この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は日経コンピュータの『 ポストモーテム みずほ銀行システム障害 事後検証報告 』(日経ビジネス人文庫)。その「文庫版あとがき」をお届けします。また、文庫に再録した単行本版の「はじめに」へのリンクも用意しました。ぜひ合わせてお読みください。

【文庫版あとがき】

 コンピューターがなかった時代の銀行業務とは、どのようなものだったのだろうか。

 このあとがきの筆者である中田は、本書の筆者陣の中で最年長ではあるのだが、さすがにその時代のことは分からない。筆者が生まれたのは1975年。生まれる前から、銀行のオンラインシステムは存在していた。

 コンピューターが普及する以前、1950~60年代の銀行業務がうかがい知れる漫画作品がある。名作「釣りキチ三平」で知られる漫画家、矢口高雄氏の自伝漫画「9で割れ!!昭和銀行田園支店」だ。

 矢口氏は高校卒業後の1958年、羽後銀行(現在の北都銀行)に就職し、12年以上にわたる銀行員生活を経て漫画家専業になった。「9で割れ!!」は矢口氏の銀行員生活を描いた作品である。

 当時の銀行は、現金の受け払いや札の勘定などあらゆる業務が手作業だった。銀行のシャッターが午後3時に閉まると、行員はそろばん片手に事務処理に取りかかる。もしその日の現金残高が伝票の集計結果と一致しなかった場合、支店の行員は総出で再集計を強いられる。

 その際のかけ声が、作品のタイトルである「9で割れ」なのだという。

 帳簿が合わない差額を9で割ると、現金の受け払いなどにおける「桁違い」を見つけ出せるためだ。例えば差額が3600円だった場合、9で割った結果は400円。どこかで4000円と400円を取り違えて処理してしまった可能性があると分かる。

 当時の銀行では、過不足の原因が分かるまで夜を徹して作業することもあったという。銀行の事務が全て手作業だった時代の困難が伝わってくる。

 実は筆者の父も、長らく地方銀行に勤めていた。そのため筆者は、父が自宅に持ち帰っていた「あるもの」を通じて、1980~90年代の銀行で進んだ電算化(当時はそう呼んでいた)の雰囲気を感じてはいた。

 父が自宅に持ち帰っていたのは、勤め先の銀行の「行員録」だ。小学生や中学生だったころの筆者はなぜか行員録が好きで、よく眺めていた。

 子供にとって銀行員とは、よく分からない謎の仕事だ。しかし筆者が育ったのは、銀行の社宅である。身の回りには銀行用語があふれていた。

 筆者が小学生のころに住んでいた東京・東山の社宅は、4人家族にとってかなり狭く、母は不満を抱えていた。「上野毛にある『ダイリ社宅』ならもっと広かったのに」という母の嘆きに含まれていた「ダイリ」が、「支店長代理」という父の当時の役職だったことは、後に行員録を読んで知った。

 銀行の支店にはいくつか種類があって、小さな支店には支店長、支店長代理、主任、肩書のない行員がいるだけだが、中くらいの支店になると支店長代理の上に次長や副長がいて、もっと大きい支店になると支店長の下に副支店長がいたり、課長がいたりする。さて、課長と次長、副長では、どれが偉いんだっけ──?

 そんなことを思いながら行員録のページをめくる妙な子供だった。

 筆者は幼稚園児のころに「機動戦士ガンダム」のブームを体験した世代だ。第1話に登場した「シャア少佐」が、いつの間にか中佐や大佐になったのを通じて、軍人の階級制度に早くからなじんでいた。銀行(会社)という組織にも色々な階級があることが、子供心に面白かったのだろう。

 不思議だったのは行員録が新しくなるたびに、支店に所属する行員の数が少なくなっていたことだった。特に減ったのは、肩書のない一般行員だ。昔の行員録では支店に何十人もの一般行員が所属していたのに、年がたつごとにその数は減少していた。

 今思えばそれこそが、コンピューター導入の効果だったのだ。人間が担っていた事務がコンピューターに置き換えられていった結果、事務を担う行員の数は年々少なくなっていった。それが行員録に、子供にも分かる形で現れていたのだ。

 1990年代まではコンピューターの導入が、「日経コンピュータ」的な言い方をすれば「第3次オンラインシステム」など情報システムの整備こそが、銀行経営を変革する原動力だった。筆者はそれを、行員録を通じて実感していたわけである。

 コンピューターの価値は、それが存在しなかった時代のことを知らなければ、なかなか理解できない。インターネットの普及後に生まれた今年の新入社員たちは、30~40代の社員ほどには、インターネットの価値を理解していないことだろう。筆者の小学1年生の娘もきっと将来、生成AI(人工知能)のありがたさが分からない大人になるはずだ。

 本書は、みずほフィナンシャルグループにおいて「(システムを)安定運用する意識に乏しかった」(米井公治執行役グループCIO=最高情報責任者、取材当時)時代を描いた歴史書である。いつかシステムは安定運用されるのが当たり前になった時代が来たら、人々はきっと、システムが安定運用されるありがたさを忘れてしまうだろう。その時には、ぜひとも本書を読み返して頂きたい。安定運用の大事さが、体感できるはずだ。

 そんな未来がやって来ることを願っている。

2024年4月
日経コンピュータ編集
中田 敦


【目次】

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