その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は牧口松二さんの『 界隈経済圏 「平成女児」「風呂キャンセル」から「伊能忠敬」「皇居ラン」まで(日経プレミアシリーズ) 』です。
【はじめに】
この本を手に取ってくださったということは、きっと一度は目にしたことがあるはずです。「〇〇界隈」という言葉を。
平成女児界隈、伊能忠敬界隈、風呂キャンセル界隈、筋トレ界隈……。X(旧Twitter)には毎日のように「#〇〇界隈」が現れ、新聞やニュースサイトの記事にも「オタク界隈」「美容界隈」といった言葉が当たり前のように載るようになりました。もはや「界隈」はネットスラングではなく、普通に使われる言葉になりつつあります。「いや、そこまで細かく分ける必要ある?」とツッコミたくなるハッシュタグが、今日も流れてきます。
面白いのは、これらが単なるネタで終わっていないことです。「〇〇界隈」という「コミュニティのようなもの」が、売り場やサービスの数字をじわじわ動かしているのです。
この本のテーマは、その「コミュニティのようなもの」がつくるお金の流れ──「界隈経済圏」です。
深夜のドンキ(ドン・キホーテ)では、コスプレ界隈の人がカラコンとウィッグを探し、推し活界隈の人がうちわやペンライトをカゴに入れている。平日の夜、皇居の周りを走る人たちは、アシックスのシューズを履き、走り終えたあとにオイコスを飲んで帰る。
週末の早朝、山頂でご来光を待つ人たちは、YAMAP1の軌跡を見せ合いながら、「このルート良かったよ」とおすすめルートを交換する。
彼らは、似たようなタイミングで同じ商品を選び、同じ話題で盛り上がり、同じハッシュタグでつぶやいています。そのゆるい集合体の消費行動こそが界隈経済圏です。
本書の執筆中には、ボンボンドロップシールのヒットが平成女児界隈とのつながりで話題になりました。
私が界隈経済圏に注目した理由は、界隈という言葉が注目されたこともありますが、それだけではありません。界隈経済圏を通じて、マーケティングの考え方を再検討してみたいと思ったのです。
私は長年、広告代理店に勤務し、マーケティングやブランディングに関するコンサルティングに携わってきました。その実務では、マーケティングの基本STP(Segmentation,Targeting, Positioning)に従うことが普通でしたが、同時に、その限界を感じていたことも事実です。そこに新しい理論CEP(Category Entry Point)が登場し、私のモヤモヤを解消してくれました。その点は、本書後半で紹介します。
本書では、まず前半で、界隈そのものに注目します。そもそも界隈とは何か、界隈は従来のコミュニティとは何が違うのか、といった関心事に答えていきます。界隈が経済圏化するプロセス、界隈経済圏をデータで捉えるポイントを解説します。ここまでは主として最近になってSNS上で注目された界隈の話をします。
そして後半で、界隈経済圏でビジネスを展開する企業に注目し、界隈経済圏とうまく付き合うにはどうすればいいか、といった疑問に答えていきます。ここでは「風呂キャンセル界隈」や「平成女児界隈」のように最近になってSNS上で注目された界隈だけでなく、古くから存在した「登山界隈」「皇居ラン界隈」のような事例も含めて話を進めます。
今の世界は、誰か1人の強い発信よりも、多くの人の小さな共感の積み重ねで動いています。駅前のベンチで同じ靴を褒め合う瞬間、台所で同じ歌を口ずさむ瞬間、知らない人の投稿にそっと共感が重なる瞬間……。こうしたささやかな重なりが、いつしか目に見えないつながりの輪郭を形づくり、その文化らしさを生み出していきます。この本で伝えたいのは、文化の育ち方に対するまなざしです。
なお本書では、読者の理解を助けるために、XやTikTok、Instagram上で頻出する複数のポストをもとに、その内容を要約・再構成して紹介している箇所があります。読みやすさを優先して一部言い回しを整えていますが、元の文意やニュアンスを損なわない範囲での要約です。複数ポストの共通する趣旨・語り口・用例を統合して「代表的な声」として提示している場合もあります。
1 YAMAP:登山・アウトドア向けGPSアプリ。電波圏外の山中でもスマホのGPS機能を使って現在地を確認でき、地図・軌跡・写真・登山記録の共有などが可能なサービス。
【目次】




