軍事力さらにはランド・パワーに対する理解が高まる一助となれば、執筆者全員の望外の喜びである。
 もちろん、内容的には防衛大学校や防衛研究所など、防衛省・自衛隊の各種教育機関での教科書として、さらには一般大学での教科書として、その期待に十分応えられるレベルのものになったと密かに自負している。

 では、本書の内容を簡単に紹介しておこう。「序文」は、荒井正芳陸将に執筆をお願いした。

 第Ⅰ部「ランド・パワーの理論」は、第1章「ランド・パワー──1900~2000年」(ブライアン・ボンド:石津朋之監訳)で、地上での戦いという広大なテーマにつき、歴史的観点から論じている。つまり、1900年以降のランド・パワーの主要な発展を考察するとともに、21世紀を迎えた今日の問題点にも触れている。
 続く第2章「ランド・パワー──その過去、現在、将来」(石津朋之)は、ランド・パワーの過去、現在、そして将来を概観することで、ランド・パワーの特性など、その全体像を示そうと試みた。
 第3章「軍事ドクトリン──知性の戦力化」(齋藤大介)は、ランド・パワーにおいてドクトリンが果たす役割を、その定義、意義、開発過程、そして事例を通じて説明するとともに、その有効性を担保する事項について論じている。
 第4章「ランド・パワーとロジスティクス」(石津朋之)は、軍事ロジスティクスという言葉の意味するところについてさまざまな視点から考察する。その過程で、ロジスティクスという言葉の定義が必ずしも統一されていない事実を明らかにするとともに、それが、戦争の様相やそこで用いられる戦略を規定する大きな要因である事実を示した。
 加えて、同章では事例研究として第二次世界大戦における北アフリカ戦線を取り上げ、その戦いの様相を分析することによってランド・パワーと軍事ロジスティクスをめぐる問題点を明らかにした。
 続く第5章「ランド・パワーにおける指揮」(齋藤大介)は、ランド・パワーにおける指揮の定義と意義について概要を説明し、権限の集中と分散という観点から、それと戦い方との関係性を論じる。
 第6章の「ランド・パワーにおけるインテリジェンス──日本陸軍を事例として」(井上嘉史)は、陸上の環境や統合作戦などの観点を踏まえ、日本陸軍のインテリジェンスの成功と失敗を事例として、ランド・パワーにおけるインテリジェンスについて論じている。

 第Ⅱ部「ランド・パワーの歴史」では、第7章「古代ギリシア・ローマの戦争──戦いの叡智と知られざる銃火器以前の戦争」(フィリップ・セイビン:山田雄一郎訳)は、古代ギリシア・ローマ時代における戦いの叡智は、それらが行われた背景となる銃火器以前の戦争における戦略環境を理解して初めて、正しく現代のさまざまな課題に適用できると論じる。
 第8章「西部戦線での統合あるいは諸兵科協同作戦──1918年」(デイヴィッド・スティーヴンソン:石津朋之監訳)は、1918年のヨーロッパ西部戦線を取り上げ、それ以前の約4年間に及ぶ軍事的膠着状態が終わりを告げ、相対的な機動性が再び高まった事実が指摘される。また、連合国(協商国)側の勝利の一因は、連合作戦を実践したことにあるが、それに加えて連合国は統合作戦、すなわち兵科および軍種間での諸兵科協同作戦が機能しえたからである。
 第9章「第二次世界大戦における連合・統合作戦──イギリスとアメリカを中心に」(ウィリアムソン・マーレー:立川京一監訳)は、第二次世界大戦におけるイギリス軍およびアメリカ軍による連合・統合作戦について、両国の政治・軍事指導者に注目しつつ論じたものである。
 第10章「国民総武装──ヴェトナム戦争を中心に」(齋藤達志)は、1965~69年頃におけるヴェトナム戦争を、小国ヴェトナムが大国アメリカと戦った正規軍に対する不正規軍の戦いと捉え、ランド・パワーにおける国民総武装について論じている。
 第11章の「シー・パワー的ランド・パワーとしての水陸両用戦争・作戦──日本軍を事例として」(二宮充史)は、島国である日本の古代から太平洋戦争までの対外戦争の歴史を紐解き、主に陸上で活動するランド・パワーたる陸軍種が、特殊な環境である海から投射される場合の特性や実態について論じる。
 第12章「日本陸軍による水陸両用師団の運用──太平洋戦争期の第5師団の場合」(立川京一)は、太平洋戦争時に日本陸軍が保有していた、上陸作戦に使用可能で揚陸能力を備えた2個の師団のうち第5師団を取り上げ、同師団が太平洋戦争でどのように運用されたのかを検討し、その効果と問題を論じる。
 続く第13章「内線作戦と外線作戦──ランド・パワーとビルマ防衛作戦」(齋藤達志)は、1943~45年のビルマ戦線、主に日本軍によるインパール作戦とイギリス軍によるキャピタル作戦の事例を踏まえ、ランド・パワーにおける内戦作戦と外線作戦について論じている。
 第14章「日本陸軍の宣伝戦──南方軍の『宣伝戦』を中心に」(岩上隆安)は、武力戦を避ける、またはそれによらずに勝利を目指すことを考察するため、太平洋戦争期に日本陸軍が南方地域で行った宣伝戦について論じたものである。

 第Ⅲ部「ランド・パワーの現在と将来」では、第15章「エアランド・バトルと現代戦」(カーター・マルケイジアン:立川京一監訳)で、エアランド・バトルおよび水陸両用作戦の現代の戦略環境への適用性と、東アジアで可能な運用方法について論じ、さらにエアシー・バトルについて検討する。
 第16章「陸軍のデジタル化とイラク戦争──戦場の情報化」(阿部昌平)は、アメリカ陸軍におけるデジタル化の経緯と2003年の「イラクの自由作戦」の成果を踏まえ、デジタル化の限界と、その深化がランド・パワーの統合化へ与えた影響について論じている。
 最後の第17章「ランド・パワーの将来構想の軌跡と展開──アメリカ陸軍マルチ・ドメイン・オペレーション構想を中心に」(小橋史行)は、アメリカ陸軍のマルチ・ドメイン・オペレーション(MDO)構想を中心に、ランド・パワーの将来構想の軌跡と展開をたどるものである。

 本書の執筆者には現役の防衛省研究者や自衛官が多く含まれているが、その内容は執筆者個人のものであり、それぞれが所属する組織の見解を代表するものではない点を、この場を借りてお断りしておきたい。もちろん、内容に対するご批判やコメントは遠慮なく寄せてもらいたい。
 なお、本書への論考転載をご快諾くださったウィリアムソン・マーレー博士が、2023年8月1日に逝去された。執筆者一同、衷心より哀悼の意を捧げたい。

執筆者を代表して
石津 朋之

【目次】

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